第39話 悪役をつらぬく覚悟

 ヴァルツと魔王がたいした直後。

 学園内、冒険者たちのエリア。


「おらおらあッ!」

「ふふっ。毒はお好きかしら」


 ダリヤとマギサ。

 ヴァルツの師匠二人を中心に、次々に『闇獣』をちくしていく。


「ラストね♡」

「グ、ギャギャ……」


 その力はまさにSランク冒険者。

 ここ一帯の『闇獣』は大体片付いたようだ。


「ハッ、口ほどにもねえ」

「本当よねえ」


 数はかなりいたため、時間はかかった・・・・・・・

 だが、それぞれの個体はそこまで強くもなかったのだ。

 ならば、もっと強い個体を一体だけ召喚する手もあったはず。


「なんとも、きな臭えな……」


 だからこそダリヤは考えてしまう。

 この『闇獣』は生徒を倒すためではなく、何か他の目的・・・・のために召喚されたのではないかと。


 そんな中、二人を敬愛するBランク冒険者のセリダが駆け寄って来た。


「ダリヤ様、マギサ様!」

「どーした」


 しかし、彼女はどうも焦っている様子。


「生徒から話を聞いたんですが! 何か校内に不気味なものがあるって!」

「不気味なものだと? ……ッ!」


 そこでようやく気づく。

 先程のダリヤの考えは当たっていたのだ。


 『闇獣』は殺す目的ではなく、あくまで時間稼ぎ・・・・だったのだと。


「チィッ! どこだ、案内しろ!」

「こちらです!」


 ダリヤたちはすぐにその場所へ向かった。





しゃくな!」


 エルメがギロリとしたぎょうそうで声を上げる。

 メインヒロインの四人が善戦しているのだ。


「ライオンちゃんは前へ、ネコちゃんは戻って!」


「グゴオオオ!」

「ギャアアア!」


 シイナの【癒】属性でほだされた『闇獣』たち。

 もはや、彼女の指令の元に動く軍のようだ。


「ちぃっ!」


 そこにリーシャの魔法を突き刺す。


「サラ、コトリ!」

「任せて!」

「はい!」


 シイナの『闇獣』たちが肉弾戦をしつつ、リーシャの魔法で一定の距離を取る。

 二人をサラとコトリが支えるといった陣形だ。


「いいね、リーシャさん!」

「ええ、シイナも!」

 

 四人はヴァルツの言いつけをしっかりと守っていたのだ。

 それもそのはず、彼女の心の中には思いがある。


(あとはヴァルツ様が!)

(あとはヴァルツ君が!)


((あとはルシアが!))


 それぞれ浮かべる人物は違えど、思いは一つ。


 たとえ相手が魔王だとしても、二人を戦いに集中させれば必ず勝機は訪れる。

 そのためにエルメを魔王から引きがすのだと。


「フフフ……」

「「「!?」」」


 だが、それを察したのか、エルメは不敵に笑う。


「分かっていない。君達は実に分かっていない」

「なにがよ!」

「フフフ、では特別にお答えしましょうか」


 リーシャの声に、エルメは静かに答えた。

 

「策はすでに・・・打たれているのです」

 

 エルメはチラリと遠くに視線を向けた。

 それは魔王とヴァルツがいる方向。


「そろそろでしょうか、我があるじよ」





「やろうか。魔王」


 マティス王、否、魔王に剣先を向けたヴァルツ。

 対して魔王は──わらった。


「ククク……ハッハッハッハ!」

「あ?」


 その笑い方は、皮肉にもヴァルツと似ている。


「我とやろうだと。片腹痛いわ」

「何が言いたい」

「そんなもの、とっくに必要はないのだ。我の願いは叶われつつある」

「……!」


 途端に、マティス王の顔がぐにゃりとゆがむ。

 同時に服飾は原型を留めず、中からは邪悪な色の肌が飛び出す。


「……ッ!」(これは……!)


 その邪悪な色の体はみるみるうちに大きくなり、やがてヴァルツは見上げた・・・・

 自身の何倍もの頭身があったのだ。


≪この姿も久しいな≫


 圧倒的存在感。

 いるだけで膝がすくむようなプレッシャー。


 これが魔王の真の姿なのだろう。

 

「……チッ!」(まじかよ!)


 だがそれ以上に、ヴァルツはその本質に焦りを感じていた。


 魔王の体を構成しているのは、ほとんどが魔力。

 もはや魔力の巨大なかたまりだ。


 それはまるで、暴走した時のキュオネを想起させるかのようだった。

 当然、キュオネの何十倍もの魔力総量を誇る。


 その全てが──【闇】属性。 


≪我が真の姿に恐れよ≫

「……」


 しかし、魔王の姿にヴァルツは若干目を伏せた。


(やはり、マティス王はすでに……)


 王の部屋でよみがえった幼き頃の記憶。

 実際にちょうあいを受けたのは転生前だが、それでもヴァルツの体が温かさを覚えていた。


「お前を殺す」(お前を絶対許さない!)


 その想いをヴァルツは力に変える。

 だが、魔王は至って余裕のまま。


 『我の願いは叶われつつある』

 その魔王の言葉の真意がいよいよ導かれる。


≪決着はすでに着いている≫


 その瞬間、地面が揺れる。


≪発動せよ≫

「……!?」(なんだ!?)


 激しく揺れている。

 広大な敷地を誇る学園中が。


 ──否、この王都中・・・が。





 激しい揺れを確認した、近くの地点のエルメ。

 彼はニヤリと表情を浮かべた。


「ついに始まるのですね、魔王よ」


 これはエルメの仕掛けによるもの。

 ヴァルツが王都を離れている間、密かに設置していた魔法陣だ。


 それをたった今、魔王が発動させた。


「あとは祈るのみ」


 エルメは学園を含め、冒険者協会や王城など、王都の主要場所に魔法陣を設置していたのだ。

 それがとどろき、王都中が激しく揺れている。




 そして、魔王が両手を掲げた。


≪全ての王都民よ。今こそ、我の魂となるが良い≫


 王都中に設置された魔法陣。

 それが一斉に、天に向かって漆黒の柱を伸ばす。


 まるで王都全体を囲う鳥籠とりかごを作るように。

 

「……!!」


 それと共に、ヴァルツにひびいたのは『共鳴』。

 ヴァルツは確信した。


(これは【闇】の魔力……! って、待てよ!?)


 さらに、とっさに思い出した嫌な事。

 イリーガの件に巻き込まれた夜に、ヴァルツが連れ出した不審な男性のことだ。


 魂を奪われたような男性は、あの後に無事に目を覚ました。

 だが、『魔力がかつしたまま戻らない』という。

 原因は不明。


(まさか……!)


 あの男から感じ取った魔力は、今感じる魔力と同じもの。


(あれは、魔王のわざ……!)


 となれば、事態はより悪くなる。


 この王都の中で唯一・・

 ヴァルツだけが事の重大さに気づいた。


(魔王から魔力を奪われれば元に戻らない……?)


 この推測は当たっていた。


 魔王は魔力を根源から奪い取る。

 奪われた人間は、二度と魔力が戻ってこない。


≪さあ、王都の下僕どもよ≫

「……!!」


 魔王は今、王都に住む全ての者から魔力を奪い取ろうとしている。

 それが行われれば、文字通りのめつを迎える。


「……フッ」


 そうして、ヴァルツは笑った。

 覚悟を決めた・・・・・・のだ。


 思い出すのは、転生してからこれまでの日々。

 

 最初は傲慢ごうまんな口調に苦労した。

 だが、メイリィにじいや、ダリヤにマギサと、段々と本心を知ってくれる者が増えた。


 そして迎えた学園本編。

 そこでは、気が付けばメインキャラクターは周りにいてくれている。


「ククク……」


 だがそれでも、自分は悪役。

 ならばその役を有効に使ってやろうと。


「ハッハッハッハ!」」


 ごうを受け入れることはもう慣れた。


(それで、みんなが救われるのなら……!)


「──【二律背反アンチェイン】」


 ヴァルツは魔法空間を展開させる。

 それは他人から魔力を奪い、自らのかてにする空間。


「……ッ!!」


 夏を経て、さらなる強化を果たしたヴァルツ。

 その空間範囲は学園全て・・・・を包み込んだ。


 空間内において、ヴァルツの命令は絶対。


「──力を寄こせ」


 その命令通り、学園中で悲鳴が起こる。


「ぐあっ!?」

「なんだ!?」

「これは……!?」


 次々にひざまずく生徒たち。

 だが、まだ終わらない。


(これじゃ、王都全ては救えない……!)


 生徒たちからもらった魔力を使い、さらに・・・大きく魔法空間を展開する。


「はああああああああああッ!」


 魔力を奪い、範囲を広げ、また魔力を奪う。

 そうすることで、急速に範囲を広げていく。


 やがて気が付けば──


「ハァ、ハァ……!」


 王都中が【光】と【闇】が入り混じる空間に支配された。


 ヴァルツの【二律背反アンチェイン】は王都全土・・・・を巻き込んだ。


 これには、王都中に混乱が巻き起こる。

 突如巨大な揺れが起きたと思えば、次は謎の空間に支配されたのだ。

 事情を理解しない王都民にとっては訳が分からないだろう。


「なんなんだよ一体!」

「もう助けて!」

「いやああああああ!」


 空間内の状況は魔力を通してヴァルツに伝わる。


「……」(王都の人々が……!)


 それでも、ヴァルツはつらぬいた。

 悪という役を。

 背負うと決めたごうを。


(みんなごめん。それでも、僕は……!)


 ヴァルツは絶対の命令を下す。


「てめえら全員、力を寄こしやがれ……!」

(みんな、僕に力を預けてくれ……!)


 そして、その名を放つ。

 できれば使いたくなかったその技の名を。


「【強制簒奪フォース・ゲイン】……!」


 その瞬間、ヴァルツへ一気に魔力が集約する。


 学園の人々。

 王都の人々。


 空間内ほとんど・・・・の者の魔力が、ヴァルツへと急速に集まっていくのだ。


 当然、王都中では騒ぎがより激しくなっていた。


「ぐあああああ!」

「なんだこれは!」

「ま、魔力が……」

「助けてくれ……」


 声を上げていた王都民。

 それが一人、また一人と倒れていく。


 ヴァルツがマギサとの修行時代になっていた、『魔力枯渇状態』へとおちいっているのだ。


「全部だ。全部寄こせ……!」


 通常は徐々に・・・とヴァルツへと奪われる魔力。

 それが【強制簒奪フォース・ゲイン】により、魔力が尽きるまで一気にヴァルツへと奪われるのだ。




 同じく学園内。

 ここでも当然、人々は【強制簒奪フォース・ゲイン】の効果を受けていた。


「きゃあああああ!」

「今度は、何なの!!」

「か、体が……」


 しかし所々では、違う反応も見えた。


「ヴァルツ様……」

「ヴァルツ君……」


「ヴァルツ様、任せたぜ」

「勝つのよ、絶対」


 ヴァルツの優しき心を知る者たちだ。

 彼らはヴァルツに全てをたくして気絶していく。


(((あとは任せた……)))




 そうして、再びヴァルツの戦場。


≪これは驚いたぞ≫


 ヴァルツの【強制簒奪フォース・ゲイン】が終える。


「ハァ、ハァ……」


 魔王に魔力を奪われれば、二度と戻らない。

 対して、ヴァルツに魔力を奪われるだけならば、一晩眠れば戻る。


(みんな、今だけは我慢してくれ)


 ならばと、魔王に魔力を奪われる前に、ヴァルツは王都中の魔力を奪ったのだ。

 先に奪ってしまえば、魔王に奪われる魔力は存在しない。


「クックック……」


 全ての罪を受け入れる覚悟で。

 悪役をつらぬくことを決めて。


「ハッハッハッハッハー!」


 だが、結果的には魔力は遥かに大きくなった。

 今のヴァルツは──間違いなく強い。


「終わらせてやる。全てを」


 その強さに呼応するよう、ヴァルツの【闇】がさらに深く・・なった──。

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