第39話 整う舞台

 「クソご先祖様魔王が……!」


 土煙の中から、キラリと光ったヴァルツの剣。

 その矛先は──マティス王の胸。


「ぐおぉ……!」

「王よ!」


 声を上げるマティス王と、隣のエルメ。

 だが、マティス王の手がヴァルツの剣を掴む。


「貴様」

「……!」


 さらにそのまま、ニヤリとした表情を見せた。


「なぜ気づいた」

「チィッ!」


 邪悪な魔力を感じ取り、とっさに距離を取ったヴァルツ。

 剣は刺さっていなかったようだ。


「良い反応だ」

「ハッ、嬉しくねえな」


 その心持ちはやはりといったところ。


(さすがにこれじゃ倒せないよな)


 そんな状況にエルメが声を上げる。


「ヴァルツ・ブランシュ、貴様!」

「……てめえも魔王そっち側だったか。教師にしては悪い口だな」

「お前が言うか!」


 だが、ヴァルツは表情を変えず。

 ある程度の予想はついていたようだ。


 そうして、エルメがマティス王の前に出る。


「貴様の相手は私がする!」

「……フッ」


 主に手を出した怒りのまま、エルメは前方に魔法陣を展開する。


 だが──


「それは違う」


 ヴァルツは何もせず・・・・


「お前の相手は俺じゃねえ」

「──ぐぅっ!?」


 その瞬間、エルメの体を炎の矢がつらぬいた。

 よろめきながら、エルメはそれが飛んできた方向を振り返る。


「お前たちは……!」


 そこにいたのは──四人の少女。


「やっぱりね! 私は最初から怪しいと思ってたわ!」

「ほんとかなあ」


 リーシャにシイナ、


「ボクの目からは逃れられなかったね」

「標準、よし!」


 そしてサラとコトリ。

 原作メインヒロインたちが集合していたのだ。


「ほっ!」


 それから、四人はヴァルツの近くに着地する。

 どうやらエルメの相手はこの四人がするようだ。


 しかし、エルメはわらう。


「フフフ……ハッハッハッハ!」


 その表情は、どこか余裕を持っている。


「お前たちが相手だと。笑わせる!」


 彼女たちでは力不足だと言いたいらしい。

 不気味に笑いながらエルメは続けた。


「第一、貴様らでは『闇獣』すら倒せまい!」


 先ほどエルメが大量に召喚した『闇獣』。

 それらは全て、Bランク冒険者たちと張り合うほどの強さを持つ。


 しかし、シイナが右手をポンと左手に乗せる。

 

「あー、それってもしかして」

「……!」


 そのまま、おいでと後方に手招きをした。

 ぞろぞろとやってくるのは──『闇獣』。


「この可愛い子達のことかな」

「バカな……!」


 だが、その『闇獣』たちはすでにシイナに使役されていた。

 彼女の【癒】属性によるものだ。


「グルルルルル……」

「ギャウウ……」

「シャアァァァ……」


 エルメの魔法は上書きされ、彼に牙を向く。


 これで舞台は整った。


「さあ、はじめるわよ!」

「だね!」


 リーシャは杖を握り直し、シイナは『闇獣』をでる。


「じゃあ、ボクと──」

「私が支えます!」


 その後方では、サラとコトリも構えを取った。


 そうしてすぐさま、シイナが『闇獣』へ発破はっぱかける。


「全員、突撃ぃー!」

「「「グオオオオオオォォォ……!」」」

 

 まるで容赦ようしゃのない一斉攻撃だ。

 さすがのエルメも後退せざるを得ない。


「チィッ!」


 だが、ちょうどエルメが退避した場所に、リーシャの魔法が降り注ぐ。


「【炎の雨フレイムレイン】……!」

「なに!?」

 

 これにはサラの属性が関与している。


えてるよ、その動き」


 サラの属性は【探】。

 あらゆる物事に対して、情報を得ることができるという。

 その力を応用して、エルメの退避場所を予測したのだ。


 リーシャはさらに魔法を詠唱する。


「行くわよ、コトリ!」

「はい!」

「【炎の貫通矢フレイムアロー】……!」


 リーシャが放った【炎の貫通矢フレイムアロー】。

 威力が高い分、命中率が低いことが弱点の魔法だ。


 それをコトリが軌道修正する。


「当てます!」


 コトリの属性は【支】。

 他人の魔法の威力を高め、精度を高めることができる。

 いわゆる支援役バッファーにぴったりの属性だ。


「ぐぅああああッ!」


 四人の合わせ技の連続により、見事にエルメを後退させ続ける。

 この連携ならば勝機すら見えそうだった。


 そして、


「……」


 それを遠目から眺めるヴァルツ。

 思っていることはただ一つだ。


(くれぐれも無理はしないでくれよ、みんな)


 そう思いながら、ヴァルツの頭には数日前の記憶が蘇っていた。



────


 ヴァルツの帰還を祝っている酒場。

 Bランク冒険者のセリダが口にした。


「マティス王、今度は学園にもおもむかれるそうですよ」

「なんだと……!?」


 その情報に、ヴァルツは声を上げる。


「どうしたんだよ、ヴァルツ様」

「ええ、様子が変よ」

「黙れ!」(ごめん、少し静かに)


 とてつもなく嫌な予感が焦らせているのだ。

 ヴァルツは思考を巡らせる。


「……!」


 そして、全てがつながった。


「……ハッ」


 その事実には、思わず笑いが込み上げてきた。


「ハッハッハッハ!」


(そういうことかよ!)


 夏休みが終わった後からの違和感。

 それらが全て裏では繋がっていたことに気づいたのだ。


 知らないシナリオが生まれていたこと。

 エルメという存在。

 そして何より、マティス王がどうしようもなく違う姿に見えたこと。


 ヴァルツは口にした。


「俺は王を殺す」

「「「……!?」」」


 それはあまりにも唐突すぎる言葉。

 だがそれでも、周りの者は一度聞き返す姿勢を見せる。


 代表して尋ねたのは、ダリヤ。


「何か理由があるのか、ヴァルツ様」

「……ああ」


 これまでのヴァルツの行い。

 それをかんがみて、この場にヴァルツをただの傲慢公爵だと考えている者はいない。


 何か考えがあるはずだと思ったのだ。


「奴は──魔王だ」

「「「……!?」」」


 その言葉が始まりだった。


 傲慢な意志力により苦労したが、その場にいた者はヴァルツと考えを共有。

 数日後へ向けた作戦会議が始まる。

 

 この場にいた者たちは真剣に信頼したのだ。

 国家に反逆することになろうとも、マティス王よりもヴァルツのことを。


 そうしてヴァルツは、マティス王が魔王だと確信が持てた場合、その場で戦うことを決意。

 ヴァルツは「自分一人でやる」と言ったが、周りの者はそれを許さない。


 酒場にいた者は、みな協力体制を取るのだった。

 


────


「……」(みんな……)


 そんなことがありつつも、ヴァルツは口下手なりにヒロインたちに念押ししてある。


 絶対に無茶だけはするなと。

 最後は自分がやると。


 こうして、本当に舞台が整ったのは、ある意味ではこちらの方でもある。


「やろうか。魔王」


 ヴァルツは真っ直ぐに剣を向けた──。

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