第36話 師匠はレジェンド冒険者

 「「「かんぱ~い!」」」


 僕の周りで、盛大に酒が交わされる。

 協会にいた冒険者たちだ。


 さらに、


「「「かんぱーい!」」」


 それに続いてルシア達もジュースを交わした。

 もちろんヴァルツがそんな事をできるはずもなく。


「……チッ」(か、かんぱい!)


 僕は心の中で乾杯をしておいた。

 悲しい。


「ったく」


 そんな中、僕は今に至る経緯を軽く思い出す。


 イリーガとの一件を解決し、無事に王都へ戻って来た。

 そんな時、イリーガからの被害を受けたという冒険者から感謝をされ、協会の酒場で祝われているというわけだ。


「噂通りですね! ヴァルツ・ブランシュ様」

「あん?」


 そして、その当の女性冒険者が隣にやってくる。

 僕たちを協会の酒場へ手招きした女性だ。


「その態度ですよ」

「黙れ」


 一目で分かる整った顔。

 また、それによく似合う短い茶髪は横で編まれており、動きやすそうだ。


 スタイルもいかにも冒険者っぽい。

 スラリとしているが、腕はガッチリしている。

 装備を外しているから、よりよく分かる。


 そんな彼女が、隣にドンと座ってくる。


「まずは名乗れ」(お名前はなんと?)

「私は『セリダ』。Bランク冒険者です」

「そうかよ」

「もー自分から聞いたくせに」


 セリダさんと言うらしい。

 推測は失礼かもしれないが、どう見ても二十代前半だ。

 若めの冒険者だね。


「専門は『弓』。遠距離攻撃が得意で~」

「聞いていない」

「えー、会話続ける気なしですか?」

「無しだ」

「つれないなあ」


 そんなことを言いつつ、グビッと酒を一口。

 意外と豪快だ。


「でも、本当に感謝しているんですよ」


 酒をテーブルに置いた彼女は、またぼそりと口を開く。


「……イリーガの件か」

「はい」


 何をされたのか、と聞くのは野暮だろう。 

 まだ続ける雰囲気を感じ取ったので、僕はそのまま耳を傾ける。


「地位だの名誉だの。それらは人を狂わせてしまうのでしょうか」

「……」


 ちょっと耳が痛い。

 まさに原作のヴァルツの事を言っている様で。


 でも、今は違う。

 僕はこの力を正義のために使いたい。


「知るか」

「ふふっ、そうですか」

「ああ」

「でも、あの人たちも変わりませんけどね」

「?」


 そうして、セリダさんが顔を上げる。

 向いた方向には──ダリヤさんとマギサさんだ。


「お」

「あら」


 二人は目が合うなり、すぐにこちらに向かってくる。


「どうもどうも、ヴァルツ様」

「なんでいやがる」

「とりあえず、あいつらはろうに入れたんでね」

「……そうか」


 協会の地下は牢だそうだ。

 先ほどチラっと耳にした。

 

「今後はおきてに従って処罰を決めるんで。任せてください」

「聞いていない」(わかったよ)


 一件落着。

 これでイリーガの件は終えたと言えるだろう。


 そうして、二人も同じテーブルの席に腰を下ろす。


「店主さん! ビール一杯!」

「私も~」

「チッ。邪魔な奴らだ」


 僕から出るのはいつもの口調。

 だが、それがセリダには恐れ多かったらしい。


「や、やはりヴァルツ様は交流がおありなんですね……」

「あ?」(ん?)

「いえ、以前から噂されていたんですよ。ヴァルツ様と、ダリヤ様マギサ様にはつながりがあると」


 セリダは声を震わせながらに言う。


 でも、別にそれを隠しているつもりはない。

 僕は何も考えずに答えた。


「俺の手下だ」(僕の師匠です)

「て、手下ですか!?」

「ああ、手下だ」(違う、師匠です!)

「はわわわわ……」


 だが、口調により盛大に勘違いされる。

 さすがに師匠二人も口を挟んだ。


「おいおいヴァルツ様、そりゃねえよー」

「私がどれだけしごいてあげたことか」


「フン、知らんな」(大変お世話になってます)


 それでもやはり、ヴァルツ様。

 傲慢ごうまんな態度は認めようとしません。

 

 二人もやれやれといった様子だ。

 まあ、感謝しているのは分かってくれていると思うけど。


 そんな会話に、再びセリダがあわあわする。


「と、とにかく付き合いがあるのですね」

「ああ。それがどうしたのか」

「どうかしたって……」


 胸の前で両手を包んで声を上げた。


「お二人はレジェンドなんですよ! レジェンド!」

「……は?」


 まるでファンガールだ。

 目もキラキラして見える。


「おいおい~」

「それは褒めすぎよ~」


 そんな言葉に、師匠二人は完全にニヤニヤしている。

 分かりやすく調子に乗ってるな。


「いくらSランク・・・・だからってよ~」

「そうよ。Sランク・・・・とはいってもね~」


 Sランクをめちゃくちゃ強調して言ってる。

 二人も誇りには思っていたらしい。


「はい! みんなの憧れです!」

「……チッ」


 けど、改めて二人の偉大さを確認する。


 セリダもBランクらしいし、それなりの冒険者のはず。

 そんな彼女にここまで言われるって、やっぱりすごいんだな。


 良い師匠を持ったよ。

 二人にはもちろん、じいやさんにも感謝しなきゃ。


「じゃあセリダ、今日は飲むぜ~」

「こ、光栄です!」

「もちろん俺の奢りでな!」

「ありがとうございます!」


 あんなところは相変わらずだけど。

 こうして、会は進んで行った。





 しばらく経ち、この会も終盤に差し掛かった頃。


「おい」

「なんでしょう、ヴァルツ様」


 僕は再びセリダさんに話しかける。

 ここでも情報を集めるべく、最後に話を聞いて回っていた。


王都ここは何も無かったか」

「ヴァルツ様がいらっしゃらない間にですか?」

「ああ」

「そうですね……」


 彼女は考える素振りを見せ、やがてハッとする。


「そういえば、マティス王が訪れになったそうです」

「……! この協会にか」

「はい。私はいなかったんですけど」


 その話には、ダリヤさんとマギサさんも口を挟んで来る。


「本当か!?」

「こんな場所に!?」


「は、はい。みたいです……」


 僕同様、二人もきょうがくしている。


 それはそうだろう。

 言い方は良くないかもしれないが、冒険者はアングラのような職業。

 王様が訪れるような場所ではない。

 

 ダリヤさんが慌てて聞き返す。


「い、一体何をしにきたんだ!?」

「視察とおっしゃっていたらしいですが」

「視察……?」


 だが、その言葉に一層頭を悩ます。

 僕やマギサさんも同じくだ。


 そしてさらに、セリダが言い放った。


「あ、そうそう。それと関連してなんですけど」

「なんだ」


 ここで衝撃の話を聞く。


「マティス王、今度は学園にもおもむかれるそうですよ」

「なんだと……!」


 再び僕の嫌な予感が、胸をえぐった──。

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