第33話 修行を経たヴァルツ

 「そいつは俺のもんだ」


 勘違いは起こってしまうもの。

 それはヴァルツも理解している。

 そのため、自分が疑われるだけなら許せるのだ。


 だが──


「てめえごときが触れんじゃねえ」


 仲間を危険にさらされた時だけは、怒りをあらわにする。


 対して、イリーガはニッとした顔を浮かべた。


「おお、こいつは怖えなぁ」

「……」


 ヴァルツは冒険者資格を持っていない。

 ゆえに、ランクは定かではない。

 この場で分かるのは、イリーガが『Aランク』ということだけ。


 Aランクは上位一%の領域。

 同業者からすれば“化け物”だ。


 イリーガ視点では、ようやく得意分野に持ち込めたといえるだろう。


「持っとけ」

「はっ!」


 イリーガは、人質のメイリィを配下に預ける。


 同時に取り出したのは──『大斧おおおの』。

 二メートル近くあるイリーガの身長よりも、さらに大きい。

 特注品なのか、刃の面積も広い。


 これがイリーガの武器なのだろう。


「そうこなくちゃなあ! ヴァルツ・ブランシュ!」

「……!」


 大斧をかざし、一気にヴァルツに詰め寄るイリーガ。

 その速さは、大きな武器を持っているとはとても思えない。


 ──冒険者たちからすれば・・・・・・・・・の話だが。


「その程度か?」

「……ッ! なに!?」


 片手に持つ剣一本で、なんなく大斧を防ぐヴァルツ。

 体格差、武器の重さから考えれば、ありえない事態だ。


「なっ!?」

「イリーガ様の大斧が!?」

「片手一本だと!?」


 これには周りの配下たちも驚きを隠せない。

 両者を決定づけるのは──魔法の差。


「フッ」

「……! チィッ!」


 ヴァルツの属性魔法に気づいたイリーガ。

 とっさにヴァルツから距離を取る。


「……悪くない反応だ」

「貴様!」


 だが、イリーガは怒りの目を向けた。


 大斧の一部が崩れかけていたのだ。

 人間でいう壊死えしに近い。


「──【崩壊ほうかい】」


 これはヴァルツの新たな【闇】の用途。

 特性である【弱体化】を物質・・に付与することで、それを限りなく無に近づけるのだ。


 あと一秒離れるのが遅ければ、イリーガの大斧は内側から崩壊し、バラバラになっていただろう。


「今さらおじづいたのか?」

「チィッ……!」


 今までの【闇】は、相手の魔力を利用して【弱体化】させていた。

 

 だが夏の修行により、ヴァルツは魔力の有無に関係なく、触れた・・・あらゆる物に対して【弱体化】を付与できるようになっていた。

 

 イリーガは大斧を握る手を強める。


(肉弾戦は危険か。ここは距離を取りつつ……)


 しかし、ヴァルツはそれを許さない。


「【光・身体強化──】」

「……!」


 相手が来ないなら、こちらから近づくまで。


「どこを見ている」

「──!? ガハァッ!」


 一瞬にしてヴァルツを見失ったイリーガ。

 どこだと顔を振るも、ヴァルツはすでに背後。

 そのまま剣を腕に刺す。


(こいつ、さっきの数段速いだと……!?)

 

 普段は全身に行き渡らせる【光・身体強化】。

 その分を足だけに集約し、今までと比べものにならない速さを実現する。

 これも夏の修行の成果だ。


「さっきのは全力じゃなかったのか……!」

「知らん」


 先程は近くにメイリィがいた。

 万が一を考えてスピードは抑えていたのだ。

 これが今のヴァルツの本気の速度である。


 そして──


触れた・・・ぞ」

「……!」


 その一言で、イリーガは絶望する。

 とっさによみがえるのは、先ほどの大斧の壊れた部分。

 ヴァルツが触れている肩がビキっと音を立てる。


「ぐああああああ!」


 この肩はすでに使い物にならない。

 イリーガは利き腕を失ったのだ。


 そしてヴァルツは、


が高いぞ」


 二メートル近い図体が気に入らなかったようだ。


「──ひざまずけ」

「……がっ!」


 これは今までと同じ【闇】の使い方。

 魔力経由で【弱体化】をくらったイリーガは、ガクっとひざを付く。

 ──だけでは済まない。


いつくばれ」

「……ぐぁっ!」


 魔王教団の時と同じ命令だ。

 ヴァルツが触れている間、彼の命令は絶対。

 イリーガはうつ伏せに拘束される。


 ──だが、まだだ。

 よっぽどメイリィを巻き込んだことを怒っているらしい。


うずめろ」

「……ッ!?」


 ヴァルツは【弱体化】を地面に付与。

 地面が軟弱化したことで、イリーガの頭が地面に真っ直ぐ突っ込む。


「……ッ!!」


 もはや声など出ない。


 カリスマ冒険者ともてはやされるイリーガ。

 彼が頭から地面に突っ込むという、未だかつてない姿となっていた。 


「満足か」

「……ぐっ、ハァハァ……」


 そうして、【闇】の拘束と引き換えに、ようやく顔を出してもらえる。


 今までは『対多数』に対しての魔法が多かったヴァルツ。

 修行を経て『対単体』にも仕上げてきている。


 そんなヴァルツに、ギリっと歯を食いしばるイリーガ。


(こいつには、勝てねえ……!)


 そう直感し、決死の思いで配下たちの方へ声を上げる。


「お前らぁ! 人質の女を殺──え?」


 だが、その言葉は途中で止まった。


 配下たちが全員片付けられていたのだ。

 二人・・の存在によって。


「久しぶりだなあ、イリーガよ」

「はぁ〜い、ガキんちょ」


 ヴァルツの師匠であるダリヤとマギサだ。


「な、なぜあの二人が……!?」

「今さら気づいたのか。どんが」


 イリーガと剣を交える際、二人が駆けつけたことに気づいたヴァルツ。

 メイリィが拘束されているにもかかわらず、自ら前に出たのはこのため。


 二人の実力を知るヴァルツは、メイリィを二人に任せたのだ。

 

 そうして、珍しくダリヤが鋭い目に変わる。


「イリーガよお」

「……っ!」

「お前、いつからそんなに偉くなった?」


 カリスマ冒険者とはいえ、イリーガはAランク。

 Sランクであるダリヤが格上なのだ。


「私たちがいないからって調子に乗っちゃったのかしら」

「そ、それはっ」

「──いけないわね」

「……っ!」


 またそれは、マギサも同じく。

 Sランク二人を前に、イリーガはちぢこまった。


 そんな中、ヴァルツが二人に尋ねる。


「てめえら、知り合いなのか」


「みたいなもんだな」

「一緒に依頼をしたことがあったかしら」


 同じ冒険者同士、つながりはあるようだ。

 関係性を見る限り、ダリヤ・マギサが先輩なのだろう。


「ヴァルツ様」

「なんだ」


 そうして、ダリヤがヴァルツに持ち掛ける。


「冒険者には冒険者なりのおきてがある。こいつの処分は俺たちに任せてもらえねえか?」

「……いいだろう」


 断る理由などない。

 ヴァルツは掟を知らない上、何より……


「悪い子にはお仕置きが必要ね」

「「「ひぃっ!」」」


 今のマギサに逆らいたくなかったからだ。

 また、ダリヤはふっと笑ってヴァルツに語る。


「やっぱりヴァルツ様は優しいんだな」

「何の話だ」

「いや? こっちの話だ」

「……黙れ」

 

 容疑をかけられても、すぐに手は上げなかったこと。

 メイリィが人質にされて初めて手を上げたこと。


 ダリヤとマギサはヴァルツの本質をしっかり見抜いている。

 さすが師匠といったところだろう。


 そして、


「ヴァルツ様~!!」

「……!」


 解放されたメイリィがヴァルツに駆け寄る。


「ヴァルツ様!」

「……ぐっ」


 いつものタックルさながらの抱き着きだ。


「怖かったです!」

「……」


(ごめんね、メイリィ。君を巻き込んで)


 心の中でそう思うが、当然口からは出ていかない。

 ヴァルツはそっとメイリィの肩に手を乗せた。


「二度と俺の所有物には手を出させん」(もう二度とこんな目には遭わせない)

「……! はいっ!」

「……うぐっ」


 その言葉に、再度抱き着くメイリィであった。


 そして、イリーガ達を拘束したダリヤ。

 向こうを指しながら、声を上げる。


「ヴァルツ様! あそこに何かがあるんだろ?」

「……ああ」


 その方向は──『魔王のほこら』。

 「真実を探る」と家を空けたダリヤとマギサも、独自にこの場所に辿り着いていたようだ。


イリーガこいつらは見張っておく。行ってきてくれ」

「ああ」





 そうして、いざ『魔王の祠』を足を踏み入れたヴァルツ(とメイリィ)。

 そこで見たものとは──

 

「……ッ!」


(魔王がまつられたせきが、壊されている……!)


 最悪を想定させる事実だった。



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ヴァルツ様の三段活用


ひざまずけ』=膝をつかせる

いつくばれ』=伏せさせる

うずめろ』=地中に顔を埋める

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