第32話 森の先で

<ヴァルツ視点>


 日差しが目に入り込んできて、僕はむくっと体を起こす。


「……チッ」(……朝か)


 昨夜、冒険者たちからおそわれそうになった。

 勘違いで人を傷付けたくなかった僕は、王都外れの森へ退避した。


 そうして一晩が経ったらしい。


「……学園か」


 今日は週明け。

 また学園が始まる日だ。

 また一週間を楽しみにしていたんだけど、何やら事態に巻き込まれてしまった。


「……」


 それにしても、一体なんだったんだろう。

 あの人達、見た目は明らかに冒険者だ。


 だとしたら何かの依頼?

 僕を殺せとの依頼なのだろうか?


「チッ」(うーん)


 誰からも恨みを買っていない……とはとても言えない。

 何しろこんな態度だし。

 それでも、殺されるほどの恨みを買った覚えはない。


「……」


 みんなは大丈夫かな。


 メイリィはたしか父さんのところへ行くと言っていたな。

 何かを察してくれていたら嬉しいけど。


 今からでも帰るべきだろうか。


「……っ」(……いや)


 ここで帰っても、かえって街が騒ぎになるだけだ。

 それは僕としても本望ではない。

 ここはみんなを信じるべきだ。


 あとは……


「おい」


 僕はふとそばに目を向ける。


 そこには、昨夜の不審者。

 一緒にいるのは多少怖かったけど、この人も魔法をかけられていただけ。

 解除さえしてしまえば大丈夫だろう。


 だけど、冒険者たちはこの人にまで危害を加える気だった。

 そんなことをさせてたまるかと思って連れて来たんだ。


「おい」

「……」


 だけど、ずっと返事がない。

 死んだように眠っているだけだ。


「チッ」(おかしいなあ)


 この人に付与されていた【闇】は解除した。

 それで戻ってくれるかと思ったが、そうはいかなかった。


 あのゾンビみたいな声は上げなくなったけど、代わりに目を覚まさなくなってしまった。

 未知の魔法とかなのだろうか。


「……」(まあ、仕方ないか)


 それでも、この人を救わないつもりはない。

 ヒーローは誰でも助けてなんぼだ。


 この人がいるから傲慢ごうまんな態度になってるのは、ほんのちょっとだけやりづらいけど。


「……」(さてと)


 一息つき、僕は立ち上がる。

 いつまでも、ここでこうしているわけにもいかないし。

 それに、昨夜から気になる場所もある。


 僕はぐっと胸のあたりを掴む。


「……っ」


 森に入ってから、やけに体の内側がうずくんだ。


 これはまるで、ルシアの【光】と共鳴した時のような感覚。

 この森に何かが隠されているというのだろうか。


 まずはそれを解決したい。

 もしかしたら、今回の一件にもつながっているかもしれないし。


「足手まといが」(肩をお借りしますよ)


 僕は目を覚まさない男性をかつぐ。


 ここまできたんだ。

 放っておけるはずもない。

 

「……あっちか」


 そして進行方向を定めた。

 なんとなく、この体の内側が行きたがっている方向だ。


 この先に何が待つと言うのだろうか。







<三人称視点>


 森をずっと進んだ先。

 ヴァルツはおそらく何時間も歩いて来ただろう。


「……!」


 そこでようやく、ヴァルツはその足を速める。

 木々が段々と少なくなっていることに気づいたからだ。


 きっとこの先に何かがある。

 そう思って抜け出した時、


「これは……!」


 現れたのは──大きな建造物。


「……っ」(まじ、かよ……!)


 石で造られた、階段状のピラミッドのような形。

 見る者を圧倒するような迫力とサイズだ。


 一階には入口があり、中へ進むことができる。

 だがヴァルツは、そうする間でもなく・・・・・・・・・中に何があるかが分かった。


「……こいつは」


 これはとある人物の墓。

 この世界『リバーシブル』において、ルシア(プレイヤー)は目にすることはないが、ヴァルツにとっては重要な遺跡だ。


 これは──『魔王のほこら』。

 魔王が祭られているという遺跡は、こんな場所に存在したのだ。


「面白れえじゃねえか」(すごい……)


 しかし、不思議な点はある。


 それは、こんな建造物が今までおおやけにされていなかったこと。


 ヴァルツは王都でも『魔王の祠』の話は聞いていない。

 ここに辿り着くまでに何か秘密でもあるのだろうか。


 ──そんなことを考えていた時、


「ここだろうとは思っていた」

「……!」


 後方からかけられる声。


(まさかもう・・聞くことになるとは)


 ヴァルツは相手を確信しながら、ゆっくりと後ろを振り返る。


「……お前か」


 そこにいたのは、昨夜に会った冒険者とその配下たち。

 相変わらず、そろいも揃って屈強そうな体つきをしている。


「お前とはひどいじゃないか。俺の名はイリーガだ」

「そんなのは聞いていない」

「ふっ、噂通りの男だな」

「……」


 こんな口調で答えるものの、実際のヴァルツは少し驚いていた。


(この人があのイリーガか……)


 知っている名前だったのだ。


 イリーガはいわゆる“カリスマ冒険者”。

 王都で過ごしていれば、一度は聞くこともあるだろう。

 冒険者ランクは「A」だ。


 そうしてイリーガは、『魔王の祠』に視線を向けながら続ける。


「ここは魔王に関する場所なんだってなあ」

「……ああ」(そうみたいだ)

「何をたくらんでやがる?」

「てめえに言う義理はない」(何も企んでなんか!)


 しかし、ここでヴァルツの傲慢口調が牙を向く。


「ふっ、やはり何かあるのだな」

「黙れ」


 ヴァルツは、ただ導かれるまま歩いて来ただけ。

 企んでいることなど無いのだ。

 それでも、必死に弁明するという行為をヴァルツが受け入れない。


「そうか。白状しねえのか」

「……」


 そんなヴァルツに対し、イリーガは配下へと指示をした。


「おい。あれを持ってこい」

「「「はっ!」」」


「……?」(あれとは?)


 そうしてつかの間、イリーガ達の前に一人の女性が連れ出される。

 ヴァルツは思わず目を見開いた。


「てめえ……!」

「おっ、これには反応すんだな」

「黙れ!」


 その女性は──メイリィ。


「ん! んー!」


 メイリィは口をしばられたまま、声を上げる。

 手足も拘束されて身動きができないみたいだ。


「おい」

「どうした、白状する気になっ──」

「その女を放せ」

「……!?」


 だけど、交渉するまでもなく、僕はイリーガの一瞬で接近。

 【光】による高速移動だ。


「──っとぉ! あぶねえ!」

「チッ……!」


 だがギリギリ、ヴァルツの剣は弾かれる。

 さすがはAランク冒険者と言うべきだろう。


「いきなりかよ!」

「そいつを放せと言ったはずだが」

「ほう。そんなにこの女が大事か!」

「……」


 口調は答えないが、ヴァルツの思いは決まっている。


 昨夜逃げたのは、勘違いをしている相手を傷付けたくなかったから。

 ヒーローに憧れる彼にとって、そんなことで傷つけ合うのはごめんだ。

 

 だが、状況が変わった・・・・・・・


「そいつは俺のもんだ」

「……!」

「てめえごときが触れんじゃねえ」

 

 ヴァルツは、仲間に手を出す奴は許さない。

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