第31話 彼を知る者・知らない者

<ヴァルツ視点>


 とある日の夜。


「ふう……」


 明かりもなくなった街を歩く。

 近くの森で修行をしていたら、すっかり遅くなってしまった。

 

 普段ならそんなこともしないけど、最近は冒険者らしき人たちによく見られていたからな。

 まあ、元より周りからの痛い視線も少なくはなかったけど。


「態度があれだしなあ」


 何しろ傲慢ごうまんこうしゃくだし。

 そんな視線が少し増えただけのこと。


 森の中で修行していたのは、大事をとってだ。

 あとは騒音対策に。


 それから、気になることはまだある。


「ダリヤさん、マギサさん……」


 僕の師匠二人が、突然姿を消したことだ。

 それも、つい一昨日おとついの出来事。


 僕はいつものように二人の家を訪ねた。

 するとそこには、書き置きがあったんだ。


『しばらく帰らない』


 たしかに、ここ最近は顔を合わせていなかった。

 でも全く関係がなくなったわけではない。


 それとも、大きな依頼でも入ったのだろうか。


「……」


 それだけなら全然構わない。


 でもなんでだろう。

 なんとなく嫌な予感がしてならないのは。


 そんなことを考えていた時、


「きゃーーー!」

「──!」


 ふと別の場所から叫び声が聞こえてくる。

 向こうの方からだ。


「あっちか!」


 声の方向を定めると同時に、僕の体は動き出した。





「おい!」


 声が聞こえてきた場所まで【光】を使って移動。

 目に入ってきた女性に声をかける。


「ひっ……!」

「!」


 僕の口調が強かったからか、女性はこちらにもびくっとする。

 こればかりは仕方がない。

 けど、この反応にはもう慣れた。

 

 僕はすぐさま状況を確認する。


「……ッ!」


 女性は行き止まりに追い詰められている。

 そこにゆっくりと男性が近づいているんだ。


 見た目は一般男性だが、様子が明らかに不審。

 

「そこで立っとけ!」(じっとしてて!)

「……ひっ!」


 女性はパニックなのか、僕にも声を上げる。

 僕は構わず、男の方に目を向けた。


「止まれ」

「グゥ……?」


 僕の声に反応して、標的はこちらに変わった。

 だが男は止まろうとせず、ただゆっくりと近づいてくる。


 発している声も異様だ。


「痛い目にいたいらしいな」


 このままでは近づかれるばかり。

 一般の人にはあまりしたくないが、片手に魔力を灯してみせた。

 牽制けんせいの意味を込めている。


 だが、


「グゥゥゥ」

「……チッ!」


 それでも男は一切止まらない。

 なんだこの人は!


「……クソが」(仕方ない!)

 

 僕はその魔力を向けた。


「――ひざまずけ」

「グゥッ!?」


 放った魔力は【闇】。

 その属性魔法に触れ、男はその場で膝をつく。


 もう教団と戦った時の僕ではない。

 あんな状況にも対応できるよう、対象を個人のみに絞れるよう修行したんだ。


「動けば殺す」(そのままでいてね)


 そう口にしながら、男にゆっくりと近寄る。


 なにしろ様子がおかしい。

 言動も行動も、普通のそれではない。


 なんというか、魂が奪われた感じだ。


「……」


 何か魔法をかけられている可能性もある。

 もしそうであれば、僕の【闇】の弱体化で解除してあげられるかもしれない。


「グゥゥゥ」

「……!」


 そして、男に触れた途端に感じる。

 この属性は……【闇】?


「……っ」(バカな!)

 

 そんなはずがない。

 【闇】はかつての魔王、そして僕しか持っていないはず。


 偶然この人が発現した可能性がなくもない。

 だが、これでも特別な属性だ。

 にわかには信じがたい。


「……」


 一体なにがどうなってるんだ。

 そんなことを考えていた時──



「そこまでだ!」

「!?」

 

 突然、こちらにパッと向けられる照明。

 僕は目を半分閉じながら振り返った。


「ようやく正体を現したな!」

「……は?」


 声高らかにこちらに向けられる声。

 その主は屈強な体つきをした男。

 最近見かけたような、冒険者っぽい奴らの内の一人だ。


 屈強な男は威嚇いかくするような声で言い放ってくる。


「やはり貴様が犯人だったのだな」

「なんの話だ」

「とぼけるな!」

「……」


 頭に血が昇っているのか、質問には答えない。

 僕が何をしたって言うんだ。


「あの男を拘束しろ!」

「「「はっ!」」」


「……!」


 さらには、いきなり手下を仕向けてくる。

 体つき・装備共に手練ればかりだ。


「てめえら……!」(ちょっと待ってよ!)


 チラりと魔力は見せるが、真っ向から対抗するのははばかられる。

 こんな状況ですら、相手を傷つけたくないと思う自分がいるからだ。


 彼らは何かと勘違いをしているだけ。

 話せば分かるはずなんだ。


 また、悲鳴を上げていた女性が男に声を上げる。


「あの! この人は──」

「怖かったでしょう、お嬢さん。あやつは俺が捕まえます」

「そんな、違っ!」

「この方を連れて行け」


 だが、彼女を一切聞くことなく連れて行ってしまう。

 その間にも、手下たちはじりじりと距離を詰めてくる。


「おとなしくしろ!」

「……チッ」(ダメか!)


 もう何を言っても聞かないらしい。

 ここで捕まえられれば、後は不利な展開しか見えない。

 この場は一旦逃げるしかないか。

 

 ──と考えていると、ふとさっきの不審な男性が目に付く。


「グゥゥゥ」

「……!」


 もしかしたら、この人も容疑をかけられている可能性がある。

 僕は男を捕まえて、盾のようにした。


「こいつをどうするつもりだ」

「「「……!」」」


 こんなことをするのは心苦しい。


 けど、ヴァルツの態度を考えるとこれが最善策。

 この人がどうなるか確かめなくては。


 そんな僕に、屈強な男が告げた。


「“闇の使徒”は殺すのみ」

「……こいつは味方じゃねえ」(この人は魔法にかけられているだけだ!)


「それでもだ」

「チッ!」


 そんなことだろうと思ったよ!

 じゃあ放っておけるわけないだろ!


「……ッ!」


 僕は不審だった人物を抱えてその場を去る。


「あ、こら!」

「待て!」

「行かせるか!」


 後ろから声が聞こえたが、振り返らない。


 きっと勘違いしているんだ。

 この不審な人物も、こうなる前はおそらくただの一般人。


 そんな人を殺させてたまるか!


「クソが」


 僕は街から遠ざかるように飛び立った──。



 

 



<三人称視点>


 翌日、アルザリア王立学園。


「ヴァルツ君が学園に来てない?」

「そうなの!」


 広場にて、シイナとリーシャが話す。

 会話はいつも通り、ヴァルツについて。


 だが、学園に来ていないヴァルツにリーシャが不自然に感じたようだ。


 シイナが聞き返す。


「けどまあ、ヴァルツ君だし……」

「ヴァルツ様は理由もなく休みません!」

「そうなんだ」


 シイナは彼女達の一つ上の学年。

 そのため、授業中のヴァルツはあまり知らない。


 だがリーシャはしっかりと分かっていたのだ。

 あーだこーだ言いつつも、ヴァルツは学校が好きなことを。

 謎の見栄を張ってまでも、授業は楽しみに聞いていることを。


「だとすると、ちょっと気になるね」

「そうでしょう!」


 となれば心配にもなってくる。


 けど、なんだかんだでヴァルツは大丈夫。

 そんな思いが二人の中にもあった。


 しかし、聞こえてきたのはふとした会話。


「なあ聞いたか」

「なんだよ」

「ヴァルツ・ブランシュが何か事件に関わってるかもって話」

「なんだよそれ、詳しく聞かせろよ」


 廊下で話す男たちの会話だ。


「「……!」」


 あまりにもタイムリーな話題に、シイナとリーシャは耳を傾ける。

 

「昨日、街の外れで騒ぎがあったらしくてよ」

「あーらしいな」

「そこで近隣住民が聞いたらしいんだよ。ヴァルツ・ブランシュって名前を」

「まじで?」


 それは昨日の出来事について。

 知らないリーシャとシイナは耳を澄ます。


「なんでも、あのAランク冒険者『イリーガ』が追い詰めてたんだって」

「そりゃあ、ヴァルツ・ブランシュが何かやってんな」

「そう思うだろ」


 会話に出てきたイリーガ。

 有名な冒険者であり、人々から尊敬されている。


 彼とヴァルツを比べると……人望の差は圧倒的にイリーガに傾く。


「んで、結局ヴァルツ・ブランシュが逃亡したんだとよ」

「うわー。ついにやっちまったか、傲慢公爵様」

「まあ何かしら悪いことはしてるわなあ」


 たしかに魔王教団の一件はあった。

 それでも、ヴァルツを特に知らない人にとってはまだその程度の認識のようだ。


 彼を認め始めているのは、彼の内面や行動をしっかり見ている人物のみ。

 他の者は単なる噂や周りの反応だけで、簡単に物事を見てしまう。

 人間とはそんなものなのだ。


「「……」」


 だが、会話を聞いていた少女二人は違う。


「シイナさん」

「リーシャさん」


 図らずも互いに顔を見合わせ、意志を確認する。

 どうやら決心は同じの様だ。


「「行こう!」」


 



 また、同時刻。

 広まりつつある噂は、ルシア達の耳にも届いていた。


「ヴァルツ君が……?」


 その話に首を傾げるルシア。

 彼に答えたのは、サラとコトリだ。


「違うね」

「私もそう思う」


 こうして、一部の者たちは動き出す。

 彼らはみなヴァルツを知る者、またヴァルツに助けてもらった者たちだ。


「ヴァルツ君はそんなことしないよ」


 今度は自分たちの番だと。

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