第30話 アルザリア国王様との面会
「こちらで少々お待ちください」
黒スーツに身を包んだ執事さんに案内され、僕たちは大きな扉の前へ。
ここが開かれれば国王様の玉座だ。
「緊張するね……」
「フン」
ガチガチになっているルシアを横目に、僕は考える。
こうなったきっかけは数日前。
新担任のエルメ先生から呼び出され、僕とルシアへ伝えられたんだ。
『君達二人が、国王様に招待されている』
どうしてこのタイミングで。
どうしてエルメ先生が。
色々と聞きたいことはあったが、学園に届いた通知とのことで、エルメ先生から僕たちへ伝えられたようだ。
それから予定を立て、流れるように当日となった。
「……国王か」
アルザリア王国、第五十二代国王『マティス・アルザリア』。
原作『リバーシブル』ではそれほど関わってこないけど、いくつか情報はある。
歴代国王に比べれば、特に功績を上げたわけではない。
だが、その『温厚さ』はよく知られる。
民を思い、民のための政策を行う、優しい国王だそうだ。
「……」
だが、父さんからはとある情報も得ている。
最近は「あまり政治に関わらくなった」。
国王として変わらず最終決定権は持つものの、口を出すどころか、表に姿を見せる機会すら減っているという。
そのため、
「くれぐれも無礼のないように」と伝言を受けているが、父さんはどこか国王を心配しているようにも見えた。
「……フッ」(となれば)
僕が確かめるしかないか。
そんなタイミングでの招待も、何か意志があるのかもしれない。
「ヴァルツ・ブランシュ様、ルシア様」
そうして、先ほどの執事さんが戻ってくる。
どうやら準備が整ったらしい。
「では、こちらへ」
左右にたたずむ槍兵が扉を開く。
僕とルシアは玉座へ足を踏み入れた。
「よくぞ来た」
「……!」
「こ、ここ、国王様!」
シャンデリアの光に目が慣れる前に、国王様自らが声をかけてくる。
声が震えたままのルシアは、隣ですぐさま膝をついた。
「ほ、本日は、お、おま、お招きいただき……!」
「よい。この場で堅いのは好まぬ」
「で、ですが……!」
「隣の者を見てみよ」
そうして、国王をはじめ部屋中の兵士、ルシアから視線が注がれる。
「……」(ヴァルツー!!)
ヴァルツの
それがこの場に及んでも、一切
「……」(本当に気まずいって!!)
ぴくりと膝を曲げることもかなわない。
国王様を前にしても、まさかの棒立ちのままである。
だが、国王様はそれをよしとした。
「はっは! 威勢があってよい」
「……フッ」
た、助かった~!
温厚な国王様じゃなかったらどうなっていたことか。
もう想像すらしたくないよ。
「ヴァ、ヴァルツ君!?」(小声)
「黙れ」(小声)
そんな僕には、さすがのルシアも驚きを隠せなかったみたいだ。
「では、お主らよ」
「「!」」
そうして、国王様が再度口を開く。
軽い
これから招待された用件を伝えられるのだろう。
──なんて予想は大きく外れた。
「もう帰ってよいぞ」
「……!」
「……え?」
意志力から言葉こそ出なかったものの、僕もルシアと同じ反応になる。
これにはさすがに困惑してしまう。
そんな僕たちに、側近の方が出口へ手を向ける。
「とのことです。お二人ともご退場いただけますでしょうか」
「……」
「え、でも」
「軽い挨拶のみとお伝えしていたはずです」
たしかに事前にはそう言われていた。
でも、それは社交辞令というか、本当にこれだけとは思うはずもない。
「ヴァルツ君、帰ろうか」
「……ああ。──!」
だけど、そうして振り返ろうとした瞬間。
頭の中に何か
「……ッ!」
ズキンと頭痛がしたのは、ほんの一瞬。
でも、その間にたくさん流れ込んで来た。
今のはおそらく──古い記憶。
それはまだ、僕が僕じゃなかった頃。
正確に言えば、僕がヴァルツへと転生する
そして、その中に一人。
温かい笑顔でヴァルツを介抱する人物がいた。
「──!」
あれは……十五年前のマティス国王だ。
公爵家である父さんとマティス国王には繋がりがあった。
だから、僕が生まれた時に抱いてくれたのだろう。
「……」
記憶を思い出した今なら分かる。
今でこそ傲慢なヴァルツだけど、その時のマティス国王には確かな『温かさ』を感じていた。
「大丈夫か?」
「!」
そんな記憶を整理していたところで、マティス王から声をかけられる。
俺はすぐさま現実に意識を戻した。
でも、どうして今になってこんな記憶を思い出したんだろう。
「顔色が優れんようじゃが?」
「構うな。……ッ!?」
だが、その答えはすぐに出た。
目の前のマティス国王を見て、
「それなら良いのじゃが」
「……っ」
一見、姿形は変わらない。
年のせいか、少しふくよかになった気もするが、顔はそこまで変わるものじゃない。
でも、
具体的には分からないが、決定的に何かが違う。
とにかくそんな気がしてならない。
「では、もうよいぞ」
「……ッ!」
尋ねるべきか?
でも何と言えばいい!
考えれば考えるほど、沼にハマる。
「ヴァルツ君?」
ルシアは違和感に気づいていない。
当たり前だ。
ルシアは初対面なのだから。
「……ッ!」
じゃあ、ここは僕が!
「王よ」
「どうしたのじゃ?」
まだ考えはまとまらない。
ここは出てくる言葉に身をゆだねる。
「──誰だ」
「ふむ?」
「お前は……誰だ?」
そう聞いた途端、
「一体何を!」
「国王に向かって!」
「無礼者!」
周りの兵士が警戒心を一気に強める。
槍を一斉にこちらに向けて来たのだ。
「よすのじゃ」
「で、ですが!」
「こやつはこういう奴なのじゃ」
だが、マティス国王が手を上げ、兵士たちは槍を下ろす。
「誰か、という問いじゃったか」
「……ああ」
「わしはマティス王じゃ。それ以下でもそれ以上でもない」
「……っ」
これ以上の危険は冒すことができなかった。
「ヴァルツ君、あれはなんだったの?」
マティス国王の玉座を離れ、王城の前。
ルシアがそう尋ねてくる。
「……」
正直、それには答えかねる。
自分でもまだ整理できていないんだ。
だけど聞かなければならなかった。
そんな使命のようなものを感じたんだ。
「お前には関係ない」
「……そっか」
ルシアもこれ以上は聞いてこず。
「さっさと帰るんだな」
「そうするよ」
ルシアは歩いて帰るようだ。
すぐにこの場を後にした。
「……」
そうして、僕は改めて考える。
マティス国王への違和感。
これは取り除かなれければいけない。
僕の勘がそう言っているんだ。
「ならば、やることはいくつかあるか」
そう考えながら、ふと横に目を向ける。
そこには帰っていくルシアの姿が。
「……」
これにはルシアですら巻き込めないかもしれないな。
★
<三人称視点>
ヴァルツとルシアが玉座を訪れた日、夜。
暗闇で二人の者が話を進める。
「我の演技はどうだった」
「ひやひやして汗が止まりませんでした」
「はっは」
あろうことか、その場所は──玉座。
「お主こそ、自己紹介で我の崇拝と言ったそうだが」
「それはご愛嬌でしょう」
「それでよく人のことを言えたものよ」
「言い返す言葉もございませんね」
それは、どこかで聞いたことのある声の主たちだ。
「では、引き続き行え。今は
「はっ!」
一人は、ヴァルツ達の新担任──エルメ。
そんな彼が聞き返す。
「
「我はもう少しこの座を楽しむとしよう。せっかく何百年ぶりの人間界なのでな」
「そうでございますね」
そうして、
「──魔王よ」
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