最終章 加速したシナリオの先に

第29話 知らないシナリオ

<ヴァルツ視点>


 夏休みが明け、また学園の日々がやってくる。

 馬車から降りた僕は校門へ入ろうとしていた。


「ヴァルツ様~!」

「!」


 そんな一番最初の声は、やはりリーシャ。

 なんとなく予想はしていた。


「おはようございます!」

「ああ」


 それから、リーシャは僕の背中側にも目を向ける。


「キュオネちゃんもおはよう!」

「キュイキュイ~!」


 元気な挨拶に、背中にくっつくキュオネも嬉しそうだ。

 それからリーシャと共に大通りを共に歩く。

 

「ふふふっ!」

「何がおかしい」

「新学期のヴァルツ様の初めて・・・、いただきました!」

「黙れ……!」(言い方~!!)


 いきなり危険な発言をするので、いつもよりも念入りに「黙れ」しておく。

 知らないというのも中々恐ろしい。


「それはそうと」

「?」

「ヴァルツ様の腕、夏休みで太くなりましたね」

「か、勝手に触るな!」(びっくりしたあ!)


 リーシャはいきなり揉むように触ってくる。

 驚きと照れから思わず腕を引いてしまった。


「私以外なら、ですよね!」

「……お前の話だ」


 けど、そう言われると実は嬉しい。


 夏休み序盤こそ悩んでいたものの、息抜きの日もあり、その後の修行はかなり順調に進んだ。

 総じて、夏のパワーアップは大成功と言えるはず。


「……フッ」


 実戦で試したいことも色々あるしな。

 そう考えると、僕は意外と新学期を望んでいたのかもしれない。


「気合いが入っておりますね!」

「そんなわけがない」

「ふふっ。そういうことにしておきます!」


 新学期か。

 思い出せる範囲だけど、一応シナリオの復習もしてきた。

 これもヒーローとしてみんなを守るため。


 だが、そんな考えとは裏腹に、リーシャから気になる言葉が飛び出す。


「そういえば、新学期から新しい担任になるそうですよ」

「……!」(……え?)

「あれ、その顔。知りませんでしたか?」

「……いや」


 返事は曖昧あいまいにしたまま、頭をひねる。


 そんなシナリオあったか?

 それとも俺が見落としているだけ?


「楽しみですねっ!」

「……ああ」


 少し疑問は残ったまま、新学期の日程が始まった。







 朝のHホームRルームにて。

 普段はないけど、今日は新学期初日ということでだろう。


 そんな中、


「どうもみなさん。はじめまして」


 きょうだんに立った男が丁寧なお辞儀をする。

 どうやらあの人が例の新担任らしい。


「新しく担任になりました『エルメ』です。よろしくお願いします」

「「「わああああ!」」」


 エルメ先生が挨拶あいさつを終えると、教室は拍手と歓声に包まれた。

 主に黄色い声援だ。


「やばっ、超かっこよくない?」

「趣味聞いてみようかなー!」

「えー積極的!」


 あの容姿ならなあ。


「……フン」

 

 新担任の『エルメ先生』。


 一言で言えばイケメンだ。

 加えて、スラリとしたモデルスタイルも持つ。

 見た目だけですでにモテそうなのが分かる。


「嬉しいなあ。先生、迎え入れられたりする?」

「もちろんです!」

「お、そこの子、元気いいねえ」

「きゃー!」


 エルメ先生が返事をくれた子に手を向ける。

 それだけで、また教室には再び歓声が上がった。

 この流れ数日は続きそうだな。


 そんな中、ついに質問をしだす女子生徒まで。


「エルメ先生! 趣味はありますか!」

「そうだなあ……」


 するとニッコリとした笑顔で答えた。


「魔王様の崇拝かな!」

「「「……え」」」


 だが、出てきたのは衝撃の答え。

 騒がしかった教室内が一気に静まる。


「……!」(え!?)


 かくいう僕も全く同じ反応をしていた。


「なーんちゃって」


 と思ったが、いきなりおちゃらけたエルメ先生。

 謝りながら、手は頭の後ろに舌をペロっと出す。


「なんだ~」

「びっくりしたあ」

「先生ブラックジョーク~」


 その仕草で、ようやくクラスが胸を《な》撫でおろした。


「あはは、悪い悪いっ」


 まあ、見た目の好印象から許された感じだ。

 どんな冗談だよ、とは思うけど。


「じゃあ皆さん、本日からよろしく!」

「「「はいっ!」」」


 そんなこんなで、若干の波乱もありながら朝のHRは終えた。

 強烈な先生もいたものだ。


「……」


 でも、あんな濃いキャラを忘れるかな。

 そんな考えは一旦胸にしまっておいた。


 


★ 




 学園での一日を終え、放課後。

 家に帰るべく大通りを歩く。


 久しぶりの学園ということもあって、意外と疲れたな。


「……っ」(ん~!)


 こんな時は気持ち良く体を伸ば……伸ばせない。

 大通りだからか、謎の意志力が働いている。


「……」(なるほど)

 

 この傲慢ごうまんゆえの理不尽さ。

 人目が多い学園生活が戻って来たなあって感じ。

 伸びも許されないのは、まあまあ意味が分からないけど。


「おー、いたいた! ヴァルツ君!」

「あ?」


 そんなところに呼び掛けられる声が聞こえ、後ろを振り返る。

 声の主は、新担任のエルメ先生だった。


「良かった。まだ帰ってなかったんだね!」

「何の用だ」

「一つ伝えておくことがあって。君と、ルシア君に」

「?」


 言う通り、先生の隣にはルシアの姿も見えた。

 僕と同時に話すつもりなのだろう。


「……」


 それにしても、僕とルシアに?

 一体どんな話だというのだろう。





 それから、エルメ先生とルシアと共に人目がない場所へ。

 やってきたのは学園の裏側だ。


「ここなら大丈夫だね」

「早くしろ」

「ああ、ごめんごめん」


 そこまで急かすつもりはないけど、早めに帰りたいのは事実。


「キュイィ……」


 背中でスヤスヤ眠っているキュオにも、エサをあげたいしな。

 そんな雰囲気を感じ取ったのか、先生は端的に要件を話してくれる。


「単刀直入に言うよ」


「ああ」

「はい」


 だが、ここで伝えられる内容。

 後になって考えれば、これが“終わりの始まり”だったのかもしれない。

 

 朝から感じていた違和感。

 知らないシナリオ。


 早く進み過ぎたシナリオによって、この時すでに歯車は狂っていたんだ。


「君達二人が、国王様に招待されている」

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