第二章 本編開始

第13話 アルザリア王立学園

 ──『アルザリア王立学園』。


 言わずと知れた『アルザリア王国』最高峰の教育機関だ。

 王都に居を構えるそこには、国内外から精鋭が集まる。


 それもそのはず。

 「学園卒業生」という肩書きは、どんな功績よりステータスとなる。


 また、上位成績ともなればその待遇は別格。

 貴族はさらに地位を上げ、平民ですら貴族として迎えられることさえあるのだ。


 富・権力はもちろん、成り上がりや一家の復権さえ託されて入学する者も後を絶たないという。





「見えてきたな」

「そうでございますね」


 そんな学園が、馬車の窓から見えてくる。

 それと同時に僕はゾクっとしたものを感じた。


 これから、いよいよ始まるんだな。

 学園RPG『リバーシブル』本編が。


「楽しみじゃねえか」


 僕は改めてこの世界について考えてみる。


 学園RPG『リバーシブル』。

 最後はラスボスである僕──ヴァルツを倒すことに完結するが、そこまでの道のりにはたくさんのルートが存在する。


 主人公は一人の田舎の少年。


 ただの平民だ。

 だけど、彼は大きな命運を持つ。


 彼の行動一つ一つで未来が変わり、ヒロインや仲間が増えたり、また彼らが敵対することも多々。


「クックック……」


 『リバーシブル』の中身は大きく分けて二つ。


 学園で過ごす『学園パート』。

 学外で活動をする『RPGパート』。


 これらは共に密接な関係があるんだ。




 まずは『学園パート』。


 ここで行うのは、主にヒロインの攻略だ。

 一緒に授業を受けたり、戦ったり、恋愛的に距離を縮めたり。


 そうした様々なイベントをヒロイン達と行うことで、彼女たちは仲間になったり敵対したりする。


 またヒロインだけでなく、友達や教師などの仲間を作ることも可能だ。




 次に『RPGパート』。


 これは主に学外での活動だ。


 この王都で起こる異変や、ダンジョン攻略など、イベントを通して、ゲームの核心に迫っていく。


 ここには学園パートで仲間になったヒロイン、仲間も連れて行くことができる。

 また、学園パートで敵対した者がいれば邪魔をしにきたりと、実にユニークな設定だ。

 

 そして、最終的にこのRPGパートでラスボスとなるヴァルツ。

 彼を倒してイベントを完遂するとゲームクリアとなる。


「……」


 改めて考えるとよくできたゲームだ。


 ヒロインは何人とでも距離を縮めてもいいし、縮めなくてもいい。

 仲間についてもまたしかりだ。


 ヒロインが多ければその分戦力が増え、RPGパートの難易度は下がる。

 だけどその分、人物間でのいざこざが発生しやすくなったりと、関係を保つのが難しくなる。


 ならばと学園パートをすっとばそうとすれば、強制退学や呼び出し、また単純に戦力が足りなくなって難易度が跳ね上がる。


「フッ」


 そこまで考えて、意識を目の前に戻す。


 そんな世界に僕は命を宿しているわけか。

 今更ながら不思議な気分になる。


 それに、


「あの女……」(リーシャ……)


 すでにヒロインの一人、リーシャの行動は変化した。

 いや、変化し過ぎている。

 これで進行に影響がないわけがない。


「……面白い」


 けどまあ、それを含めても非常に楽しみなのはたしかだ。







 馬車が止まり、学園の校門前に降り立つ。


「……ほう」


 僕は思わずそれを見上げた。

 

 おごそかな門に囲まれた、大きく立派な学園。

 横は首をひねるほど広く、奥は全貌ぜんぼうが見えない。


 実際に目にするとすごい建物だ。

 今いる校門から玄関まですら、かなり歩く必要がありそう。


「俺は行く」(ここまでありがとう)

「はい、ヴァルツ様」


 馬車の方に振り返る……ことはできなかったが、そのままメイリィに別れのあいさつをする。


「ではまた後ほど、お迎えに上がります」

「ああ」

 

 ここから入れるのは、受験をする僕のみ。

 目の前の学園に目を向けながら歩き出した。


 そんな中、


「……あ?」

 

 ふと周りからのひそひそ話に耳を傾ける。

 いかにもこちらを見て話をしてきていたからだ。


「あれってそうだよな」

「ああ、間違いねえ」

傲慢ごうまんこうしゃく、ヴァルツ・ブランシュ」

「噂通り……いや、それ以上に怖い顔してるな」


 完全にアウェイだな。


「フッ」


 正直分かりきっていた。

 それでも僕は僕のやるべきことをする。

 僕の目指すヒーローになるために。


 と、そんなところに、


「ヴァルツ様~!」

「……」


 斜め前方から、よーく聞き馴染なじんだ声。

 そちらを振り向くと──やはり。


「ヴァルツ様!」


 声の主は案の定だった。


 リーシャ・スフィア。

 ひょんなことから、一年半ほど前から僕の家で一緒に過ごしていた少女だ。


「今そちらに行きます!」

「ふん」

 

 後ろで留めた明るく長い茶髪は、全力疾走で左右に振られる。

 こうして遠くから見ると本当にスタイルが良い。


 だけど、せっかく身に付けている服装も乱れて、大振りの手のせいで余計に目立っている。

 まあ、それも彼女らしいか。


「ようやくお会いできました!」

「……っ。おい、離せ」

「嫌です!」


 そして、目の前に来たと思ったら突然のダイブ。

 少しひじが入ったが、口にはしない。


「寂しくて毎日泣いていたのですから!」

「知らん」


 リーシャは一週間前、学園の準備をしに一度祖国に帰った。

 たったそれだけなのに、よっぽどさびしかったらしい。

 

「では、早速手続きに行きましょう!」

「フッ」


 けど、こうして引っ張られるのも悪くないな。

 そう思いながら二人で歩いて行く。


 でも、周りの声はやはり気になる。


「やっぱりそうなのか」

「婚約破棄された令嬢に、傲慢な公爵様ねえ」

「最悪の組み合わせだわ」


 僕ではなく、リーシャは悪く言われることが。

 そんな声を横にふとリーシャの方に目を向けた。


「お前は変わらんな」(周りは気にならない?)

「……!」


 だけど、彼女は少し顔を赤らめる。


「私のことを心配してくださるのですか?」

「ふざけるな」(そうだよ)


 この口ぶり。

 彼女も周りの視線に気づいているのだろう。

 

 耐えているのか、本当に気にしていないのか。


「ヴァルツ様は優しいです」

「……」

「私はそれを知っているので、ヴァルツ様の元を離れませんっ!」

「フッ」


 後者の方、か。

 だったらよかった。


 それなら、


「あっ! ヴァルツ様?」

「黙って付いて来い、女」

「……! はいっ!」


 今度は僕の方からリーシャの手を引く。

 彼女がそれでいいなら気にしないでおこう。


 ──しかし、良い雰囲気になったからこそ、試練がすぐに訪れる。


「ですがヴァルツ様!」

「なんだ」

  

 リーシャはぷくっと頬をふくらませた。


「私の名前はリーシャですよ! “女”じゃありません!」

「……」

「無視ですか!?」

「……黙れ」


 実は、これは僕も気になっていた。

 でもなあ……。


「リ……──ッ!」(リーシャ!)

「聞こえませんっ」

「だから黙れ……!」


 出ないんだよねえ、ヴァルツ君の口からは。


 正直薄々感じてた。

 ダリヤさんは『ダリヤ』なのに対して、マギサさんは『魔法女』だし。


「もう、ヴァルツ様のいじわる~」

「チッ。くだらん、さっさと歩け」

「ふふっ。はいっ!」


 僕たちは、二人で広い敷地内を歩いて行った。


 ──そして、出会うことになる。




 学園、玄関前。

 すでに何やら騒がしいことが起きているようだ。


「この女がぶつかってきたんだよ!」

「違う、彼女じゃない! 僕は見ていた!」


 ただよってくる喧騒けんそうな雰囲気。

 そこですでに僕は気づいていた。


「フッ」


 きっとそこにいるんだろう。


 いつも物語の渦中にいる。

 それが──主人公という存在なんだ。


「ヴァルツ様。何やら起きているみたいですね」

「ああ」


 僕はニヤリとしながらリーシャに返す。


「雑魚どもが」


 ラスボスのヴァルツと、物語の主人公。


 僕たちはついに顔を合わせることになる──。

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