第7話 ダークヒーロー

 「ゴミどもが……」(緊張する……) 


 会場に着いて、早速いつものヴァルツの口調が出ていく。

 挨拶を交わす、多くの人々が目に付いたからだ。


「ごきげんよう」

「これはこれは」

「ようこそいらっしゃいました」


 ここはとあるパーティー会場。

 僕が住む『アルザリア王国』をはじめ、周辺数ヶ国の貴族たちが集まるパーティーが行われる場所だ。

 ここには招待されたのは同年代の貴族たちに、関係者のみ。


「チッ」(うぐっ)


 転生前は思い出せないけど、絶対こんな場所に来たことは無い。

 それは、この緊張具合が物語っている。


 そわそわして落ち着かない中、唐突に後ろから感触がした。

 

「あ、すみません!」

「あぁ?」(ん?)

「ひっ! こ、これはヴァルツ・ブランシュ様! た、たた、大変な失礼を!」


 少女がつまづいてぶつかったみたいだ。

 

「……」

「あ、ああ、あの……?」


 少女は頭を下げ、涙目でおびえる。

 僕の悪い噂が他国まで広まっているからだろう。


 だったら、ここは紳士にそっと導くように……。


「さっさと散れ。殺すぞ」(大丈夫ですよ)

「ひいいいいっ!」


 だけど、飛び出した言葉が怖すぎて、少女は去ってしまった。


「……」


 おいー!!

 なに口走ってんだ、この傲慢男はー!!


「クソが」(はあ)


 絶対こうなると思った。

 あの怯え方なら、顔も相当に怖かったんだろう。

 こうなるから、パーティーなんかノリ気じゃなかったんだ。


 また、周りからヒソヒソと声が聞こえてくる。


「あれがヴァルツ様か」

「噂通りね」

「傲慢非道なお坊ちゃまだとか」

「権力があるからって偉そうに」


 今のやり取りを聞いていたんだろう。


 そもそも僕が過度に緊張しているのに、出て行くのはこの傲慢な口調だ。

 さすがにハードモードが過ぎる!

 もう行動する度に悪い予感しかしない!


「チッ」(うぅ)


 もうダメだ。

 端の方でおとなしくしていよう。





 それからしばらく。

 したくもないオラついた態度で周りをにらみつけいると、パっと会場の照明が消えた。


「あ?」(ん?)


 すると、すぐに前のステージのみが明るく照らった。

 どうやらメインステージが始まるようだ。


「皆の者、本日はお集まりいただきありがたく思う」


 若干上から挨拶をするのは、いかにも位を持った男だ。

 年齢は同じぐらい……ていうか見たことあるぞ、あの顔。


 メインキャラではない。

 誰だったっけな。


「ご存じの通り、僕はグラドール公爵家が長男『ニコラ』だ」


 あー、思い出した。

 なんか学園でも出てきたような気がする。

 たしか中盤ぐらいで登場する名前付きのネームドキャラだ。


 国は違えど、僕と同じ位を持つ公爵家か。


「……」


 ていうか、待てよ。

 ニコラってなんで学園に登場したんだっけ。


「本日は重大な発表がある。まずは、来たまえ」

「はい」


 微妙に思い出せない中、ニコラに呼ばれて少女がステージに現れた。


「!」


 明るめの茶色を後ろで留めた髪型。

 スラリとしたスタイルに、よく似合う白ドレス。

 見るからに綺麗な少女だった。

 

「紹介しよう、我が婚約者『リーシャ・スフィア』だ」

「……よろしくお願いします」


 そのまま隣に並んだ彼女は、うつむいたままお辞儀をする。

 あれ、ちょっと待てよ、この展開って……。


「だが、それもたった今まで・・・!」

「……」

「私はこの場で、彼女との婚約を破棄する!」


 その言葉で、ようやく僕は思い出す。


「……!」


 リーシャは作中のメインヒロインの一人だ。

 ゲーム開始前に婚約破棄をされ、立場が悪くなった彼女は学校で冷遇を受ける。

 特に女子陣から。


 そんな彼女を主人公が手を差し伸べることで、リーシャルートが解放されるんだ。

 本編開始前の婚約破棄はここで起きていたのか!


「……」(あいつ!)


 この唐突に行われた宣言。

 途端に、周りの者が口を揃えて言う。


「これはもう、ねえ……」

「残念だけど絶望的だわ」

「こんな場で宣言されちゃね」

「可哀そうだけど救いようがないわ」


 婚約破棄は大きく名誉を失わせる。

 それは相手の方が上の立場であれば、なおさらだ。

 自分には釣り合わないと堂々と宣言されたその不名誉は、一生付きまとってしまう。


 宣言の後、ヘラヘラしたニコラは手を払った。


「分かったらさっさと行け!」

「……はい」

「ククッ」


 その態度を見てさらに思い出す。


 こいつがリーシャとの婚約を破棄をするのは、裏での浮気相手と結婚するため。

 加えて、わざわざこんな場所で宣言した目的は、リーシャをおとしめることだ。


 つまり彼女は、自分がスカっとしたいがために利用された、ただの被害者だ。


「今後あの子との交友は控えましょ」

「そうですね」

「関係を絶つべきだわ」


 周りの者はすぐにそんな話を始める。


「……っ」


 当然気づいたリーシャはその場で動けなくなってしまった。

 行き場所を失ったんだ。


 そうか。

 ニコラ君ははこうなる姿が見たかったんだね。


「……」


 ここで何か行動を起こせば、今後大きく運命は変わる。

 そんなことは分かっていた。


 でも、関係ない。

 震える彼女を見て、僕の体はすでに動いていた。


「──【閃光弾】」


 端の席から光属性魔法を上方に撃つ。


「きゃっ!」

「わあっ!」

「なんだ!?」


 一瞬ピカっと光るだけの簡単な魔法だ。

 少し眩しいが、人体に影響はない。


 けど、その一瞬があれば十分。


「おい」

「……え?」


 【光・身体強化】を足に集約させた高速移動だ。

 光った間にステージに着いた僕は、フラつくリーシャを支えていた。


「顔を上げろ」(大丈夫?)

「え? は、はい……?」


 リーシャは混乱している。

 当たり前だろう、結婚破棄された上、目の前に初対面の男がいるのだから。

 しかし、周りからは声が上がった。


「あれはヴァルツ・ブランシュ様!?」

「どうして前に!?」

「あの子をかばったのか!?」


 小声ではあるが、動揺を見せているみたいだ。

 そんな中、ニコラが一目散に声を上げる。


「ヴァルツ・ブランシュ! なぜ貴様がここに!」

「……」


 僕は口角が自然と上がったのを感じながら返す。


「俺が前に来ちゃ悪いか?」

「当たり前だ! それに、なぜお前がそいつをかばうのかと聞いているんだ!」


 他国とはいえ、さすがは公爵家様だな。

 ヴァルツを前にしても引かないらしい。


「お前が婚約を破棄したんだろう? なら誰がどうしても構わないだろ」

「ええい、勝手な事を! お前たち!」


 すると、ニコラの護衛たち十数人が裏から出てくる。

 全員が武器を持ち、すでに臨戦態勢だ。


「そのバカ者を捕らえろ!」

「「「はっ!」」」


 対して、僕も腰に携えた剣を抜いた。


「フラつくな」(一瞬だけ立ってて)

「え?」


 十数人が一斉に向かってくる。

 だけど、所詮は数だけだ。

 こんなのはダリヤ一人に遠く及ばない。


「──【光の太刀】」

「「「……っ!?」」」


 ほぼ一瞬、光魔法を織り込んだ剣筋に、護衛は全員膝をつく。


「これで終わりか?」

「バ、バカな!? 僕の護衛たちだぞ!?」

「口ほどにもない」

「ぐっ……」


 ニコラは屈辱の目を向けたまま、こちらを指差して大声で叫んだ。


「なぜだ! なぜ僕の邪魔をする!」

「……フッ」


 その言葉には、思わず笑いを浮かべた。


「フッフッフ……ハーハッハッハ!」

「なっ!」


 顔を真っ赤にしたニコラはさらに声を上げる。


「何がおかしい!」

「ったく、バカかてめえ。今に知ったことじゃねえだろ」


 そして、今だけは思う。

 転生したのがヴァルツこの男でよかったと。


「俺は悪い奴・・・なんだよ」

「な、なに……?」


 ニコラに顔を近づけて宣言する。

 ヴァルツという男を最大限に活用して、この場を切り抜ける考えを。


「だから俺は好き勝手をする。こいつももらっていく。ただそんだけだ」


 婚約破棄をされたリーシャが、これ以上大衆の目に晒され続けるのは可哀そうだ。

 ならば、ここは強制的に連れ出してでもさっさと離れるべきだろう。


「ふ、ふざけるな! そんなの──」

「あ?」

「ひっ!」


 それでも楯突こうとするニコラに、剣を向ける。


「文句があるなら直接こい」

「……ッ!」

「ハッ、口ほどにもないな」


 そうして、リーシャをお姫様だっこにして、俺は外を向いた。


「掴まってろ」(掴まってて)

「は、はい!」

「──【閃光弾】」


 そうして再び、カッと光る弾の隙に外へ。

 僕はそのままパーティー会場を去った。


「〜〜〜!!」


 どうしてか、顔が赤くなっているようなリーシャを抱えながら。





───────────────────────

傲慢でありながらも、人を助ける。

まさにダークヒーローのような立ち回り?

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