第8話 リーシャ・スフィア

 会場からリーシャを連れ去り、外へ出る。


「坊ちゃま! こちらです!」

「メイリィか。よくやった」


 中での騒ぎを聞いたのか、すでにメイリィが馬車を表に回していた。

 勘が良いのやら悪いのやら。

 

「乗れ」

「は、はい!」


 そのままお姫様だっこにしていたリーシャを乗せ、俺が乗ったのを確認して馬車が走る。


「坊ちゃま、いかかでしたか」

「くだらんパーティーだった」

「その割には楽しそうな顔をされてますよ」

「……ぬかせ」


 メイリィはたまに察しが良くて困るな。


「して、お隣の方はどうされたのでしょう」

「ただの成り行きだ」

「……そうですか」


 なぜかジト目で俺とリーシャを交互に覗き見るメイリィ。

 一体何が言いたいんだ。


「ったく」

 

 キツく結ばれたネクタイをほどきながら、後ろに寄りかかる。

 それはそうと、彼女は大丈夫かな。

 

「何か言ったらどうだ」(大丈夫?)

「──ました」

「あ?」


 言葉がボソボソっとしか聞こえない。

 それに様子も変だ。

 

「ハッキリとしゃべれ」(うまく話せない?)

「惚れてしまいました!」

「は?」


 だけど、ついに思い切ったのか、リーシャはとんでもないことを口走った。

 僕も思わず動揺してしまう。


「何言ってんだてめえは!」

「ダメですか!?」

「……っ」


 この恍惚こうこつとした表情。

 え、本当に?


「あの場から救って下さった姿、一瞬にして護衛を倒される力、そしてなにより!」

「!」

「ヴァルツ様の傲慢な態度に惚れてしまいました!」

「……!」


 リーシャは赤い顔のまま、ぐっと顔を近づけて来る。


 サラサラの明るい茶髪に、よく似合うドレス。

 とても美しい表情に魅入ってしまう。


「わたしもヴァルツ様色に染めてください!」


 しかもこの子、こんな感じだったっけ。

 リーシャルートにおいて、デレた後半はともかく、前半はあまり人を信じられずに冷たい態度を取られていたはず。


 まさか、人間不信になる前に僕が救ってしまったからなのか……?


「もうあなた様無しでは生きていけませんっ!」

「……っ」


 それに、自分で言うのもだけど、この傲慢男ヴァルツをうろたえさせるだって?

 相当なものだぞ……って。


「!?」


 一瞬、馬車の前側の席からものすごい殺気を感じた。


「あの、坊ちゃま」

「なんだ」

「そのお嬢様と坊ちゃまは一体どのようなご関係で?」


 関係と言われてもなあ。

 本当にただの成り行きでしかない。


「関係など何もな──」

「婚約者です!」

「「は!?」」


 だけど、僕が答え切る前にリーシャが主張した。

 彼女はさらに続ける。


「わたしたちは約束された仲なのです!」

「……そうなのですか? 坊ちゃま」


 さっきから、一体なんなんだ。


「だから違うと言って──」

「そうなのです!」

「おい!!」


 弁明の余地すらもらえない。

 

「なるほど、そうでございましたか」

「どういう意味だ」

「いえ、わたしもこの期が来るとは覚悟しておりました。ですので、その時はこの目でしっかりとお相手を確かめようと思っていたのです」


 なんだか話がおかしな方向に行き始めたぞ。

 メイリィがここまで口を出す理由はなんなんだ……。


 メイリィがじろりとリーシャを覗いた後、言葉にする。


「結論、彼女ではいけませんね」

「あ、あなたに何が分かると言うのですか!?」


 それにはとっさにリーシャが身を乗り出す。


「だってそうでしょう。あなたはヴァルツ様から何か愛情を受け取りましたか?」

「そ、それは今から!」

「現時点でヴァルツ様から選ばれていないあなたは、結婚相手とは認められません」

「うぐぐ……」


 メイリィも意地を張っているように見える。

 何が彼女をここまでさせるんだろう?


 だが、ピーンと何かを思いついたのか、今度はリーシャから攻撃(?)する。


「わかりました。メイドのあなたは、羨ましいのですね」

「なっ!?」

「ヴァルツ様を取られたくない。ずっと近くにいた主を取られるのは悔しいですものね」

「そ、そんなことメイドとしてあるはずが……!」


 だけど、後半でしゅ~と顔を赤くしてしまうメイリィ。

 このままじゃどうにもらちが明かなそうだ。


「おい。そこまでにしておけ」

「「!」」


 僕の言葉には二人とも耳を貸した。

 ならひとまず、事態を収めないと。


「こいつは祖国に返す。そのまま北上しろ」

「かしこまりました」

「えっ!」


 メイリィは頷くけど、リーシャは目をハッと開かせた。

 さらに腕に絡みついて来る。


「嫌です! わたしはヴァルツ様と共に帰ります!

「は? バカなのかお前は」

「なんでですか!」


 そんなのダメに決まっている。

 ニコラのことを含め、せめて両親にはしっかりと経緯を話すべきだ。


「目障りなんだ。さっさと帰れ」(家には帰るべきだよ)

「むー」


 そんな考えがヴァルツの口から出て行くわけもないが、言いたい事は伝わるはず。

 冷静になればやるべきことは分かるだろう。


「では、両親に許可をいただければいいんですか!」

「なぜそうなる」

「では、わたしはどうすればヴァルツ様と一緒になれますか!」

「知らねえよ」


 グイグイ来るリーシャにちょっと身を引いてしまう。

 嫌なわけではないけど、ちょっと困る。


「わたしはただ……ヴァルツ様と一緒に……」

「!」


 だけど、少し言い過ぎたみたいだ。

 つくづく言い方というのはとげになり得るな。


「しょうがねえ、許可をもらえたらな」

「……! いいんですか!」

「……ああ」


 ならばと条件付きで了承しておく。

 でも、彼女には悪いがおそらく許可が下ることはない。

 リーシャパートでも、あの両親には苦労したからな。

 

「わかったら素直に帰りやがれ」

「はい!」


 リーシャは嬉しそうに返事をする。

 なんとか納得してくれたみたいだ。


「……」


 シナリオはすでに変わってしまったけど、学園ではまた顔を会わせることもあるだろう。

 今はその時を楽しみにしておこう。


 と思っていたのに──。







 数日後、朝。


「は?」


 いつも通り修行をしていたところに、大荷物を持った少女が一人。

 馬車に乗って来たみたいだ。


「ヴァルツ様~!」

「な、なんでてめえが……?」


 他でもない、リーシャだ。

 彼女の姿にはさすがの僕も修行の手が止まった。


「なにしてやがんだ、てめえ!」

「約束通りこちらを持ってきました!」

「あぁ?」


 渡されたのは手紙。

 長々と書かれているけど、内容としては『娘をよろしくお願いします』とのこと。


「これでわたし達も親公認でございますね!」

「な、なに……?」


 おいおい、あのお堅い両親だぞ?

 なんで了承が出る?


「……!」


 そこで僕は、ようやく連れ去った日の仮説に確信を得る。


 リーシャ、そして彼女の両親は最初からお堅い人だったわけじゃない。

 あのパーティーでの婚約破棄を経て、人を警戒するようになってしまったんだ。

 けど、今回はそうなる前に僕が救った。


 ということは……やはり今の彼女は、ルート後半に見せるデレデレのリーシャってこと!?


「あらあら~」

「ヴァルツ様~?」

「!?」


 と、そこに寄ってくるニヤニヤ顔の師匠二人。


「そこのお嬢様はヴァルツ様のお相手ですか~?」

「いいですねえ」

「てめえら……」


 こんな時の大人はめんどくさい。

 知れた仲ならなおさらだ。


「違えよ。こいつはただの──」

「婚約者です!」

「てめえ!」


 いつも通り割り込んで来る彼女に、師匠二人の顔はさらにニヤニヤした。


「「あらあら~」」

「だから違えって!」


 すでに師匠たちは、ヴァルツの傲慢口調には慣れてしまっている。

 もうどうすることもできなかった。


「ヴァルツ様、お相手は大切にですよ」

「そうそう」

「~~~ッ! 勝手にしやがれーーー!」


 こうして、メインヒロインの一人、リーシャ・スフィアが家に住み着きました。





───────────────────────

【リーシャのゲーム本編との違いまとめ】


本来のリーシャは公の場で婚約破棄をされ、学園でも冷遇を受けたのが原因で、人間不信気味へ。

それを主人公が気にかけてあげることで、リーシャルートが解放される。

その為、リーシャルート前半は警戒されるが、後半はデレデレに。


しかし、今回は人間不信になる前にヴァルツに救われたため、いきなりデレデレの状態に!


果たして、ヴァルツとリーシャの関係はこれからどうなるのか……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る