第4話 メイドの決意

<三人称視点>


「坊ちゃま……」


 メイドの格好をした少女──『メイリィ』は心配そうにつぶやく。


「そんなもんか! ヴァルツ様!」

「なわけねえだろ!」


 庭で修行をするヴァルツをそーっと覗いていたからだ。


「すごいです……!」


 そんなヴァルツの様子に、感心するメイリィ。

 それもそのはず、彼女はヴァルツが力を磨くことをずっと心待ちにしていた。

 


 ヴァルツが才能の塊であることは、前々から知られている。

 数々の逸話があるからだ。


 八歳の時に初めて剣を持ったヴァルツは、試しにその辺の領民をボコボコにした。

 Cランクとはいえ元冒険者を相手に。


 またある時は、魔力量を計る機関の者が「なんだこの量は……」と驚いた。

 剣だけではなく、魔法の才能もあったのだ。


 だが、ヴァルツは修行をしなかった。

 その才能にあぐらをかき、磨こうとはしなかったのだ。

 

 しかし、メイリィはそれでも良かった。

 一度心に決めた家に仕える者として、坊ちゃまがそれで良いなら。


「ですが!」


 ヴァルツは変わった。

 自ら修行をしたいと爺やに言い出し、毎日ボロボロになるまで修行をしている。

 傲慢な態度は崩さないが、どれだけ負けても必死に。


「素晴らしいです……!」


 その姿が、メイリィにはより輝かしく見えたのだ。 



 そして、メイリィの中には忘れられない光景がもう一つ。

 ヴァルツが師匠をつけるよう、爺やに頼んだ時のことだ。


(ごめんなさい、爺やさん)


 それは、とてもヴァルツとは思えない優しい声。

 両手もしっかりと合わされ、心から謝っていたように見えた。


「あの時はびっくりしました……」


 メイリィは目を真ん丸にして疑った。

 何か「良い人になってしまう弱体魔法デバフ」でも掛けられたのではないかと。


「ですが、違ったんですね」


 思えば、ヴァルツが明確に変わったのはあの日から。

 相変わらず口は悪いものの、あの日は転びそうになった自分を助けてくれた。

 修行にも真摯しんしに向き合っている。


 そんな変わった姿を見て、メイリィは思った。


「坊ちゃまは究極のツンデレだったのですね……!」


 表では虚勢きょせいを張っているが、それはあくまで外側の部分。

 本当の中身は優しいただの少年なのだと。


 圧倒的すぎる才能は人を孤独にする。

 理解してくれる者がいないからだ。


 だから、坊ちゃまは内側と外側で違う人格が生まれてしまったのだと。

 そう考えた。


「それなら私は。私だけは──」


 メイリィは決意する。


「坊ちゃまの良き理解者に!」


 坊ちゃまを一人にはしない。

 違う人格が生まれるほど孤独になってしまった主。

 彼を支えてあげられるのは自分だけだと心に決める。


「私がどこまでも付いていきます!」


 メイリィは母性本能に目覚めていた。

 彼女は今年で十八歳。

 ヴァルツより少し年上であり、背伸びしたい時期なのだ。


「坊ちゃま……!」


 ヴァルツが「やめろ」と言った『坊ちゃま』という呼び方をやめないのもこんな想いからである。


 自分だけは内側にいる本当に優しいヴァルツを理解してあげたい。

 この決意を胸に、今日もメイリィは“坊ちゃま”に仕える。

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