第3話 天は二物を与えた

 「そんなもんか! ヴァルツ様!」


 二人の師匠が来てから、早一週間。

 今日も僕は二人に修行をつけてもらう。


「なわけねえだろ!」


 ダリヤさんがタメ口なのは、僕がそうしてほしかったから。

 貴族だからと遠慮してほしくなかったんだ。


「もっと向かって来い!」

「うっせえ!」


 相変わらず口を飛び出す言葉は悪い。

 でも、ここ一週間は毎日が楽しいんだ。


 なぜか。


「オラよ! お望みの一発だ!」


 ヴァルツの才能もあり、着実に成長を実感できているからだ。

 今の一撃も、もう少しでダリヤさんを捉えられた。


「また鋭くなりやがって、ヴァルツ様!」

「あたりめえだ!」


 しかし、やはり相手は最高峰の剣士ダリヤさん。

 すぐに追い抜くのは、そう簡単なではなかった。


 そうして打ち合っていたところに、家の方から声が聞こえる。


「そろそろ交代の時間よー」

「おっと、もうそんな時間かよ」


 マギスさんの声だ。


 剣と魔法の修行は交代制。

 いつも時間になったらマギスさんが呼びに来る。


 でも、僕はまだ……!


「よそ見すんじゃねえぞ、クソが!」

「させるヴァルツ様が悪い」

「……ッ! ぶっとばす!」


 剣の修行は、型の練習から始まった。

 実戦では自由に斬り合っているように見えて、全ての基礎は型からきているのだという。


 正しい型ができれば、後半はひたすらダリヤさんとの対人戦だ。

 だけど、僕はまだ一本を取ったことがない。


「良い成長ぶりだけどなあ!」

「黙れ!」


 さすがは元トップレベルの剣士だ。

 でも、僕だって悔しくないわけがない。


「ほらよ」

「……ぐっ!」


 そうして、地面に打ち付けられた上から、顔の横に剣を差される。


 ──今日も僕の負けだ。

 そんな僕に、ダリヤさんは声をかける。


「ヴァルツ様の成長速度はハッキリ言って異常だぜ」

「だからどうした」


 その表情は清々しいほどに笑っていた。


「自信を持っていい」

「……チッ」


 ダリヤさんは剣をしまい、マギスさんと場所を代わった。


「あんたは手加減ないわねえ」

「……お前ほどじゃねえよ」

「あら、そうかしら」


 立ち上がろうとする僕を、マギスさんは覗き込んでくる。

 剣で体力を使い果たしたけど、ここから魔法の訓練が始まるんだ。

 正直、修行のキツさに音を上げそうだ。

 

「あら、疲れてそうね。今日はやめるかしら」

「……なわけねえだろ」


 でも、こんなところで負けてられない。

 僕の目指すヒーローになるためには。


「ふふふっ、それでこそヴァルツ様ね」

「あたりめーだ!」


 僕は再び顔を上げた。


 魔法の修行方法は至極簡単。

 『魔力』と言われる、魔法のもとになるものを限界まで出し続けること。

 これだけである。


 魔力は筋肉のようなもので、限界まで使うほど総量・・が上がるらしい。

 総量が上がれば、魔法の持続が増え種類も出せるようになるんだとか。

 

「まずは【身体強化】からね」


 使うのは【身体強化】や【魔力弾】といった『無属性魔法』。


 この世界にはそれぞれ固有の『属性』も存在していたはず。

 それでも、まずは総量を上げることが何より大切だそうだ。

 魔力が切れれば立っているのも辛くなるので、実戦でそうならない為に。


「さ、どんどん行くわよ~」

「……ああ」


 相変わらず出ていく口は悪いけど、思考と言動は一致している。

 

「さっさと指示出せや!」(まだまだいけます!)

「ふふ。その意気よ」


 こうして今日も、気を失いかけるまで魔力を酷使するのであった。







<三人称視点>


 その夜、ブランシュ邸の隣。


「今日はばんしゃくかしら。ダリヤ」


 一人椅子に座っていたダリヤに、後方からマギスが声をかける。


「ああ、そうだな」

「付き合うわよ」


 ならばとマギスも隣に腰かけ、二人は晩酌を始めた。

 それぞれ酒を一口味わった後に、マギスから話しかける。


「どう思うかしら、ヴァルツ様は」

「口が悪すぎるだろ。なんだあのガキ」

「ふふっ。否定はしないわ」


 ここ一週間のことを思い出し、二人はふっと笑みを浮かべる。

 レジェンド冒険者である二人は慣れたことだが、ここまで歪んでいるのは久しぶりに見たらしい。


「……けど、まあ」

「まあ?」

「聞いてた話とは違えな」

「ふっ、そうね」


 だが反対に、ヴァルツを認めている部分もあるようだ。


「どれだけ打ちのめされても向かってくるあの目。嫌いじゃねえ」

「同感よ」


 二人が聞いていたのは悪徳なヴァルツ・ブランシュだ。

 

 努力など一切しないくせいに、上から物を言うだとか。

 貴族の仕事は行わず、全て執事に丸投げだとか。

 その上、気に入らない者はすぐにクビするだとか。


 とにかく自分で動かず、私腹を肥やすばかり。


「そんなこうしゃく家のお坊ちゃま様が、まさかあんなに根性あるとはなあ」

「ええ、まさに」

 

 それがどうだろうか。

 ふたを開けてみれば、どんなに厳しく修行をしても付いて来る。

 それどころか、「まだまだ」と求めてさえくるのだ。


「あんな無茶苦茶な修行、俺が同じ年なら耐えられねえぞ」

「私もそうね。さすがに無理だわ」

「……特にお前の修行について言ってるんだがな」

「あらそう」


 それから同時に一飲み。

 次の酒に手を出したダリヤは、口角を上げながらつぶやいた。


「──二年だな」

「なんの話?」

「あの調子なら、二年で俺なんて抜く」

「……! それほどなの? あんただって、まだ五指には入る剣士だと思うけど」


 ずっと隣にいたからか、マギスもダリヤの実力は誰より認めいている。

 彼の実力を知っているからこそ、驚きを隠せなかったのだ。

 

 剣においては圧倒的才能を持つダリヤですら、このレベルに到達するは何十年とかかった。

 それをわずか二年で超すとは、とても信じ切れなかったのだ。


「つーか、魔法の方はどうなんだよ」

「……まあ異常・・よ。魔力量だけで言えば、すでにそこらの上級魔法職なんて目じゃないわ」

「ハッハッハ! だろ?」

「天は二物を与えず。この言葉を作った人がヴァルツ様を見れば、ひっくり返るでしょうね」


 剣と魔法、それぞれ最高戦力級である二人がここまで言う。

 それほどにヴァルツの才能は飛び抜けていたのだ。


 だからこそ、なおさらあのヴァルツの態度が気になる。

 マギスは不思議そうに口を開いた。

 

「あれだけ根性があって何で態度はああなのかしら」

「まー、そうだな」

「あそこまで一致していないのも不思議なものだけど」


 だがダリヤは、細い目で窓の外を見上げたまま口にする。


「……いや?」

「え?」


 そうして放った言葉に、マギスは思わず聞き返す。

 対して、ダリヤはぐびっと飲みながら答えた。


いずれ一つになる時・・・・・・・・・がくる。俺にははそんな予感がする」

「どういう意味?」

「ハッ、さあな。ただのじじいの戯言ざれごとだ。気にすんな」


 そのままニヤリとしながら酒を飲み続ける。

 だが、その顔は何かを考えているようだ。


(態度と口調、真逆のようで実はそうでもねえ)


「面白えじゃねえの」


 二人の師匠はヴァルツの輝かしい将来を想像しながら、酒を進める。

 明日のヴァルツの成長も楽しみにするように──。

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