第2話 力なくしてヒーローにはなれない

 決意を固め、僕は一旦部屋に戻った。


「何から始めるべきかな」


 まずは、改めて情報を整理してみる。


 僕が転生したヴァルツ・ブランシュ。

 軽く調べたところ、現在の年齢は十三歳。

 

「学園は二年後かあ」


 ゲーム本編が開始されるのは十五歳から。

 それほど時間があるわけではないけど、何か始められることはあるはず。

 

「となれば、鍛えるしかない!」


 正義のヒーローには力が必要だ。

 ただ口走っているだけでは綺麗事に過ぎない。

 物事を解決できる力があって、初めて人はヒーローになれる。


 ……まあ、原作のこいつは才能だけで解決していたけどね。


「よし!」 


 ヴァルツは貴族の中でも最上位である、こうしゃく家の人間だ。

 権力はあると言っていい。


 その上、両親は王都に別居を構えていて、この家は実質僕一人。

 割と自由な環境ではある。


「それなら、まずは『じいや』からだな」





 記憶を頼りに、家の中央部とある部屋を訪ねる。

 ノックにはすぐ返事が返ってきた。


「はい。どなたでしょう」

「俺だ」

「ぼ、坊ちゃま!? ただいまお開けします!」

「ああ」


 扉が開き、顔を見せたのは爺や。

 この家の執事たちを仕切る存在だ。


「坊ちゃま! いかがなさいましたか!」

「ふむ」


 ここに来た理由は一つ。


「最高の師を呼べ。剣と魔法、両方だ」

(剣と魔法の師匠を呼んでもらえませんか!)


 相変わらず口が悪いのは諦めるとしても、意図は伝わったはず。

 その瞬間、爺は驚くように見上げて来た。


「ま、まさか坊ちゃまがご修行とは!」

「悪いのか?」

「いやはや感心いたしました。では僭越せんえつながら、私めが招かせていただきます」

「なるべく早くしろ」


 加えて、気になることがもう一つ。


「それと、その『坊ちゃま』とかいう呼び方をやめさせろ。俺はいつまでもガキじゃない」

「こ、これは失礼を! 厳しく伝えておきます!」

「わかればいい」

「ははっ!」


 用件を伝え終え、少し急ぎ気味・・・・に扉を閉める。

 僕の方がもう限界だったからだ。


「~~~っ!」


 この傲慢ごうまん野郎め!

 爺やさん、めちゃくちゃ良い人じゃないか!

 どうしてこんな態度を取っちゃうんだ!


「……もう」


 呼び方に関しても、別にあんなつもりじゃなかったのに。


 前世には貴族が無かったから、『坊ちゃま』と呼ばれるのがむずがゆかっただけなんだ。

 なんで、いちいちケチをつけるかなあ、ヴァルツこの男は。


「いずれ慣れるのかなあ」


 こんなんじゃ正義のヒーローは程遠い。

 なんだか行動する度に遠ざかってる気がする。

 

「でも!」


 ヒーローはくじけない。

 こんな時だからこそ、前に進まないとな。


 そんな気持ちを持って、まずは扉に向き直った。


「ごめんなさい爺やさん。態度が悪くて」


 一応扉超しに謝っておく。

 今はこれぐらいしかできないけど、いずれ認めてもらえるように。


「よし。また部屋に戻って作戦タイムだ」


 そうして、この場を去った。

 

 だけど、この時の僕は気づかなかった。

 周囲の探知はおろか、異世界での生活は知らないから仕方ない。

 とはいえ、多少は周りに気を遣っておくべきだったと思う。


「はわわわわ……」


 まさか、この姿をメイドさんに見られていたなんて──。







 一週間後。

 約束通り、首都から剣と魔法それぞれの師が家に訪れた。


「ハッ、あなたがヴァルツ様ねえ」


 剣の師匠──『ダリヤ』さん。


 柄が悪そうな、ひげをそり残したおじさんだ。


 それでも、冒険者として最高ランクであるSランクパーティーの元一員。

 現在でもトップレベルの剣士なのだそう。


「失礼でしょう、ダリヤ」


 続いて、魔法の師匠──『マギス』さん。


 綺麗な紫の長い髪に、いかにも魔法使いの帽子を被っている。

 見た目も若々しく、魔法のスペシャリストだ。


 ただ、ダリヤさんと元同じパーティーとなると、年齢は三十……いや、これ以上はよしておこう。


「つってもよ、マギス。あの・・ヴァルツ様だぜ」

「それはそうだけど……」


 二人の視線は痛い。

 僕、というかヴァルツのこれまでの噂を聞いてきたんだろう。


 でも、これぐらいで立ち止まるわけにはいかないんだ。


「……」


 心の中で深呼吸をして、僕は二人に向き直る。


 そして、頭を下げ、下げ……下げられない!

 ええい仕方ない、気持ちだけでも!


「せいぜい上手く教えろや」(ご教授ください!)


 と思ったのに、いきなりガンを飛ばしてしまう。

 人前の態度の悪さは相変わらずだ。


「ほう。噂通りの傲慢さだな」

「だから、その態度は失礼でしょダリヤ」

「お前もイラついてんじゃねえのか?」

「……別に」


 うん、明らかにお二方ともイラついている。

 爺やさんのことだし、おそらく高い金をもらって依頼されているんだ。


 だったら、傲慢なままでも応えるまで!


「さっさと始めるぞ、愚図ぐずども」

(早速やりましょう!)


「「!」」


 僕の言葉にやる気を感じたかのか、目の色を変えた師匠たち。

 二人はニッと笑って口にした。


「コテンパンにしてやりますよ」

「付いてきてみなさい」

「……クックック」


 喜ぶべきか悲しむべきか。

 この時、初めて僕とヴァルツは意気があった。


「面白え」(よろしくお願いします……!)


 こうして、僕──ヴァルツ・ブランシュの修行が始まった。




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本日はもう1話、20時過ぎに更新します!

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