再会

「アリダ、何か欲しいものはある? してほしいことは?」

 レアルコはすっかりアリダの部屋に入り浸るようになっていた。今までの行いを懺悔するように、尽くすその姿は屋敷の人間から見ても異様で、アリダはレアルコの愛人だと思われていた。

 連日の訪問で、アリダの心は解かされていった。リノから受けたダメージも少しずつ癒えていた。

「お墓参りを……したいです」

「誰の?」

 アリダは答えにくそうにした。

「フラストの……」

「……ああ、彼」

 言い辛そうにしていたのも当然だ。領主として、治安を荒らす盗賊団の首領を良く思っているわけがないのだから。

「まだ処遇が決まってないから……檻越しでよければ、会う?」

「え、会うって……生きてるんですか!」

 リノからは、死んだと聞かされていた。アリダを傷つけるための嘘だったらしい。しかしレアルコも冷淡に告げる。

「このままいけば処刑だけど」

「そ、そんな……悪い人じゃないんです! 彼は真っ当な仕事に就きたくて、それで、ワイン造りも手伝ってくれて……」

「あのワインを?……ねえ、あのワイン、どうにかもう一度作れないかなぁ」

 レアルコは苛立つように触手をうねうねと蠢かせていた。

 彼の中に、昔の彼が占める割合が日に日に大きくなってきていた。優しさの魔法はそろそろ効力を失う。それを受け入れられないレアルコが、量飲むことで魔法を維持しようとしていた。

「あのワインは、ピッピの畑で取れた葡萄と、フラストと私とピッピがいれば……」

「ハハハ」

 レアルコは悟った。無理だって。私の慈悲は仮初の物だった。

「アリダ、君の願いを聞けるのも今のうちだよ。フラストに会いに行こうか」


「フラスト!」

 アリダがレアルコと共に牢屋まで来ると、拘束されたフラストが横たわっていた。彼は身を起こしてアリダの名を呼ぶ。髪が短くなっている。

「フラスト、恩赦が出るんだって……良かったね! 死ななくて済むよ!」

「は? 俺に? なんで?」

「アリダが頼んだからさ」

 レアルコは冷たくフラストを見下ろす。この盗賊には手を焼かされた。ようやく捕まえたところで恩赦、などというのは本来ありえない。しかし、最後かもしれないのだ。自分が他人を心から赦せるのは、これが最後。

 牢の扉は開かれ、フラストが疑わしそうに出てくる。あちこち打撲跡があり、よろけていた。

「私を助けようとしてくれたんだって、聞いた……」

「そ、あ、まあ」

 フラストは顔を背けた。

「だってお前、まるで別人だったから……」

「ありがとう」

 アリダは感極まってフラストに抱き着いた。

 フラストは何も言わずに受け入れる。レアルコは「これ以上泥棒するなら処刑しちゃうからね」と釘を刺した。


 アリダが自分を取り戻してきた。

 久々に、彼女の口から「リノに会わなきゃ」という言葉が飛び出した。

 まだ囚われているのか、と呆れたレアルコだったが、どうやらアリダの瞳には光が戻っている。強固な意志でリノに会いたいと言われると、会わせないわけにもいかない。果たしてこれが吉と出るか凶と出るか……レアルコは考えあぐねている。

 同席はさせてもらうよ、と前置きして、二人が再会する場を設けた。

 リノもアリダに強く会いたがっていた。

「俺にはアリダがいないとダメなんだ」

 リノは首を垂れる。それは、サンドバッグとして? とレアルコは思った。

「まだ私を恨んでる?」

 アリダが問う。

「初めからアリダは恨んでない。アリダの家族が憎かった……もう、どうでもいい」

 アリダは長考した。家族がリノにしたことも加味した。これまでされてきたことを思い返すと、少し震えがくる。それでも。

「赦す、私は全てを赦す」

 レアルコはその発言を聞いて、食い入るようにアリダを見た。この少女こそが慈悲の人だ、と。

 リノがアリダをそっと抱きしめる。アリダは少し怯えていた。

「最低なことをしたけれど、俺を受け入れてくれるのか」

「ここまで来たら地獄まで一緒に着いていってあげる」

 愛って難しいんだなぁ……そう思ったレアルコは、自分が二人の愛に全く気持ちを動かされないことに気が付いた。鏡越しに覗く世界のように、どこか自分とは切り離して考えてしまう。自分とは無関係……そうだ、この感覚は。

 冷たい水が背中を流れていくような感覚。キリリと頭が冷えてきて、触手の先が鋭敏に周囲の空気を読み取っていく。

 もう、優しい祈りは届かない。

 レアルコはついさっきまでの自分を忘れた。ああ、あの俯いていたリノがどんな表情をしていたか。誰にもわからないが、レアルコにはわかる気がした。

 可哀想な子達だよ。

 じくり、胸が痛むのは、ただの執着か。


  リノとアリダが和解して、昔のようにリノにじゃれつくアリダの姿が見られるようになってきた。

 ピッピが町で始めた呪い業に、二人が連れ立ってやってきた。大体人を呪えという仕事が多い中、二人に注文されたのは幸せにする呪いだった。

 ピッピは職業柄恨まれることが多いので顔を隠していたが、二人にはピッピが認識できていたし、ピッピも二人を覚えていた。内心驚いていたのはピッピだ。

 これからの二人が幸せにありますように……。おかしな話だ。一度は呪った相手の幸福を祈るなんて。

 アリダもリノも、ピッピの呪いの強さは身をもって知っている。二人は仲睦まじい恋人同士として、レアルコの元で働いている。

「お前、自力で自分守れる力付けろよ」

 フラストはアリダにそう言って旅立っていった。

 レアルコは、あの一時期の性格の反動か、一気に五人の奴隷を買った。

 可愛い子達だよ。とレアルコは笑う。

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むらさき! 日暮マルタ @higurecosmos

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