祈りの魔法

 先日リノの家を強襲した盗賊一味の残党狩りが、レアルコの急務となった。

 小さな窃盗を繰り返していた小悪党達が、なぜ誘拐などという面倒な犯罪に手を出したのか。首領に聞いてもはっきりしなかった。

 こんな小さな仕事にレアルコが出向くのは人手不足のせいだ。ついていけなくなった、という理由で部下が次々やめていく。

 レアルコに人の心はわからない。わかろうとするだけ無駄だ。

 わからないからといって、今まで何か大切なものを数々見逃してきたような気がする。それが歯がゆい。しかしわからないのだ。

 

 尋問でわかった盗賊アジトは、ほとんどもぬけの殻だった。

 フラスト達の帰りを待っている女子供が残されていて、見つけられたその全員を捕まえた。あとは残された盗品などを回収すれば仕事は終わる。

 盗品の中にはレアルコの私物もあった。執着していないので無くなったことにすら気付いていなかった。

 小汚い格好の盗賊団員をどう見せしめに使うか、それがレアルコの今一番の楽しみだ。

 部下達がアジトを荒らしている中、レアルコはフラストの物らしき酒瓶を見つけた。奥まった場所に隠されていて、ちょうどよく冷えている。何のラベルも貼られておらず、ああ、これがリノが言っていたやつか、と合点がいった。

 ワイン通のリノが出来がいいと言っていた物だ。どんな味か、気になる。中身は半分ほど残っていた。大事に飲まれていたものらしい。

 レアルコはワインを呷った。

 途端、彼の頭を誰かが鈍器で殴ったかのような衝撃がある。価値観がぐるぐると回りながら変化していくのだ。そして、レアルコは自分の今までの行いを思い出して、嘔吐した。

 縋るようにもう一度ワインを口にする。食道が焼けるように熱くて、物心ついてから初めての涙をこぼした。なんて、優しい。

 レアルコの中でそれは非常に強い激流となって彼に変化を迫る。

 優しい風の魔法がかかっていた。アリダが無意識にかけた優しい祈りだ。レアルコ自身が欲しくてたまらなかった「優しさ」という感情を体験する。生まれて初めて、ようやく手が届いた。

 どうやらやるべきことがあるらしい。

 だけどリノも可哀想なんだ。アリダ一人と話をしたい。

 

 レアルコに呼び出されたアリダは、小さく縮こまって座っていた。

 リノには別の仕事を与えた。アリダを一人残すことに彼は難色を示したが、レアルコの「必ず無事に帰す」という言葉を信じて離れた。レアルコの口からそんな言葉が出たことをリノは不思議に思ったが。

 久しぶりに会ったアリダは、目に見えて憔悴して何にでも怯えている。

「アリダは、リノの過去を知っている?」

「いえ……」

 そう、と一呼吸おいてからレアルコは語りだす。

「リノには元々弟がいた。年の離れた弟で、かなり可愛がっていたらしい。その弟がさらわれてね、売り飛ばされた先が、君の実家」

「え?」

「買ってきた奴隷をどうしていたのか、君なら知っているだろう?」

「……はい」

 アリダは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

「リノが君の実家に抗議をしたんだ。そしたら、多額の慰謝料をもらった」

 リノはそれを、金でどうにかさせようとされていると感じたらしい。その行動は火に油を注ぐ結果になった。それからずっと、復讐の機会を狙っていたんだよ。レアルコは言う。

「だからね。リノは君を好いてはいないよ」

「そうでしょうね」

「君はどうしたい?」

 レアルコがそう尋ねた途端、扉がノックされ、リノが戻ってくる。急いで用件を片づけたらしい。

 アリダに、レアルコに礼儀知らずな態度をとらなかったかリノが聞いた。

「またね」

 レアルコは唇の動きだけでアリダにそう伝えた。


 ピッピは途方に暮れていた。

 ワイン造りが頓挫してから、彼は荒れた。生活費を稼ぐために細々と占いや呪術を引き受けていたが、心臓の弱い彼にできる仕事は限られていた。もう食料を買うお金がない。また、役所を頼って出かけていった。

 半年ほど前、ここでアリダに声をかけられたんだよな……と、懐かしく思う。あの頃はまだ冬の入り口で、先祖代々受け継いできた葡萄畑が全盛の時期だった……今はもう、畑はなくなってしまった。

 あんな胡散臭い小娘の話を聞くんじゃなかった。そう思って窓口に並んでいると、ぼうっと立ち尽くしているアリダを見つけた。

 アリダはどこを見ているのか、少し離れた地面をずっと見つめていて、あの身軽な格好もせずにどこかのお嬢さんのように佇んでいた。


 なんだか……やつれている。大丈夫か? と言いたくなるような、影を背負った表情だ。自分のかけた呪いのせいだろうか……ピッピは一瞬バツの悪い思いをしたが、でも他にも恨みを買っているしな、と思い、気を取り直した。

 アリダはピッピに気が付いていないようだ。

 窓口で呼ばれる順番になった。

「税金が納められそうになくて……」

 窓口の魔人は目も合わさずに事務的に対処する。そこで、その窓口の人物が一度裏に引っ込んだ。置いてきぼりにされたピッピがそこで待っていると、何人かの所員に奥へ連れていかれ、応接間に通される。黒い部屋、高貴な身分の者の部屋だ。ピッピは委縮した。

 そしてやってきた男は、ピンクと緑の触手を豊かな長髪に絡ませている。柔和な態度だが残酷だ、と噂のレアルコだった。

「アリダに呪いをかけたね?」

 ピッピはびくっと身をはねさせた。

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