フラスト

 フラストは肩で風を切り、町の大通りを歩いていた。横には気の合う盗賊仲間がいる。あんなワイン造りなんて性に合ってなかったのだ、と彼は今の暮らしに満足するようになっていった。

 金を持っていそうな魔人を鷹のような目で探す。なるべく報復に来ない、報復の余裕のないような小金持ちが良い。楽だから。

 それとも、たまにはスリでもしてみようか? 腕はまだ衰えていないはずだ。あの足元のおぼつかない女なんてどうだろうか。みっともねえ、こんな時間から飲んだくれているのか。少し近付くと強い酒の匂いがして呆れた。

 その女がどこに財布を持っているのか、と見ていたらどうやら黒い鞄にありそうだ。スリじゃなくてひったくりだな。そしたら逃げ足に自信のあるフラスト一人で行った方がいい。盗賊仲間には先にアジトに戻っているように言った。

 フラストは狙いを定める。よろよろと挙動が読めない。どうやら歪んだ角が一本生えた男と一緒に買い物に来たらしい。どこかで見覚えがあるような……いや、気のせいだろう。鞄に手をかけ、走り去る。人混みなんて何の障害にもならない。むしろ、追いかけにくいから慣れたフラストにとっては……。

「返して! フラスト!」

 しかし、聞こえた声と自分の名前に目を見開き、振り返る。そこには、髪の伸びたロングドレスの、アリダがいた。初対面の時の様子がデジャヴする。傍には、リノとかいう男。会った回数が少なくて忘れていたが……妖艶に口角を吊り上げている。

「アリダ……?」

 足を止めると、離れていた盗賊仲間がフラストの背を叩き、逃げるぞと合図を出す。

「返して! それ、私のじゃないの! リノのだから、返してほしいんだよ!」

 アリダはヒールのある歩きにくそうな靴でヨタヨタと転んだ。そのまま起き上がらないのを、リノが介抱する。吐き戻していて、急性アルコール中毒なのでは……と心配になった。

「何してるんすか、フラスト!」

 人が集まり出した。フラストは悩んで、鞄を抱き走り出した。


 そんな出来事があり、フラストはアリダの現状を知った。

 情報は次々と集まってきた。リノはアリダを玩具のように溺愛しているとのことだ。

 アリダは、自由をこの上なく愛する風の民出身である。そんなことは、纏っている独特の風ですぐにわかる。常人よりも、束縛は辛いだろう。それなのに。

 ……出会いは、フラストがアリダの首飾りを盗んだ時のことだ。

 その時もアリダは動きにくいドレスで、親兄弟だろうか? 親しげな男性から、とても高価な贈り物をされていた。アリダは嬉しそうなふりをしていたが、それが偽りだとフラストは気付いた。男が見ていない時、ひどくつまらなさそうにしていた。

 俺には一生手が届かないような高級品、タダで貰っておいて何が不満なんだよ。貰い飽きてますってか? そう憤ったフラストが、アリダの手から今贈られたばかりの煌びやかなネックレスを奪い逃走した。

 ……その日の夜、奪ったネックレスの転売先に思いを巡らせていると、アジトの見張り達が騒がしくなった。表に出てみると、バタバタと倒れている仲間達の中心に、赤いドレスの女。いや、赤いのは返り血だった。黒く光っている。色素の薄い髪を風に靡かせ、女は言った。

「ネックレス、返してくれる? あれは贈られたものだから……」

「……返したら、そのまま帰ってくれるのか?」

「うん」

 アリダは、ネックレスを返しても憲兵にアジトの場所を教えたりはしなかった。ただ、それだけの出会い。

 浅緑色の編み上げブーツ、強い魔石のついた家宝。それがあればアリダは敵などいなかった。

 二度目にあった時には、アリダは実家を家出して賞金稼ぎになっていた。

 その頃には出世して名の知れていたフラストの元に、あのひよこ色の髪でショートパンツのいつものアリダが訪れた。そして顔を見て、ネックレスを返してくれた人だから捕まえるのやめる、と宣言したのだ。

 助かった。フラストは、あの靴の所有者に勝てる気がしない。

 そこから、アリダはちょくちょくフラストに声をかけるようになった。友人関係の始まりだ。本当は盗賊業から足を洗いたいという話なんて、できたのはアリダしかいない。

 そのアリダが今、どういうわけか酷い男に囚われている。

 フラストは仲間達を集めて、誘拐計画を立てた。領主レアルコの側近、リノの元から、たった一人の友人を。

 

 その数日後、立たせ続けられて睡眠不足のアリダを抱きしめたリノが、耳に口元を寄せる。

「あの盗賊君、フラストだっけ? 死んじゃったね。君のせいで」

 リノはフラストの尻尾のように結んだ髪の毛とバンダナを見せた。

「は、はは……」

 人は壊れた時には笑うようにできている。

「君がいなければ死ななかったのに」

 リノが愛おし気にアリダの頬を撫でる。アリダは、まだ笑っている。

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