親睦会

 フラストは見た目通りの男だった。ピッピはそう感じた。

 全く何もしないのではなく、適度に手を抜く姿勢が小狡い。

 せっせと葡萄を摘むアリダとピッピ、そして時折煙草を吸いながら葡萄を収穫するフラストの三名は、日が暮れるまで作業を続けた。

 暗くなると、ピッピの気持ちも落ち着いた。

 農園継続の危機にある今、少しでも遊びで手や口を出されたくはない。しかし、彼らはまだ若い。アリダなんかは一所懸命なのが伝わってくる。フラストについても、様子見をしよう、と決めた。

「今日の作業はここまで! 今夜は三人で夕食でもどうかな?」

 ピッピがそう言うと、飛ぶように跳ねてアリダが喜んだ。フラストものそのそとやってくる。醸造所の中に居住区を作ったからそこで集まろう、とアリダが提案した。


「大したものは作れないけど」

 そうピッピが言って用意したのはほかほかのポトフと白いパン。ピッピのよく作る家庭料理だった。

 アリダはそれを見た途端、抜け出てきた実家の食卓を思い出した。あの頃のそれは豪著に品数豊富なのに、火傷を防ぐために全て冷めていた。

 憧れていた、暖かな食卓。今はいつでも手の届くところにある。

 ピッピは母屋で作ったものを醸造所の居住区に運んできてくれた。足が弱いというのに、余計な苦労をかけさせてすまない、とアリダは思った。思っただけで口にはしない。

 パンをポトフに浸して食べている最中、ピッピがずっと聞きたかった質問をした。

「二人はどこで知り合ったの?」

 アリダとフラストは目を合わせる。

 フラストがアリダの首飾りを盗んだのが二人の出会いだが、そこから話すとフラストが盗賊だということもバレてしまうし、アリダは実家にいた頃のことを話すのが大嫌いだ。どうごまかそうか? そういう視線だった。

「なんか……気付いたら?」

 フラストが無理を承知でアリダに続きを投げる。

「そうそう、気付いたら……」

「……幼馴染みたいな?」

 奇しくもピッピが答えを誘導する形になった。

「まあそんな感じ!」

 アリダが夏の花のような笑顔を見せた。誤魔化し半分の笑顔だったが、それを向けられたピッピはわずかに赤面して目をそらした。

 フラストが補足する。

「離れてからどう暮らしてたかは知らないんだけど、昔馴染みではある」

 次のアリダの言葉にその場は時が止まったようになった。

「私はリノの家で厄介になってた」

 どちらからともなく、「……リノ? 誰?」とフラストとピッピの声が重なる。

 アリダは何かおかしい発言があっただろうかと思いながら、言葉を選んだ。

「リノは……融資してくれて……ワインに詳しい」

「僕は詳しくないんだけど、男の人の名前だよね……?」

「俺も初耳なんだけど、男と住んでんの? 彼氏?」

「いや……そんな矢継ぎ早に」

 アリダは笑ってごまかそうとしたが、特にフラストが突っかかってくる。

「お前に手を出すような大人の男は悪人しかいねえよ?」

「今日からは違うから……家出て居場所がない時に拾ってくれただけなんだ、悪い人じゃなかったよ……」

「今日からはどこに住むって?」

「ここに寝床を作ったから今日からはここで……」

 不用心すぎるね。とピッピは言った。アリダはまだ大人から見ると若すぎた。

 俺ここで寝泊まりする予定だったけど、アリダいるならパスだわ。その男と同類になりたくないし。と、フラストは匙を投げた。ピッピはいくらか心配そうにしながらも、呆れているようだ。

「部屋に鍵付けるから、フラスト、大丈夫だよ。配慮が足りなくてごめんね」

「急にしおらしくするなよ、気持ち悪い」

 フラストはひどく不機嫌になってしまった。アリダは何を怒られているのかまだよく理解していない。リノは、いい人だ。と、思っている。

 家が無かったのだ。飛び出したから。

 アリダの説得と鍵の存在によって、フラストも醸造所で寝泊まりすることに決まった。彼は盗賊団のアジトしか寝床がなかった。遠方だ。

 ピッピは先行き不安になりながら、解散し、床に就いた。

 アリダはリノのことを想いながら、一人窓から外を眺めていた。


 アリダは実家が嫌いだ。

 と、言っても、とても複雑な気持ちである。育ててもらった恩は感じているし、たまには家族に会いたい気もする。だけど、それではまたあの鳥籠の中だ。

 ありえない。あんな環境に、風の民はいられない。風の民は、自由な生き物なのだ。両親も風の民であるはずなのに、成り上がった途端に自由の心を失ってしまったようだ。

 アリダが不満を蓄積させていた時、何かの用事で家に訪ねてきたリノが、そっと抜け出さないかと声をかけてきた。行くところがない、と言うと、自宅に来ればいいと。門限なんてないし、誰と何があっても自由な生活がそこから始まった。何か月も家に帰らなくても、いいし。

(嬉しかったなぁ……)

 リノは最初からずっと優しくしてくれた。仕事帰りにはほとんど必ずお土産をくれた。休日はアリダの知らない場所へ連れて行ってくれた。

 リノに感謝の気持ちを伝えたい。しかし、所詮自分は世間知らずのお嬢様。吊り合わない。その頃からアリダは、賞金首を狩って稼ぐようになった。

「恨まれるような仕事はやめなさい」

 リノに強く言われたのはその時が初めてだった。冷たい目で見降ろされたのを忘れられない。

 だから、まともな……ワイン造りという仕事で、今度こそ彼に見直してもらいたい。アリダは目の前に流星群が落ちていく夢を見ながら、眠りについた。

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