まともな仕事

 ワイン造りのためにアリダは奮闘した。各地を駆け回り、手回し式の除梗破砕機も手に入れた。除梗破砕機とは、ワインの茎や種を除いて果実を潰す機械のことだ。これは魔力の少ない者が多く住む、機械の国から取り寄せた。

 その他にも色々な機材を集めた。特にこだわったのは樽だ。アリダのワインの知識はそのままリノの知識でもあるのだが、若い樽……作られたばかりの樽は、ワインに強すぎる樽自身の匂いがついてしまう。樽の香りは悪いものではないが、あまりにも強いとどの葡萄も同じ味わいになってしまう。と、リノから注意され、アリダは既にワイン樽として三度程使用された樽を用意した。これでもまだ樽の香りがするはずだ。

 そして最後に用意したのが、従業員だ。

 

「ひさびさー」

 随分軽い挨拶だった。アリダは軽く手を挙げてその男に近付く。よく見ると前と何か違う。アリダは噴き出して笑った。

「どんだけピアス増やしてんの」

「いやこれ、偶数だと縁起悪いんだよ。前四つだったじゃん? だから今、九つ」

「いやいや足し算ができてない」

 アリダは腹を抱えて笑った。

「元気そうでよかったよ、フラスト」

 フラスト、と呼ばれた男は、粗野な服装で迷彩柄のバンダナが目立ち、金髪を尻尾のように結んでいる男だ。生まれつき頬に薄茶色の痣がある。

 見た目は小悪人のようだがこの男、実は小さな盗賊団の首領である。肩書よりも見た目の方が小物だ。悪人であることには変わりない。

 しかし、変わると約束した悪人である。昔アリダがフラストに首飾りを盗まれた時、真っ当な仕事があればそれをやりたい、盗賊を辞めたいと話したことがある。アリダはそれを信じて、彼を呼び寄せた。そして彼は来た。

「まともな仕事って? 給金はいいの?」

「フラストにはワインを造ってもらいます。報酬は一日……このくらい」

 アリダが指を立てる。フラストは舌打ちした。

「それだけか……」

「まともな仕事は安いんだよ」

 アリダも苦笑する。アリダの前職は、賞金首狙いの冒険者だった。その頃今よりも稼いでいたが、安定はしていなかったし、彼女はあの仕事をまともだったとは思っていない。

「まあ……旧友の頼みだからな。人手がいるんだろ?」

「あ、でもぞろぞろ連れてこられても困る。フラストだけ働きに来てよ」

「ああ、うんまあわかった。ところで俺腹減ってるんだけど」

「何か食べに行こうか? 割り勘で」

「俺財布持ち歩かない主義なの」

「クズめ! その辺の砂でも食べてな!」

 アリダは言いながらカラカラと笑っていた。

 ああ、いいなぁ。楽だなぁ。性別は違えど、同年代で気兼ねのない関係。貴重な人材だ。新しい仕事、新しい環境。慣れ親しんだ友達。素敵な毎日が始まりそう。アリダはそんな風に思っていた。


「ということで、必要なものすべて揃いましたー! やったね!」

 まばらな拍手が新設された醸造所の冷たい壁に消えた。

 その場にはアリダ、ピッピ、フラストの三人がいた。ピッピは、フラストを一目見て、失敗した……と思った。だって、見た目がごろつきのままだったから。

 フラストはいつも通り、ピッピに無骨な挨拶をして、だらしない服装をして立っているだけだ。彼はこれでも、緊張していた。敬虔な信徒のような気持ちで立っていたのだが、見た目からはピッピに威圧感を与えるのみである。

 一人テンションの高いアリダは、なぜ二人がもっと盛り上がってくれないのかと憮然としている。

 アリダは懐からメモ帳を取り出し、えーっと、と声を出して手順を説明した。

「まず、収穫をします。その葡萄を除梗して破砕します。潰した葡萄を樽に入れ、毎日かき混ぜます。ろ過して澱引きをしてボトルに詰めます」

 全てリノから教わった内容だった。男二人は、よくわからない単語は覚える必要がないと、ろくに考えずに頷いている。

「ピッピ、この手順でいい?」

「え、僕? いや……よくわからないんだけど……いいんじゃないかな」

 アリダは自分ばかり張り切っているようで肩を落とした。

「結構立派な機材揃えたね……お金かかったでしょう」

 ピッピの関心は機材に向いていた。ひんやり冷えた醸造所も壁天井床からしっかり石造りで建造されている。この短期間によくできたものだ。

「融資してくれる人がいたからね。その人に勧められて、最初から本格仕様にしてみた」

「そう……」

「それじゃあ、早速今日から始めようか。まずは収穫だけど、これはピッピ主導でお願いできるね?」

「もちろん」

 アリダはホッと胸をなでおろした。何かを仕切るのは、本当は得意じゃない。必要な時にしかやりたくない。

 ピッピは収穫のやり方を簡単に説明してくれた。それから三人で葡萄の収穫に行く。葡萄は今がまさに旬といった様子で、はちきれんばかりに艶めいていた。

 残暑もそろそろ終わりそうな秋の日中。それでも直射日光は頭の天辺を温めてくる。涼しい風が吹くのが一服の清涼剤だった。

 アリダの身長ではほんの少し葡萄の位置が高くて、そっとつま先立ちをして葡萄を収穫した。真面目に作業しているアリダを見たピッピが、つま先立ちに気づき、どうにかしてやりたいがどうしようもないと思った視界の端で、フラストがサボっているのが見えた。

 フラスト……。ピッピの彼への期待値は、もう地の底だった。

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