第22話 出会い②

優たち6人は、その日の夜に町の居酒屋に行った。


「今日会った中学生たち、可愛かったなあ」


ゆーじがビールを自分で手酌しながら言った。


「可愛かったですね。みんな明るくて純朴で、なぁ?優?」


哲哉がそう言って優の肩に腕を回した。


「ああ、うん。可愛かった」


「優さぁ、あの瑠心ちゃんて子のこと、すげぇ気に入ってたよな?あの子、可愛いもんなー」


健太が優に言った。


「………はい」


優が突然、思い詰めたような真面目な顔つきで返事をするので、皆が驚いた。

優は顔を赤らめると、ビール瓶ごとゴクゴクとビールを一気に飲んだ。


「さっきから優の様子がちょっとおかしい」


司が優の顔の前で手をひらひらとさせた。


「優、大丈夫?ほら、少し食べながら飲まないと…」


優しい徹が優の目の前に食べ物を移動させた。


「……バス降りる前に…忘れ物チェックするとか……ゴミ拾うとか……どんだけ良い子なんだよ…マジで」


優が少し酔い気味にぶつぶつと呟いていた。


「あの子さ、瑠心ちゃんて、どこかで見たことあるような気がするような、しないような?」


哲哉が両腕を組んで考え込んだ。


「えっ?それさ、オレも思ってたんだよね」


ゆーじが言った。


「……うーん」


徹が優の顔をじーっと見つめていた。


「あっ!」


突然、徹が何かを思いついたような声を上げた。


「アレ、アレ!優が持ってた写真…」


「写真?」


「前にほら、スキー部の飲み会の時、優のゲイ疑惑が浮上して盛り上がった時、優がムキになって好きな女の人がいるとか言って、写真見せてもらったじゃん?」


「ああ!そうだ!」


哲哉が徹を指差して何度もうなづいた。


「ああ、それだ。オレは優の部屋でその写真を見たんだ」


ゆーじが言った。

「あの写真の女の子に似てるかも!そうだ、そうだ!なあ、優?」


「………そうかな?」


優が突然、スンとした。


「あの写真、見せてみ?似てるから。お前、財布の中に写真を入れてたろ?」


哲哉が無理矢理、優のジーンズの後ろポケットの財布に手を伸ばそうとした。


「無いよ、今持ってない!」


優が哲哉の手を掴んで自分のポケットから遠ざけた。


「えー?なんでよ?もうあの女の人への気持ち冷めたの?」


司が面白がって言った。


「……別に。なんとなく持ち歩いてないだけです」


「あの写真の女の人は優の恋人なのか?」


健太が優の顔を覗き込むように言った。


「いえ、オレが一方的に好きだった人です」


優が髪をかき上げて、またスンとした表情をした。

その優の仕草や少し頬を赤らめた表情が色っぽくて、5人は思わず見惚れた。


「お前が誰かに片思いとかあるの?お前に落とせない女っているの?」


ゆーじが不思議そうに言った。


「いますよ…」


「へぇー……どんな女だよ、いったい?」


5人が同時に言った。

優は黙々と食事を始めた。


「いや、それはそうと、似てるよね?ハッキリとは覚えてないけど」


徹が念押しするように優に尋ねた。


「……そうかなぁ」


優が聞こえるかどうかくらいの小さな声で呟いた。








「るみん?瑠心ーー!」


「あっ……はい!…なんだヒロか…」


月曜日の2時間目の終わり、

ヒロが瑠心のクラスまで社会の教科書を借りに来ていた。


「ぼーっとしちゃって…さては例のスキー王子様、大澤優さんのことでも考えてた?」


「えっ…?あっ……いや。その…」


瑠心はヒロの言葉に激しく動揺した。


「図星かよっ!」


「なに?誰なの?男の子のこと?」


クラスで仲良しの笹谷栞が私とヒロの話に入ってきた。


「瑠心ちゃん、朝からずーっとこんな調子なんだよ。ぼーっとしてさ。授業中に、私のとこまで聞こえるため息なんてついて。ビックリしたよ」


瑠心と同じクラスの美奈子がヒロに言った。


「大澤さん、カッコよかったもんねー!まるでホンモノの王子様みたいだったじゃん?大澤さんも、完全にルミンのこと、気に入ってたと思うな。完全にロックオンしてたしね」


ヒロが面白そうに言った。


「なになに?誰か良い人と出会いでもあったの?」


栞が興味津々で聞いてきた。


「昨日さ、ウチらでスキーに行ったら、札幌のH大学のスキー部の人たちと帰りのバスで仲良くなったんだ」


「えー?何それ?大学生?羨ましいい!でっ?カッコよかったの?」


栞はかなり前のめり気味に言った。


「うん、それが6人ともそれぞれに楽しくてカッコイイ人たちだったんだけど、特にルミンと親しく話していた人がさ、アメリカ人と日本人のハーフ?だか、ハーフのハーフ?だか?よくわかんないけど、とにかくバチくそかっこいいんだよ」


ヒロが楽しそうに栞に話した。


「私はあの、伊勢谷徹くんがステキで優しくて良かったなぁ。あんな優しいお兄さんがいたら良いだろうなぁ」


美奈子はそう言いながぽわぽわと徹のことを思い出しているようだった。


「私はあの田尻さんだっけ?弁護士目指してるって言ってた人。あの人、キリッとしたインテリ風でさ。兄貴にするなら、あーいうタイプかな?」


ヒロが腕組みしながらウンウンと頷いて言った。

栞は、瑠心たち3人の顔を交互にじーっと見つめた。


「アンタ達、随分と楽しい日曜日をお過ごしだったんだね。でっ?連絡先は?交換したの?」


栞がそう言って私たちを交互に人差し指で突ついた。


「C組の穂乃果がね。気に入ってた哲哉くんて人と連絡先交換してたわ」


「やるね、さすがは穂乃果。で、瑠心は?そのハンサムくんと連絡先交換しなかったの?」


栞が私に聞いた。


「いや…ウチほら、親も厳しいしさ。その人誰?とか聞かれてもいちいち面倒っていうか…」


「ふーん、でもそういう場合、サクッと親に話しちゃった方が、これから先、ラクじゃない?もしこれから先も彼に連絡とか取りたいんだったらさ」


確かに、栞の言うことはいつも的を得ている。

もしもこの先、大澤さんと連絡先を交換できるなら、親には話した方が良いかもしれない、と瑠心は思った。


いや、しかし、

先ずは優が連絡先を教えてくれるとは限らない

瑠心の心はときめきと不安と期待でグラグラと揺れ動いた。


「優さんみたいはステキなお兄さんがいたら、きっとステキだよね。沢山のお話ししてさ、スキーを教えて貰ったりしてさ…」


「ぶーっ!ちょっと、お兄さんなら瑠心には慶太くんという素敵なお兄さんがいるじゃん!可哀想なこと言わないでよ」


ヒロは小さな頃からずっと瑠心の兄の慶太のことが好きだった。


「はぁー、せっかく大学生とお近づきになったってのに、アンタ達の話はまるで色気がないのね。『お兄さん』とかなんとかさー」


栞が冷めた風にため息混じりに言った。


「いやでも、本当に向こうはウチらのこと中学生の子ども扱いだしね?」


ヒロが美奈子に言った。


「そう!すっかりお子ちゃま扱いだし、恋愛対象じゃ全然ない感じ。それに私たちにとっても好きになる対象にしては歳上過ぎるっしょ!」


ヒロのその言葉に、私の頭の中が再び悶々とし始めた矢先に、授業開始のベルが鳴った。






瑠心は、木曜日は週の中で唯一、塾や習い事のない日だったので、

夕方のココの散歩はいつもより早めの時間に出かけることにしていた。

ココの散歩コースは、ちょうど優たちが宿泊しているユースホステルの前を通る。


お兄さん達…大澤さんも、あそこにいるのかな?


瑠心は、道から少し奥に入ったユースホステルの方を見ていた。

楽しくスキー三昧しているんだろうか?

そんな事を考えていると、ホステルの方から人が勢いよく飛び出して来た。


「瑠心ちゃん!」


その人物は大きな声で私の名前を呼びながら走ってきた。


「お、大澤さん…?」


優は転げ落ちそうな勢いでホステルからの坂道を降りてきた。

わぁ、ジーンズに黒色のジャケットを羽織っている。

とてもオシャレで、まるで海外のモデルさんのようだった。

それにスキーウェア姿ではない優を見るのは初めてだった。


「今…はぁ、はぁ…窓から外見てたら、ちょっ……ちょうど瑠心ちゃんが見えて……」


優は相当に息切れしていた。


「それで、急いで出てきてくれたんですか?」


「……うん、そう!そう!」


優はそう言って何度も頷いた。


なんだろう

大澤さん、

めちゃくちゃ可愛いんですけど。。。


瑠心は思いもかけずに優に会えたことがとても嬉しかった。


「私も今ちょうど、ホステルの方を見ながら、大澤さん達、どうしてるかな?って思っていました」 


「そうか。あはは、…そうか」


優はまだ少し息が切れていた。


「この子?…えーっと、ココちゃんだっけ?」


優は屈んでココを撫でた。

「はい。シーズー犬のココです。今、2歳です」

「やぁ、ココ!初めまして。君、すごく可愛いなぁ!」


優はとても犬好きのようだった。

ココも優に会えて嬉しいらしく、シッポをビュンビュンと振っていた。 


「一緒に散歩…その…少し歩いてもいい?」


優が瑠心の表情を伺うように言った。


「も、勿論です!」


嬉しい…。すごく嬉しい。

大澤さんと2人で一緒に歩けるなんて、なんだか夢みたいだ。


「大澤さん……」


「優でいいよ、名前で呼んで欲しい。あと、敬語もなし!」


そう言って彼は優しく微笑んだ。


「……えっと…優さん…?」


優は一瞬、目を大きく見開いて、その後、自分の顔を手で覆った。

少し照れてるように見えた。


「……で、えーっと、なに?」


「ゆ、優さんは、日本語と英語と両方話せるの?」


「うん、バイリンガルってやつだね」


「へぇ、すごい!憧れちゃう。私も、英語を話せるようになりたくて。今、英会話教室にも通ってて」


「そうなんだ。頑張って英語を勉強しているんだね」


「うん。高校生になったら、アメリカに留学したいとも思ってるんだけど」


「それは良い。英語をマスターするには、何より若いうちにその環境にいた方がいいからね」


優はとても人の話を上手に聞いてくれる人だった。

そして会話が途切れる事なく、話もとても面白かった。

人柄が優しい。

朗らかで、明るくて、とても楽しい人だ。

大学生だし、こんな人にはきっとステキな恋人がいるんだろうな。

瑠心は、頭の中で、そんなことをずっと考えていた。


「……瑠心ちゃんはさ…」


「はい?」


「えーっと、その…瑠心ちゃんは、学校とかに好きな男の子なんているの?」


「えっ?わ、私はですか?」


「…っていうか、もしかしたら彼氏とかいたりして?」


「い、いません!彼氏とかそういう人は、いないです」


「そうなんだ。へぇ…そうなんだ。瑠心ちゃん、すごく可愛いから、てっきりそういう人とかいるのかな?って思ったんだ」


瑠心は首をぶんぶんと横に振って精一杯の否定をした。


今…可愛いって言ってくれた?


「まぁ、そんなことを質問してるオレもいないんだけどね、彼女。あははは」


そう言って優は笑った。


優さん……彼女いないんだ


瑠心はその時、優に彼女がいないことを心から嬉しく思った。



優とココとの散歩は楽しくて、つい、いつもより長めになってしまった。

散歩コースをぐるっと周って、再びユースホステルの前に戻ってきても、またしばらく長話をしてしまった。


「もう暗くなって来ちゃった。そろそろ帰らなきゃ」


「そうだね。また瑠心ちゃんに会えて、話ができて楽しかったよ」


彼の眼差しは、とても穏やかで、目の奥から光輝いているように見えた。

そして丘の向こうに沈みかけた夕陽が、彼の全身をより一層美しく照らしていた。


「日曜日も楽しみだよ。一緒にたくさん滑ろうな」


「うん、私たちもとても楽しみにしてる」


「それじゃあ、またな。ココ」


優は屈んでココの頭を撫でた。

優はココに「またな」って言ってくれた。

ココがまた、優に会える機会があると良いな

そして私のことも、頭を撫でてくれないかな。


「瑠心ちゃん、じゃあまた、日曜日に」


「うん、日曜日に」


すると優は、瑠心の頭を優しく撫でてた。

優の大きな温かい手

彼に触れられた瞬間、

瑠心の身体全体が、

言いようのない不思議な安堵感に包まれた




瑠心とココは、

優から離れて家の方向へとゆっくりと歩き出した。

少し歩いて、瑠美 瑠心はなんとなくまた後ろを振り向いた。

優がまだそこに立っていた。


「ふたりが見えなくなるまでここで見てるよ!」


優が大きな声で瑠心に言った。


「寒いからもう中に入って」


「いや、見てるよ。見えなくなるまでずっと見てる…」


そう言った優の姿を見て、

瑠心の心が……グラグラと、

音を立てて揺れたような感覚を覚えた。


日曜日に出会って、

また今日、再会した。

今度の日曜日にはまた会えると分かっているのに

あの人に…

数日前に出会ったばかりのあの人に、

今、ほんの数メートル歩いただけなのに、

また直ぐにでも側に駆け寄って行きたいなんて。

このまま離れたくないと思ってしまう。

この気持ちはなんなのだろう?


彼と一緒にいる時に感じる温かな感覚。

離れる時の心を貫くような寂しさ。


瑠心は、そんな心の中の色々な思いを払拭するように

優に大きく手を振った。

優も、大きく手を振った。


瑠心とココと坂道を下った。


ドキドキがおさまらない。

彼の笑顔を思い浮かべると、

ずっと胸の奥が、

きゅーと痛い


私…一体どうしちゃったんだろう。


瑠心にとっての、生涯の恋の始まりだった。

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IRIS ー時空を超えて君に会いにいくー Snowflake @snowflakes1

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