第20話 別れ④
「家族と言うから…アイゼンバーグのおじいさんとおばあさんかと思ったら……」
過去への出発の3週間前に国防総省から呼び出しを受けた。
家族が面会に来ているとの伝言があり、呼び出された4階の会議室へ向かうと、そこには思いもかけず両親がいた。
「ユージン!」
部屋にはアーサー・ウィリアムズもいた。
「ウィリアムズ防衛長官室長!」
両親よりも前に、僕はアーサーに敬礼した。
「ユージン、君も立派なNATOの軍人だな」
「はい。恐れ入ります」
「僕の従姉妹と幼馴染みのたっての望みだ。ここは1日使ってくれて構わない。家族水入らずでゆっくりしてくれたまえ」
「ありがとう、アーサー。心から感謝します」
母がアーサーに言った。
「ありがとう、アーサー」
父とアーサーは握手をし、アーサーは退室した。
「忙しいところ、呼び出してすまなかったね」
父が僕に言った。
「訓練はもう終わって、あとは最終調整です。正直もう僕自身はすることもなく過ごしてました。忙しいのは専らエンジニアとサイエンティスト達ですよ」
「そう……いよいよね」
沈黙が続く。
父と母は今になって何故2人揃ってここに来たのか。
「お父さんも、お母さんも、仕事は良いんですか?」
僕は何故この期に及んでも、こんな言い方しかできないのか。
自分に嫌気がさす。
「先日、レイと話しをして…」
母が遠慮がちに話し始めた。
「レイから貴方の話しを聞いていたら…どうしようもなく、貴方に会いたくなって。貴方の邪魔をしたくはなかったけど、夢中でお父さんに連絡して。気がついたらワシントンに来ていたの」
「…そうでしたか」
今更…何を話したら。
「何も…話さなくて良いから、今日はこうして、せめて今日1日はこうして、私たちといてくれないか?ユージン」
父が僕に言った。
「2人とも……泣いているのですか?」
「子どもと…大事な息子と永遠の別れをするんだ。悲しくないはずがないだろう…」
父が突然、泣き声でそう言うと、母は机に突っ伏して号泣した。
「貴方にどんな風に思われていても、私は…私たちは貴方を愛していた。これだけは、どうか信じてちょうだい」
大泣きする母を父が横から優しく抱きしめていた。
僕の頭の中には、弟のレイの顔が浮かんでいた。
レイのために、今度こそ、両親に歩み寄れるか。
僕は席を立って、両親の近くに行った。
「僕は貴方たちを嫌ってなどいませんよ。でも…どう接して良いのか、ずっとわからなかった。むしろ人の心が読めてしまうから、貴方達の本音を、知ってしまうのが怖かったのだと思います」
レイの顔がずっと頭に浮かんでいた。
不思議と、気持ちが素直になれた。
「僕は物心ついた頃から、おじいさまから学業と運動、他言語の習得、特殊能力のコントロールの仕方を学んできた。それと同時に幼心に、両親が自分の傍にいない事実への答えを模索した。お父さんとお母さんが、僕と離れて生活せざるを得なかったのは、おじいさまの事情を考えると至極当然だということ、おじいさまが僕を育てる事を最優先しなければならない理由があったこと。10歳くらいの頃には、その事をちゃんと理解していました。ただ単に、僕はレイのように素直にはなれないから、貴方達とどう接して良いのかがわからなかっただけなんだ」
「ごめんなさい、ユージン。寂し思いをさせて、本当にごめんなさい」
「お母さん、もう泣かないでください」
父は椅子から立ち上がると、僕を抱きしめた。
「…大きくなったな、ユージン。いつの間にか、父さんよりもこんなに大きくなって…」
父の涙で震える声が、僕の心の凍りついていた部分を、解かしていくようだった。
「あの日、あの宝箱を…パンドラの箱をお前と開けたことを、私はあれからいつも後悔しながらも、あの夏の日は、お前との大切な思い出の日にもなった。宝箱を掘り起こす為に、一生懸命にスコップを握る、お前の手がまだとても小さくて。私は何故…こんなに愛おしい息子の手を、離してしまったのだろうと…」
「お父さん……お母さん、わかっていました。愛されていることは、ちゃんとわかっていた。貴方達が、もう一度、僕とレイと家族を築きなおそうとしたことも知っていた。けれどできなかった。おじいさまと僕の運命を知っていたなら当然だ。そして、僕の為にレイまでも手放した。僕が寂しい思いをしないようにと」
「ユージン……」
母は泣き崩れたまま、息をするのもやっとのようだった。
「それを知っていて僕は…ごめんなさい。貴方達に、ひどい態度を取り続けた。でも、恋しいと、お父さんとお母さんと一緒にいたいと言ってしまったら、僕は……僕の決心が揺らいでしまう。これで良いのだと、僕は自分の運命を受け入れてたんです。おじいさまの望みも期待も全て」
「貴方はそれて良いの?…貴方自身の気持は?」
母が絞り出すような声で言った。
「あの日、あの箱を開けたあの日に、僕は…僕自身の『希望』を見つけました。僕が過去に行くことは、僕自身が望んで決めたことです。世の中の為でも、おじいさまの為でもない、僕の為に、僕は、彼女に会いたい…どうしても会いたい。彼女に会えないままのこの先の人生なんて、僕はもう考えられない」
両親は2人で僕を抱きしめた。
「恋を…して来なさい。ユージン。彼女を精一杯愛して幸せになりなさい。後悔のないように、貴方の人生を全力で生き抜いて…」
「お父さん、お母さん……」
「お前の幸せを、私たちは誰よりも願っているよ」
父と母に抱かれながら、僕は思い出していた。
曽祖父母の家に両親が帰って来ると、彼らは毎晩のように、僕が眠りに落ちた後に、眠っている僕を抱きしめに来るのだ。
そして『愛している』と言ってキスをする。
僕は目を覚まして気がついていても、寝ているフリをした。
「ごめんなさい、お父さん。ごめんなさい、お母さん……ごめんなさい、ごめんなさい」
僕はただ、ひたすら謝ることしかできなかった。
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