第19話 別れ③
「こんな話しをするのも…なんだがね」
出発の日の朝、泣きじゃくるレイをなんとか学校へ登校させたあと、共に朝食を食べながらリクが言葉を発した。
「私が父を…『優』を失った時…」
僕はその言葉にドキッとした。
リクが今、彼の過去として語っているのは、紛れもない自分の未来だ。
「彼は、私の手を取って『また会えるよ』と言ったんだ」
「………」
「それから数十年の時を経って、お前の母親のセーラが、産室でお前を抱く姿を初めて見た時の、私の喜びが…わかるかい?また彼に会えたのだと、私は喜びで震えた。『ユージン』と名付けたおまえが日々美しく成長し、歳を重ねるほど、私が心から敬愛した父の面影を宿していくのを見るたびに、私は言葉にできない程の幸福を感じ、そこに希望を見出した。老いて行く自分が、日々成長して、まさにこれからを生きて行く君に『希望』と言う名のバトンを渡すことは、老いていく寂しさを遥かに上回る幸福を私に与えてくれたんだ。そして思った、彼も……優もまた、私を育てながら、きっと私と同じ気持ちだったのだろうと」
「おじいさま………」
「私たちは、このパラドックスの中で、永遠に共に生き続けるのだよ、ユージン。今日はけして、私たちの永遠の別れではない」
僕はリクを真っ直ぐに見つめた。
「僕を育てのは…おじいさまで…」
「そして私を育てのがユージン、優、お前だよ」
「究極の……パラドックスですね」
「そうだな。そして、お前を育てたのは、私だけではない。メグの深い愛もお前を育てた。私も、優と瑠心の2人の深い愛で育てられた」
その時、僕は改めて、曽祖父と自分の深い絆を感じた。
「僕もまた……貴方に会えますね」
そう言うと、リクはニコッと笑って頷いた。
この不可思議なパラドックスが、リクとの離別の悲しみを癒してくれた。
「そうだ…ユージン、いや、優」
「はい、おじいさま」
「私が7歳の時に、当時飼っていた犬のアリスと夕方になって丘へ探検にでかけて、そのまま迷子になってしまったことがあったんだが」
「そんなことが?慎重なおじいさまからは考えられないな」
「私も無邪気な少年時代があったということさ。しかもアリスが…あの子は本当に面白い犬だった。わたしを冒険に誘ったのは彼女だからね」
リクが懐かしそうな顔をした。
「お前が私たちを見つけた時は、どうか私たちをあまり叱らないでやって欲しい」
リクはそう言って、笑顔でウインクをした。
「……わかりました。善処します」
僕は笑って答えた。
「約束だぞ。何しろあの時の父が生涯で一番怖かった。どれほど私達を心配していたことか。その後は1週間の外出禁止となってしまったよ。わんぱく盛りの少年と、お転婆盛りの犬にとっては、あの1週間は長過ぎた。せいぜい3日くらいにして欲しかったな」
そう言ってリクはいたずら気に笑った。
朝の日の光が東窓から差し込んで、外からはスズメのさえずりと共にヒヨドリの鳴き声が聞こえて来ていた。
時々、家の中には窓から優しい風が吹き抜けた。
風はまだ暑すぎず、心地良かった。
この北海道も、春が過ぎ夏が来ようとしていた。
今のこの時間が、できるだけ長く続くといい。
僕はそんな事を考えながら、曽祖父と向き合って食べる最期の食事の時を惜しんでいた。
僕の迎えの車が到着した。
「無人のオートカーはどうにも好かない。本当に大丈夫なのか?」
リクが車の中を見渡しながら言った。
「僕は人の運転する車の方が余程怖いです」
僕がそう答えるとリクが笑った。
「これからお前が行く世界は、安全装置も満足に整備されていないマニュアル車の世界だよ」
「そうですね。運転は控えます。それこそ事故など起こして、歴史に影響を与えては大変だ」
「そうか?でも瑠心はドライブが好きだぞ?」
「……善処します」
リクは努めて、明るく僕を送り出そうとしていた。
「最期に、ハグしても?」
僕が言うと、彼はゆっくりと僕を抱きしめた。
「……ユージン、幸せになるだよ。君は向こうで、かけがえのない宝物を手に入れる。君の人生は、今度こそ実りある素晴らしいものになるんだ。愛しているよ」
「おじいさま、……これまで…ありがとうございました。僕も愛しています」
「さぁ、行っておいで。また会おう、ユージン」
「行って来ます。おじいさま」
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