第18話 別れ②

「兄さん、帰って来てくれたんだね」


「ただいま。レイ」


夕方、弟のレイが学校から帰ってきた。

僕の姿を見つけてレイは飛び付いて来た。


「兄さん……」


「レイ、お前、良く頑張ったな。おじいさまにずっと付いていてくれたそうじゃないか。おじいさまから聞いたよ」


僕はレイの頭を撫でた。


「おばあさまが、『私にもしものことがあった時には、おじいさまの手をしっかりと握ってあげていてね』って言っていたから…」


レイが涙ぐみながら言った。


「そうか。優しいな、レイは」


「お父さんとお母さん、リチャードおじいさんとクラウディアおばあさんも翌日には帰国したよ。千春おばさんの一家も来たし、アメリカのアイゼンバーグのおじいさんとおばあさん、おじさん達家族も来た。あとウィリアムズ家の人たちも来たよ」


「この家の中に、全員入ったのかい?」


「そうなの。家がパンクしそうだったよ」


「……それはすごいな。お前の記憶からその時のイメージを見せてもらってもいいかい?」


「うん、いいよ!」


レイは僕に、より正確なイメージを見せる為に目を閉じくれた。


「驚いた、ゴードン・ウィリアムズじゃないか…あの人も来たのか」


「あ、あの白髪のハンサムな紳士だね。あの人、酷く泣いていたよ。メグおばあさまに若い頃とてもお世話になったって言ってた。エリザベスおばあさんの弟なんだってね」


母方の祖母、エリザベス・アイゼンバーグは、ウィリアムズ家の娘であった。

ゴードン・ウィリアムズはエリザベスの弟であり、国防総省のアーサー・ウィリアムズの父にあたる人だ。

私が幼い頃から母の実家であるアメリカのアイゼンバーグ家とは交流があったが、ウィリアムズ家直系とは交流の機会は全くなかった。

ゴードン・ウィリアムズが曽祖母の葬儀にわざわざアメリカから来日したと言うことに、正直とても驚いていた。

リクは、特殊能力がより強かった姉のエリザベスによって血を繋ぐことを選んだが、その娘である私の母セーラに特殊能力はそう強くは出なかった。


「ほぼ全員が能力者だから、マインドリーディングで話しができちゃうのが不思議だったよ。だから人があんなに多勢いたのに、割と静かなんだ。

リチャードおじいさんとエズラおじいさん、千春おばさんとお母さんが一番声に出して話しをしていたな」


「4人ともマインドリーディングが不得意だからな。そう言えば、千春おばさんのところの陽奈はどんな様子?」


「陽奈はエンパシーが強く出ているみたい。僕が角に足の小指をぶつけた時、あの子が痛がってたよ」


「あははは、それは酷いな」


「それに動物とも話ができるようだよ」


「リチャードおじいさんから受け継がれた能力か」


僕はレイを抱きしめた。


「レイの記憶力が優れているから、かなり鮮明なイメージが伝わったよ。まるでその場にいるようだった。ありがとう」



「今回の帰省が…もう最期なの?」


レイが僕に小さな声で言った。


「そうだな。出発は2ヶ月後に決定したよ」


「もう…兄さんに会えないだね」


「レイ……」


レイは静かに泣き出した。

彼の泣き声が、僕の心に突き刺さる。


「…おじいさまのこと、頼んだよ。そしてレイ、君は生きたい道を進んで行くんだ。君の人生が実り多きものとなるように、僕は何処にいても、いつもたった1人の弟の君を想っているから」


「兄さん…兄さん…」


「レイが産まれて、この家に来てくれてから、僕の気持ちがどれほど慰められたか。両親とは縁が薄かったけれど、君が僕を慕って愛してくれることが、僕が両親と4人の家族を感じられる唯一の救いだった。レイには心から感謝しているんだよ」


「兄さんは、ずっと僕の憧れだった。これからもそうだよ。大好きだよ、兄さん」


「僕もだよ、レイ」


「兄さんは、僕のイメージの中に、ハッキリと見えていたでしょう?お父さんと、お母さんの姿を」


「……ああ、とてもクリアだったよ」


「兄さんが、僕に会ったらきっと、こんなふうにイメージを読み取ると思ったから、僕は敢えて、たくさん、たくさんお父さんとお母さんを見ていたんだよ。できるだけ笑った顔を、たくさんね」


「レイ……」


「僕は兄さんの気持ちもわかる。けど家族だから、お父さんとお母さんの気持ちもわかるんだ。兄さんだってわかっていたはず。でも敢えて見ないようにしていたんだ。お父さんもお母さんも、兄さんを心から愛している」


「レイは優しいな…」


「本当だよ。事実だよ。お父さんもお母さんも好きで兄さんを手放した訳ではないんだ。でもそれが、おじいさまの……」


「わかってるよ。わかっているんだ。レイ…でも本当にもう良いんだ」


「本当にこのままでいいの?このまま過去に行ってしまうの?」


「………レイ!」


僕は立ち上がって、レイに背を向けた。


「兄さん、僕のイメージの中のお父さんとお母さんは、どんな風だった?」


レイは優しい声で僕に尋ねた。

僕は大きく深呼吸をした。


「……お父さんは、日焼けして色が黒かったな…外で発掘作業ばかりしているんだろう。何だか印象が前より少し柔らかくなった感じだった。………お母さんは、相変わらず、綺麗な人だったよ。僕と同じ、青緑色の瞳で。少し…歳をとったかな…」


レイは何も言わずに、僕の手をそっと握りしめた。

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