第7話 パンドラの箱 ⑦

僕はその日の夜から

3階の西側にある部屋でアーカイブの入力に没頭した。


「瑠心…この後もとても美しい女性に成長したんだな」


僕は彼女のその後の画像やら動画のデータをずっと眺めていた。

僕の気持ちは、それまで経験したことのない感情で満たされていた。

瑠心が亡くなったのは…今から約50年前。

この家で過去に生きていた人。


「この人に…会いたいな」


実現不可能な思いがふと頭に浮かんだ時、自分でも驚いてしまった。


「会える訳がないじゃないか。100年も前の時代を生きた人なのに。何言ってんだ?僕は」


彼女の幼い日々の画像をアーカイブに取り込む作業を続けた。


「君は、実際にはどんな風に笑ったのだろうな…」


幼い日の彼女の日記を読んでみると、

彼女がスキーや水泳が好きだったこと、

手芸が苦手で苦労していたこと、

アメリカの文化に幼い頃から興味を持っていたことなどがわかった

動物が好きで、両親に懇願して犬を飼うことになった経緯も書かれていた。

幼い頃からとても仲が良い4人の友達がいたことも。


「……んっ?なんだろこれ?」


データ入力作業をしていると、長年構築して来たはずのファミリーアーカイブのデータが、

所々に欠落があるのに気がついた。


「誰かがアーカイブメモリーを改ざんしてるのか?」





「おじいさん、ユージンはどこですか?」


家の中に戻って来たケントがリクに尋ねた。


「勉強部屋だよ。出て来た写真やデータでファミリーアーカイブを入力してくれている。アーカイブのプログラムを検索しやすいように組み直すとも言っていたよ」


「賢い子ですからね。あの幼さで大したものだ」


「そうだな。あの子は優秀だよ」


「ところで、おじいさん。あのジュラルミンケースは、一体いつの誰のものですか?」


ケントがリクに尋ねた。


「100年以上前のタイムカプセルだったよ。藤原瑠心のものが入っていた」


「あれは瑠心の写真でしたか。そうだ、あのジュラルミンケースですが、一度誰かが掘り起こして開けた形跡がありましたけど…」


ケントはリクの顔をじっと見つめた。

リクはケントを見返してニッコリと微笑んだ。


「不届き者がいたものだな」


リクがそう言うと、ケントは深くため息をついた。


「おじいさんは本当に食えない人だ」


そう言われてリクは、

ゆっくりと新しい葉巻に長めのマッチで火をつけてニッコリと笑った。


「今時、葉巻やマッチなんてどこで買えるのです?」


「中南米産のものだよ。流通するところには流通するんだ。葉巻を吸うのにはな、この長マッチの火だ。こうしてゆっくりと先端の葉に火をつける。ガスライターだと葉が持つ香ばしい風味が落ちてしまう気がしてね」


「まったく…おばあさんにまた叱られますよ。家のファブリックに葉巻の匂いが染みつくって」


「あははは。親子して同じことを言うな」


リクは美味しそうに葉巻を口に含んでじっくりと燻していた。


「それに身体にだって良くないでしょう?おじいさんも、そろそろきちんと身体を労らないと」


「葉巻は口腔喫煙だ。舌で煙を味うものだから肺には入れていないよ。心配してくれるとはありがたいな」


「当たり前ですよ。僕だってほぼあなたに養育されたのですから。貴方のこともおばあさんのことも、親のように思っています」


「しかし私は、お前たちからユージンを引き離した。恨まれていても仕方がないと思っているよ」


「あの子を立派に育ててくださっていること、感謝こそすれ恨んでなどいませんよ」


「それなら良かった…」


「ただ一つ言うとしたら、気の毒なのはセーラです。彼女はユージンを心から愛している。私もそうだが、彼女は母親です。いつか、本当のことを打ち明けさせたいと思っています」


「その時が来たら、必ずな」


「…さて、私はシャワーを浴びて来ます。すっかり汗だくになってしまいました」


「そうしなさい。後でユージンにもシャワーを浴びるように言わなくてはな」


浴室に向かう途中で、ケントがピタッと立ち止まって振り返った。


「おじいさん、あの子は…ユージンは…、パンドラの箱を開けたのですね?」


リクは何も言わずに微笑んだまま葉巻をふかしていた。


「……本当に食えない人だ」


ケントは小さな声で呟いた。

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