第6話 パンドラの箱 ⑥

「えっ?この子が?この人がおじいさまを育てたのですか?」


「そうだよ。勿論、彼女がすっかり歳を取ってからだがね。

私は幼い頃、両親とはあまり関係が良くなくてね。当時ヨーロッパを中心にバレエダンサーとして活動していた両親は、バレエの公演などで幼い私を家に置いて家政婦さんに世話を任せきりで長く家を空けることが多かった」


「まるで僕みたいだ…。僕にはおじいさまとおばあさまがいてくれますが…」


「確かに、私たちは境遇が似ているな。

その時の私には心の拠り所となるような身内も家族も近くになかった。

そのうち精神状態がどんどん悪化して情緒不安になっていった。父も母もそんな私を手余しして、日本に暮らす母の両親、この慶太夫婦の元に預けることにした。

しかし、私は口数が少ない上に英語しか話せない。ポーランド系イギリス人の父が英語しか話せないから、家での会話は全て英語だった。私の母親という人は、自分のバックグラウンドである日本文化や日本語を教えてくれるような人ではなかったからね。

日本に来た頃の私は日本語が全く話せないし理解できない状態だった。

親に捨てられたと思ったショックから、日本に来てからはそれまでの精神不安が更に悪化してしまった。言葉が通じないためか祖父母にもなかなか心を開かなかった」


「可哀想なおじいさま。それはおじいさまが何歳の頃のことですか?」


「5歳になったばかりの頃だよ」


「そんなに小さな頃に…」


「そこで私の状態を見かねた瑠心が、私を引き取ることを申し出てくれた。

彼女は学生の頃にアメリカに留学した経験もあって、当時の日本人では珍しく英語が堪能であった。私にとって、初めて深く関わってくれた家族となった。

彼女は私を大切に育ててくれてね。

熱心に教育をして、日本語や日本の文化も教えてくれた。

彼女に愛されて大切にされるうち、私の情緒不安も瞬く間に回復した。

最高の教育と深い愛情で、私が大学進学で渡米するまで、しっかりと育て上げてくれた。」


「そうだったのですか…彼女は優しい人でしたか?」


「ああ、優しくて愛情深い人だったな。動物や自然をこよなく愛する人でね。そして何よりとても美しい人だった。笑った時の笑顔がとても素敵でね。

彼女は「共感力」が強かった。

人の美点を見抜き、他者の弱さを認め、周囲の人たちを明るく励ますことのできる人だった。

私はね、彼女のことを母のように、いや、それ以上に敬い愛しているんだよ。」


リクは、写真の中のルミを愛おしそうに見つめて、写真の上からそっと手で触れていた。

写真を撫でるリクの手は大きく、そして年月を思わせるシワが刻まれていた。

彼は今、自分の幼かった頃のことを思い出しているのだろう。

彼の意識に集中すると、優しそうに微笑む女性のビジョンが見えた。


僕は他の瑠心の映っている写真を探した。 


「この家族は全員が日本人ですか?」


「うん……そうだな」


僕の偉大な曽祖父を「母」となって育てた女性。


「彼女に興味を持ったかい?」


曽祖父が僕に言った。


「は、はい。…えっとその…この人が先祖にいたことを知らなかったし…この写真も100年以上前のものでしょ?…い、色々、興味が湧きます」


「瑠心はお前の好みのタイプだろ?」


曽祖父にそう言われて、僕は自身の顔が真っ赤に赤面していることがわかった。


「……ぼ、僕の気持ちを読みましたか?ルール違反ですよ」


「そうだな。すまん、すまん。でも、おあいこだろ?お前もさっき、私の頭の中を覗いていたじゃないか」


リクは笑って僕の頭をポンポンと撫でた。

彼はとても嬉しそうな顔をしていた。


「ぼ、僕…ファミリーアーカイブにこの写真や日記のデータを入力していいですか?」


「ああ、そうしてくれるかい?お前がやってくれると素晴らしいデータが構築されるだろう」

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