第1話 ファム・ファタール

「はぁ……」

 すっかりと冷え込んだ夜空を見上げる。

 昼間に空を照らしていた太陽は舞台裏へと消え、今では満月が空の主役となっている。

 はぁ、と息を吐けば息は白く染まり、その一連の動作がどうにも肌寒さを助長させる。

「明日はクリスマスか……」

 クリスマス・イブだというのに、黒いジーパンの上から市販の紺色のコートを上から羽織った短髪の少年……月宮つきみや しゅうは、つまらなさそうに愚痴を零した。

 高校二年生のクリスマスともなれば、部活やクラスの仲間とクリスマス会としゃれ込むのであろうが、あいにくと彼にその予定はなかった。

「さむっ……」

 ひゅうと吹いた冷気に言葉を零し、自身の用事を終わらせるために駆け足気味に歩き出す。

 柊が進むごとに夜道を照らす街灯は数を減らしてゆき、最後に残った明かりは夜空を照らす満月だけとなった。

「うぅ……やっぱり昼間に行くべきだったな……」

 腕をこすり、摩擦で少しでも体温を維持しながら彼が訪れたのは……ひとつの寂れた墓地だった。

 時刻は十二時を少し過ぎる少し前。こんな時間帯に墓場をうろつく高校生など、肝試しが目的の傍迷惑な不良生徒か……もしくは、墓参りの用事があるにも関わらず、冬休みによって昼夜逆転生活を送っている愚か者の三択だろう。

 もちろん、彼の場合は後者である。

すいに言われた通り、来年までに昼夜逆転生活は矯正しないとなぁ……というか明日は補習だし、今日は徹夜かな」

 無論、17歳にもなって幽霊を信じているタイプの人間ではない柊だったが、夜の墓場の不気味さに気圧されたのだろう。周囲には誰もいないにも関わらず、思ったことをそのまま口に出す事で自分の中に浮かぶ漠然とした不安を払い除ける。

 幽霊などいない。怪物などいない。超常など起こりえない。

 それでもこの夜の墓場に恐怖を感じるのは、闇が人の恐怖の根源の一つだからだろう。人類は、その恐怖を克服するために世界中を光で満たしたといっても過言ではない。

 その光が一切届かないこの場所に、恐怖を抱かない人間の方がおかしいと言える。

「さっさと終わらせよう」

 柄杓等の墓参りに必要な道具が置かれた倉庫から必要な物だけを拝借し、目的地へと向かうう。

『月宮家之墓』

 そう書かれた墓の前に立つと、柊は短く言葉を零した。

 それは、14年前に亡くなった柊の母親の墓だった。

「俺はぼちぼち進学予定かな。都内の大学にでも上京するよ。すいの方も、バイトがうまくいってるのか、大学を出た後はバイト先に就職するって息巻いてたよ」

 手を合わせながら、柊はポツポツと近況を報告する。

「バイト、いまだに何やってるのか教えてくんないけど」

 最後にボソリと、姉に対する愚痴を零しながら、柊は立ち上がった。

「そんじゃ、また今度」

 それだけ告げると、柊はそのまま立ち上がり、墓場から離れた。

「あ~、さむいさむいっと」

 小さく愚痴を零しながら、ポケットに入れていたワイヤレスイヤホンを両耳に装着し、歩いて帰路に就く。

 高校2年生の冬。来年の受験期を控えた少年。成績はあえて記述を避けるが、とりわけ目立った容姿も要素もない。

 どこにでもいる平凡な少年。

 それが月宮柊という男であった。

「~♪」

 流行りの音楽をイヤホンから耳に流し込みながら、柊は夜道を歩く。

 目線も、音楽を流している手元のスマホに固定されており、周囲にも人はいない。

「やっほ」

 ふと、両耳をふさいでいるのにも関わらずその声が不自然に頭に聞こえた気がし、柊は無意識に足を止めた。

「え」

 歩みを止め、視線を手元のスマホから前へと向ける。

 そこにいたのは、一人の少女だった。

 全身を白くモコモコとしたローブのようなもので包み、白い帽子を被った一見不審者のような少女。背丈は柊の胸ほどの中学生であり……白い帽子の隙間から、雪以上の美しさを見せる白い髪が見えた。

 一見、それだけではその人物の性別が少女であることは分からないだろう。柊が目の前の人物を女性と判断したのは、その声だった。

 その姿を見た途端、柊の感じる音が、寒さが、その全てが消えた。

(な、なんだこの子……)

 世界に柊とその少女だけが取り残されたかのような錯覚に、柊は不思議な感覚を味わっていた。

 不思議と、ドクンと自身の鼓動が脈打つのを感じる。

「良い夜だね」

そんな言葉を、少女がこぼした。

「え、いや……アンタ、誰?」

 突然の発言に言そんな言葉が口から出る柊。

「明日のクリスマス、私を迎えに来てね」

「は?」

 少女がそう呟いやいた次の瞬間、柊を中心に強い吹雪が吹いた。

 突然の吹雪に驚き、柊は無意識に目を閉じるが……

「あ、あれ……?」

 数秒の吹雪が収まり、目を開けた次の瞬間。

 少女は柊の視界から姿を消していた。

 まるで豆鉄砲でも食らったかのように、柊はその場に立ち尽くしていた。

「なんだったんだ今の……」

 まるで幻でも見ていたかのようなフワフワとした感覚。

 だが、心臓の鼓動はうるさい程にドクン、ドクンと強く脈打っていた。

「なんだよこれ……」

 外は寒いのに、心と顔が熱い。まるで熱病にうなされてるかのようにさえ感じる。

 少女の全てが頭の中から離れない。

 この心の正体を、彼は知らない。

「これってもしかして……」

 ふと、脳裏に『恋』という未経験の感情体験を思い浮かべる柊だったが……

「はっ、何考えてんだか、あほくせ」

 きっと何かの気の迷いだ。そうやって自分を言いくるめ、柊は再び帰路に就くのであった。








 人の気配のない雪の降り積もった路地裏で、柊の前に現れた少女は笑っていた。

「会えて良かったぁ」

 はぁ、はぁと興奮したかのように息を吐きながら、少女は頬を赤らめる。

「あぁ……大好き……」

 まるで運命の王子様にでも再会したかのように、少女は笑い……心臓の動機を抑えるかのように、胸を掴んだ。

「ふふっ、明日が楽しみになってきたなぁ……」

 恋人を待つかのように、少女は苦しく恋焦がれるような声を零す。

 ふと、強い風が吹き、少女の帽子が飛ばされそうになる。

「わっ」

 慌てて風で飛ばされた帽子を掴もうとするが、ギリギリのところで間に合わずに少女の顔が全体的に露わになってしまう。

「もう、今日は風が強いなぁ……」

 少し不満げな表情を浮かべた少女の顔が露わになる。

 絵にかいたような、限りなく白に近い白髪。

 悪魔のように尖った耳。

 宝石のように美しい紫色の瞳。

 まるでシルクのようにすべすべとしたキメ細やかな肌。

 そして、口もとにまるで化粧品のようにべっちゃりと付いた

「あぁ、また会いたい……」

 三日月のような笑みを浮かべて、少女は無邪気に、そして邪悪に笑うのであった。

 クリスマス・イブその日の、彼が出会ったのは――――人の形をした怪物だった。


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吸血鬼ライフはむずかしい!~入れ替わり吸血鬼と錬金術~ 熱菜 蒼介 @Zoemaru

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