27.虚像の終わり

side.ラン


義姉さんが家を出て行った日から黒い蛇に体を締め殺される夢を何度も見る。その度に夜遅く、従者を呼んで体を拭いてもらった。

従者はとても愛想の良い人で次第に仲良くなり、僕の話し相手になってくれた。義姉を失った寂しさを彼が埋めてくれるようになり、僕の心も少しずつではあるけど前を向けるようになった。

いつまでもいない義姉のことばかり考えても仕方がない。もし、義姉に何かあれば、きっと助けを求めて帰って来る。父さんだって、そんな義姉を見捨てたりはしない。その時に僕が義姉の助けになってあげれば良いんだ。そのためにも今できることをすべきだろう。

義姉さんから連絡がないのはきっとどこかで無事に過ごせている証。僕はそう思うことになった。義姉さんに非があった故の罰だとしても義姉さんが大変な目にあっていることに変わりはない。そんな義姉さんが僕のことを心配するなんて事態になってはダメだ。そんなの情けなさすぎて義姉さんに合わせる顔がないよ。

だから僕は義姉さんの分もここで頑張るし、幸せにならなければいけない。

いつかきっと来る義姉さんとの再会を果たすためにも。

「ラン様、どうかされましたか?」

「ああ、ごめんね。話しの続きだったね。それでね、アランがね」

「ラン様はいつもアラン様の話しばかりされる」

「えっ?」

「ラン様、俺」

友達のアルギスやゲルマンと同じ目をした従者の顔が近づいて来た。僕の肩に手を置いた従者はそのままぐっと力を込める。僕の体はその力に従ってソファーの上に倒れた。

「どうしたの?」

「ラン様」

「ラン」

「あっ、アラン」

今日は何の連絡もなかったのにアランがなぜか僕の部屋の前にいた。何だか、とても怒っているみたい。どうしたんだろう。体調でも悪いのかな。

「まさか、事実だったとはな」

「アラン?」

「ラン、俺はお前を信じていた。誰よりも愛しているからだ。だが、お前はどうだ?」

「僕?」

アランが何を言いたいのか、何に怒っているのかまるで分からない。

「まさか、俺以外の男にも手を出していたとは」

「アラン、さっきから何を言っているの?」

「この後に及んでまだ誤魔化せると思っているのか?お前のそのとぼけたような顔、少し前なら可愛らしいと思っていたが今は苛立ちしかない」

「アラン?」

どうして、そんな目で僕を見るの?

義姉さんに向けていた目、一度だって僕に向けることはなかったのに。どうして?

「おい、お前」

僕を通り越してアランは従者に声をかけた。まるで僕なんてもう不要だと言っているみたいに。

「いつまでそういているつもりだ?まさか俺の目の前でするつもりじゃないだろうな?」

彼がどうしたって言うんだろう?

「失せろ。この場からじゃない、この屋敷からだ。言っている意味、分かるよな」

「アランっ!どうしてそんなことを言うの?彼は僕の従者なんだよ。いくら君でもそんな横暴は許さない」

「許さない?」

アランは「はっ」と鼻で笑う。

「それはこっちのセリフだ。この淫乱野郎。血筋の悪さがこうも顕著に出るとはな。男なら誰のものも咥えるクソ野郎。おい、聞こえなかったのか、そこの使用人。さっさと失せろと言ったはずだ。これで二回目だ。俺は三回目を許すつもりはないぞ」

「は、はいぃぃ」

従者は逃げるように部屋から出ていった。せっかく仲良くなれたのに。アランの独占欲がここまで強いとは思わなかった。いくら僕に近づく人が気に入らないからって、近づく人間全てを排除されたらたまったもんじゃない。

ここは強く言っておかないと。

「アラン、僕の友人に酷いことを言わないで」

「友人、ね。お前には一体何人の友人がいるんだ?」

「何だよ、急に。さっきから変だよ。僕の友人は君が全て把握しているだろう。共通の友人しかいないんだから」

「ああ、アイツらか。・・・・・そういうことか」

「アラン?」

「ラン、二度と俺の名前を呼ぶな」

「えっ。ど、うしたの?急に。本当、おかしいよ。アラン?」

「聞こえなかったか。名前を呼ぶなって言っただろう。俺とお前はもう関係ない。赤の他人だ。恋人でも友人でもない」

どうし?訳が分からない。何か気に障るようなことを言ったのだろうか?でも、だとしてもそんな一方的に言うべきことじゃない。話しあって、理解し合って、和解すべきじゃないの?

「俺は、お前を他の奴らと共有するつもりはない。お前の、その他大勢の男の一人になるつもりもない」

そこで初めて僕はアランが何かを誤解していることに気づいた。

「アラン、何を誤解しているのか知らないけど。僕はアラン一筋だよ」

「名前を呼ぶな。これで二回目だ。お前の嘘に付き合うつもりはない。男漁りなら店でやれ。必要ならおあつらえ向きの場所を用意してやる。その代わり、二度と俺の前に姿を現すな。お前のような男娼と一時でも関係を築いたことを考えるだけで吐き気がする」

僕に侮蔑の眼差しを向けてアランは出ていった。何度も読んだ。何度お願いした。僕の話を聞いてって。戻って来てって。でもアランは行ってしまった。一度も振り返ることなく。

どうして?僕のことを愛しているって言ってくれたのに。あれは嘘だったの?本当に愛しているのなら僕のことを信じるよね。信じてくれないってことは愛してくれていなかったってこと?

それとも僕はもう用済みなの?

「酷い、酷いよ。アラン」

涙が止めどなく流れていく。でも、止めてくれるものはいない。もう、いないのだ。

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