25.誘惑

side .ラン


「・・・・義姉さん」

可哀想な義姉さん。

義姉さんに問題があったとはいえ、まさか家から追い出されることになるなんて夢にも思わなかった。

「ラン、もう気がするな」

「・・・・うん」

義姉を失い、悲しみにくれる僕をアランは抱きしめて、慰めてくれる。

アランが側にいてくれるのは嬉しい。でも、義姉さんを失った悲しみがそれで晴れることはない。

義姉さんは道を誤った。でも、義姉さんが全て悪いわけではない。義姉さんの育った環境を考えれば性格や心が歪んでしまうのも仕方のないことだ。それだけ義姉さんは実の母親からの影響が大きい。そんな義姉さんの心に僕がもっと寄り添えていたら、義姉さんの傷を癒せていたら、きっと義姉さんはこんなことにはならなかった。

もっと違う、義姉さんが幸せになれる未来だってあったかもしれないのに。

そう思うと止まりそうになっていた涙が再び溢れ出した。そんな僕をアランは優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。

「もう、二度と会うことはないかもしれないから確かめようがないけど、でも、叶うならばどこかで幸せになっていてくれたらと思うよ」

「お前は本当に優しいな。俺はお前を苦しめたあいつが許せない」

「僕にも非があったんだよ、アラン」

「何を馬鹿なことを。お前に非なんてあるわけないだろ」

断言するアランに僕は首を振る。

「いいや、あったんだ。義姉さんを救えなかった。間違っている道に進んでいるのなら気づいて、止めてあげなければいけなかった。僕は、僕たちは家族なんだから。それができなかった」

「ラン」

「アラン、お願いがあるんだ。義姉さんを探して欲しい。義姉さんには幸せになって欲しいんだ」

僕を傷つける義姉さんが許せないアランはお願いを渋った。でも僕が再度お願いをしたら承諾をしてくれた。

「その代わり、あいつに反省の色が見えなかったり、再度お前に害を成そうとすればその時は容赦しない。それが条件だ」

「分かった」

大丈夫。今度は失敗しない。義姉さんをちゃんとした道に導いてあげる。母さんも言っていた。義姉さんは可哀想な人だから優しくしてあげなさいって。僕は恵まれているから、そうしないとダメだって。



はっ。幸せにするだと?

ふざけてやがる。

フィオナを幸せにできるのは俺だけだ。

やっと手に入れたのに、やっと俺のところに堕ちてきてくれたのに。今更奪われてたまるか。



僕は気づかなかった。

僕たちの会話を屋敷の中で聞いていた黒い蛇がドス黒い感情と怨さを振り撒きながら見ていたことに。


◇◇◇


「うっ」

その日の夜はとても寝苦しかった。まるで全身を何かに締め付けられているかのように。

「ぐっ」

ミシリ、ミシリと骨が軋むほど締め付けられ痛くてたまらないのに悲鳴を上げることすらできなかった。

肺が圧迫して、空気が上手く吸えない。

それがどれくらい続いただろうか?体感的に一時間以上は続いていた。ハッと目を覚ますと全身汗まみれで気持ちが悪かった。すぐに侍従を呼んで清拭を頼んだ。

「ラン様、大丈夫ですか?顔色がとても悪いですよ」

「夢見が悪くて」

「どんな夢を見たんですか?」

汗で濡れた服を脱いで体を侍従に拭いてもらう。とても気持ちが良い。

「黒い、大きな蛇に体を締め付けられる夢を。おかしな夢でしょう」

「というか、不吉ですね。黒い蛇は邪神の化身と言われていますし」

「そうなの?初めて知った」

背中を拭いてくれる侍従に振り向くと彼はなぜか耳まで真っ赤にして僕から目を逸らしていた。どうしたんだろう?

「そうなんですか?教会に行けば、必ず聞く説法の中に入っていますよ。子供らなんかには物語風にして読み聞かせます。だからよく『悪い子供は黒蛇やって来て、食べられぞ』って脅すんです」

「へぇ。そうなんだ」

母さんは無宗教だし、子爵家も信仰心が薄いから教会に行ったりはしない。だからそういう話しは初めて聞いた。

「それ、誰でも知っている話しんだよね。貴族も?」

「貴族なら尚更知っていると思いますよ。教養の一つとして教わりますし。教わらなかったんですか?」

そう言われれば教わったよな気がするけど・・・・・あれ?変だな。そこら辺の記憶が曖昧だ。

それに、さっきの夢以外で黒い蛇に何度か会っているような気がする。


  『まだ、早い。もう少し忘れてろ』


「えっ?」

「どうかしましたか?」

「さっき、声が」

「声?」

「ううん。何でもない」

あれ、僕は何の話をしてたんだっけ?・・・・・夢の、そう、夢の話しだ。あれ?どんな夢を見てたんだっけ?怖い夢を見て、でも、そう。どんな夢かは思い出せないんだ。ただ、怖さだけがリアルに残っているような変な夢。

不気味だな。

きっと義姉さんを失った悲しみがストレスとなってそういう夢を見たんだ。

「あ、あの、吹き終わりましたけど」

「・・・・あ、ああ、ありがとう」

「いえ・・・・・下がっても?」

まだ、怖いな。一人になりたくない。

「僕が寝るまで側にいてくれない?」


ごくりと従者は生唾を飲んだ。

従者は清拭をしている間、ずっとランの体から目が離せなかった。同じ男とは思えない程線が細く、真っ白な肌。体を拭くたびに気持ち良さから漏れる声が喘ぎ声を連想させ、従者は高揚を理性で押さえ込んでいた。そんなことに気づかないランの不安げな声はまるで自分が必要だと言っているように従者には聞こえた。


「ダメ?」

「・・・・・いいえ、今晩だけと言わずいつでもお呼びください。俺はあなたの従者なので」

「ありがとう」

優しい人で良かった。

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