24.抱いた優越が破滅への道へと繋がっていたとは最期まで気づかなかった
side .セザンヌ
私は運が良い。平民である私は本来なら貴族出身の旦那様と出会うことも言葉を交わすこともできない存在だった。
でも、優しい旦那様に出会い、恋に落ちた。子供まで授かって、旦那様に嫌がられるかもと思ったけど旦那様はとても喜んでくれた。
旦那様は子供にランと名づけ、自分には息子がいないのでランを跡取りにするとまで言ってくれた。
優しい旦那様を私はますます好きになった。
旦那様には奥様がいる。私はその奥様を可哀想だと思った。
貴族出身なのに、旦那様の本当の奥様なのに、娘しか産めないなんて可哀想。課せられた自分の義務すら全うできない。可哀想なぐらい役立たずな奥様。
奥様は可哀想な人だから私は旦那様が奥様の元に帰ることがっても嫉妬したりはしない。だって旦那様が本当に愛しているのは私だと知っているから。
ああ、奥様は本当に可哀想な人だ。もし、奥様と会うことがあっても優しくしなくては。だって奥様は可哀想な人だから。
そんな可哀想な奥様は亡くなった。そのおかげで私はやっと子爵夫人になれた。
子爵家には奥様よりも可哀想な存在がいた。
私の息子と年齢ががあまり変わらない。高貴な血を引きながら誰にも愛されず、母親に虐待を受けていた可哀想な子供。だから私は精一杯優しくしてあげた。
だって可哀想な子供には誰でも優しくできるでしょう。
高貴な生まれ、豊かな暮らしを約束された貴族様。なのに、ただの平民女に全てを奪われて死んだ哀れな奥様。そしてそんな奥様の娘。彼女は今後も私に全てを奪われ続ける。
ああ、なんて可哀想なのかしら。この優越感がたまらない。
「フィオナはもう我が家とは関係がないものとする」
旦那様が私を執務室へ呼んだ。とても深刻な顔をしていたので何事かと緊張した面持ちで旦那様のお言葉を待っていると、唐突に切り出した。
私は最初、旦那様が何を言っているのか分からなかった。
「旦那様、関係ないとおっしゃいましたか?私の聞き間違いではありませんよね?それはどういう意味ですか?」
「聞き間違いではない。お前にはあの女の娘であるフィオナを実の子も同然に可愛がってくれて感謝している。こんなことになって、お前には申し訳ないと思う。だが、あやつの腐りきった性根はお前の優しさでもどうにもならなかったのだ」
ああ、笑ってしまわないように気をつけなければ。
「フィオナはアラン様と婚約していましたわよね。我が家から追い出せば、あちらが納得しないのではありませんか?」
「あちらからは婚約破棄を言われている」
「・・・・・理由を伺っても?」
「フィオナは学校でランを虐めていたそうだ。それだけでは飽き足らず、悪評をでっち上げてあたかも真実のように噂して回ったそうだ。アラン殿はランの友人だからな。友人がそのような目にあっていることに腹を立て、人を平気で貶めようとする者を伯爵夫人として迎えることはできないと言われた。その通りだと私の思う。なので婚約破棄を受け入れた」
ああ、フィオナ。あなたって最高ね。
「フィオナはもう我が家とは関係ない。あの子は今日この時を持って平民となる。間違っても屋敷に入れないように。使用人にも厳しく言ってある。優しいお前には心苦しいかもしれんが、分かってくれ。お前たちとグランチェ子爵家を守ためだ」
「・・・・・分かりました。あの子には厳しい結果となりましたが、ここで甘やかしてもあの子のためになりませんわね。旦那様、申し訳ありません。義母としてあの子を真っ当に育てることができませんでした。全ては私の不徳の致すところ」
「セザンヌ、お前に責任はない。お前はよくやってくれた。全てはフィオナの自業自得だ」
そう言って旦那様は私を慰めてくれた。
フィオナが、貴族の娘が平民だなんて屈辱でしょうね。雲の上の存在だと思っていた人間が地面に引き摺り下ろされる様は初めて見たけど、これはこれで良いわね。今度は違う人でやってみようかしら。
「旦那様、それでも私はあの子の義母なんです」
「お前は、本当に。母親の鑑だな」
「褒めすぎですわ。私はただ事実を申しただけですのに」
もしフィオナがズタボロの状態で慈悲を乞うてきたら旦那様に内緒で色々恵んであげよう。だって元貴族令嬢が乞食のような真似事をする姿は想像するだけでも面白いもの。私を楽しませたご褒美ぐらいは与えてあげないとね。
「だ、旦那様。大変でございます」
フィオナの処遇に関する話しがひと段落した時、いつも冷静な執事が珍しく慌てて執務室に入ってきた。
「何だ?」
「そ、それが、奥様にお客様が」
何よ。私に客が来たぐらいで慌てることないじゃない。確かに私には貴族のお友達も平民のお友達もいないから尋ねてくる人もいなかったけど。
「たかが客人ぐらいで何を慌てることがある?」
旦那様も私と同じことを思ったみたいで、眉根を寄せて怪訝な顔をしていた。
「そ、それがお客様というのはみな、平民の女性ばかりで」
「セザンヌ、心当たりは?」
「ございませんわ。でも、念の為会ってみます」
「俺も行こう」
どうせ、私が貴族になったから何かしらのおこぼれが欲しい馬鹿どもがおこぼれに預かろうときただけでしょう。一つもあげるつもりはないけど。
「い、いえ、その、奥様はお会いにならない方が」
「私の客人ではないの?」
「いえ、そうなんですが。様子がおかしく、非常に危険かと」
執事が何を言っているのか分からなかった。でも、どうせあからさまに媚を売りに来た連中を見て私が気分を害さないか心配しているだけだろう。
「とりあえず会うわ」
執事押し退けて玄関ホールに行くと、客人は一人ではなかった。そこには徒党を組んだ女性陣の姿があった大の男が裸足で逃げ出しそうな顔つきね。
「セザンヌ、ようやく会えたわね」
女性陣の代表なのか、恰幅のいい女が一歩前に出た。見覚えはないわね。仮にあったとしても今の私は平民じゃない。子爵夫人よ。その私を呼び捨てにするなんて。
「どなたかしら?あなたのように品のない方、知らないのだけど」
「品だって?あははは」と女が腹を抱えて大声で笑うと一緒に来た女性陣も笑い出した。何よ。嫌な人たちね。
「どの口が言ってるんだい。人の旦那を取っ替え引っ替えした下品な女に説かれる品性なんてあたしらは持ち合わせちゃいないよ」
失礼なやつね。好きになった人がたまたま妻子持ちだったってだけでしょ。それを妬んでこんなところまで来るなんて。だから夫を取られるハメになるのよ。
「・・・・・取っ替え引っ替え」
まずい。
背後を向くと、一メートルほど後方に旦那様と執事がいた。
この女の言葉を間に受けられると私が子爵夫人でいられなくなっちゃう。さっさと黙らせないと。私は女の前まで行った。ギリギリ拳が届かない距離だ。
痛いのは嫌だからね。
「おかしなことを言わないでくださる」
「ふんっ。事実じゃないか。ここにいるのは、みんなあんたに夫を取られた女だ。人の不幸を喜び、人を見下して優越感に浸って、あんたのひん曲がった性根が変わっていないことに感謝するよ。おかげで心置きなく復讐できる」
「出鱈目ばっかり言わないで。私が幸せになるのが気に入らないだけでしょう」
「確かにあんたが何不自由なく、好き勝手に生きられる状況は気に入らない」」
ほら見なさい。ブス女の狙いなんてお見通しなんだから。
「だから、あんたが、あたしらの幸せを壊したみたいにあたしらもあんたの幸せを壊しに来たのさ」
「えっ」
腹部に違和感があった。視線を向けるとそこにはナイフが刺さっていた。
「ぎ、ぎゃああっ!!」
女たちは一斉に襲い掛かり、各々が持っていた武器で私を攻撃した。旦那様と執事は何が起こっているか分からず、すぐに対処できなかった。
「き、騎士団を呼べっ!警備兵でもいい。急げ」
「はいっ」
執事は急いで屋敷を出て行き、旦那様は私を助けようと騎士団が来るまで奮闘してくださったけど多勢に無勢。
何の役にも立たなかった。
私はナイフや包丁で体の至る所を刺され、麺棒やフライパンで殴られたりもした。その様子を黒い蛇が見つめていた。事が収まるまで見つめた後、蛇は屋敷の中へ入っていく。目的遂行するために。
これは始まりに過ぎない。
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