18.家族

「なんだ、これはっ!」

宣言通り、抗議文と慰謝料請求がグランチェ子爵家に届いた。執務室から父の怒号が聞こえる。執務室には抗議文を届けに来たミリリア伯爵家の執事がいるのに。

「見ての通りです」

執事は父の怒号など気に留めずに言う。

「ランが原因で婚約破棄だと?あの子に問題はないっ!」

「ではミリリア伯爵家のお嬢様に問題があると?」

執事の目が冷たくなる。いくら使用人とはいえ、相手は格上からやって来ている。無下に扱える相手ではないのだ。さすがの父も言葉を詰まらせてしまった。

グランチェ家でどんなに横暴に振る舞おうとも所詮は子爵家。他家の使用人の顔色を窺わなければならない。それが現状なのだ。

情けない人。

「フィオナっ!」

ランの問題が発覚してすぐに、なぜか執務室に呼ばれたので大人しく待機していたけどなるほどね。怒りをぶつける相手が欲しかったということね。ええ、いいわよ。その怒り受け止めてあげる。だから思う存分、執事の前で無様な姿を晒してちょうだい。

「はい、お父様」

ねぇ、お父様。楽しいわね。とても楽しいわ。あなたが、あなたたちが、グランチェ子爵家が堕ちていく様を見るのは。

ねぇ、お母様。いい気味ね。いい気味だわ。

「お前がついていながら、なぜこのような事態になったっ!」

「なぜと言われましても」

言葉に詰まらせ、困ったわと首を傾げると父は顔を真っ赤にして拳で机を叩いた。大きな音を立てればこちらが怖がると思っているのかしら。生憎、恐怖なんて一切抱かないわ。

「ランが周囲に誤解されるのをなぜ止めなかった」

誤解ではなく純然たる事実ですけど。

「あの子は普段から誤解されやすいのを知っているだろ」

知るわけがない。

「いいえ、存じ上げませんわ」

「義弟のことも理解できていないのか?それでも義姉かっ!義姉ならば、義弟のことを把握し、義弟が過ごしやすいように配慮するべきではないのか?」

「それは本当に義姉ですか?私には奴隷か使用人のように聞こえます」

「お前はっ」

「大体、義姉ですか?義弟ですか?」

ああ、おかしい。ねぇ、お父様。今、自分の前にいる他家の使用人がどんな顔をしているかまるで見えていないのね。

もっと、もっと醜態を晒しましょう。取り返しがつかなくなるまで。そして、あなたは自分の手でグランチェ家の歴史に幕を閉じるの。あなたが最後の当主よ、お父様。

「母を死に追いやった連中を家族だと思ったことはありません」

その瞬間、大きくて分厚い手が私の頬を叩いた。衝撃で後ろに飛び、背中を強打した。

ねぇ、お父様。気づいていますか?

「大丈夫ですかっ!」

ミリリア伯爵家の執事が急いで私に駆け寄り、怪我の確認をする。

「ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます。優しいのですね」

ねぇ、お父様。気づいていますか?理解、していますか?その家族にあなたも含まれていますのよ。

「ランが複数の男性と懇意にしているのは知っています」

「だったら」

なぜ止めなかったと言いたいのでしょうけど、最後まで言わせません。

「でも友人同士の馴れ合いだと言われればそれ以上は私でも踏み込めませんわ。友情の示し方や距離感、接し方は男女で異なります。女である私では男性の、友人同士の馴れ合いの正し方なんて知りませんもの。だから、ランがアラン様と親しくしていても、おかしいと思いながらも『ただの友人だ』と言われれば納得せざるをえませんでした。自分自身にもただの友人だと言い聞かせました」

私は傷ついた顔をする。伯爵家の執事は傷ましそうに私を見ていた。優秀な伯爵家の執事ならランの素行調査は終えているはず。なら彼も知っているのだろう。婚約者を取られた被害者の中に私も入っていることを。

知らないのは私の父だけ。だからお父様、この人の前で無様な醜態を晒しましょう。

「ランとアラン殿がどうしたというのだ?」

あはっ。おかしい。ねぇ、お父様、目の前の執事が呆れた顔をしていますわよ。気づいていないのね。

「あの二人は恋人同士なんですのよ」

「何を言っている。アラン殿はお前の婚約者だろう」

「ええ。だからアラン様にどうするのか聞いたんです。ランと別れるのか、私との婚約を破棄するのか。アラン様はランと別れることもせず、私との婚約を破棄する気もないそうです」

「当たり前だ。友人の仲を引き裂くなど、嫉妬深いにも程がる。お前の母親もそうだった。蛇のように執念深く、陰湿な女だった。蛙の子は蛙だな」

「ええ、そうですね。蛙の子は蛙。親子揃って同じことをしているなんて滑稽ですわ。それに騙される殿方も」

「何が言いたい?」

まぁ、怖い。今にも私を殺しそうな雰囲気ね。

・・・・・それもいいかもしれないわね。そうなれば、完全に子爵家は終わる。そして、あなたは犯罪者。あの女は犯罪者の妻に、ランは犯罪者の子供になるの。それってすごく素敵じゃない。

そうなったら、アランはランをどうするのかしらね。

ねぇ、知っている?

純愛も真実の愛も、運命を乗り越えて結ばれるような恋もね、お金と権力があるから叶うの。だから幸せになれるの。だって、物語に出てくるお姫様の恋する相手っていつも王子様じゃない。

「執事様、子爵令嬢の身分で不敬になるのは分かっています。それでも忠告させていただきます。私のように後継を産むだけの道具だと婚約者に見なされないようにこの件、よく話し合った方がよろしいですわよ」

「ご忠告、しかと胸に刻み主人へ報告させていただきます」

「それでは私はこれで失礼します」

「待て、まだ話しは終わっていないぞ」

「私の用はすみました。これ以上は、お客様の前でする話ではないでしょう」

「ぐっ」

ようやく伯爵家の使用人がいることを思い出したようね。まぁ、もう手遅れだけど。

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