19.甘い毒
「まさか、カリマン侯爵子息様までもがラン様と、なんて。ちょっと驚きよねぇ」
「でも、出自を考えると納得じゃないかしら」
「それもそうね」
と話す二人に「あら、出自だけの問題かしら?」とリリーが割り込む。
「それはどういうこと?」と二人はリリーの話しに耳を傾ける。
「確かにラン様の出自って綺麗なものじゃないわよね。ラン様もお母様って子爵様に色目を使って妻の座に収まったし」
「うん」「うん」と二人は賛同するように頷く。
「でもさ、子爵様だって妻がいるのにそういう女に手を出したんでしょう」
「それは・・・・」
「まぁ、ねぇ」
娘であるフィオナのことは自分たちと立場が同じなのでいくらでも陰口を叩けるがその父親である子爵となると途端に口が重くなるのは、令嬢と現当主では立場に差がある為仕方がないことだった。
が、リリーは構わずに続けた。
「フィオナのお母様もご夫君がいない時、邸でどのように過ごしていたか分かったものじゃないわよ」
「それって」
「まさか」
さっきまで立場を慮って口を閉ざしていたことをもう忘れてしまった二人はまさかの不祥事に瞳を輝かせる。実際には起こったかどうかも不明瞭だがそんなのは関係ない。
だって相手は死者。事実は確かめようがないのだから。
「そう考えると、フィオナはどうなのかしら?」
リリーは決定的なことを口にしてはいない。フィオナの母親のことも、フィオナ自身のことも。あくまで可能性を示しただけ。ここから先は二人の勝手な妄想。
「もし、それが事実ならフィオナ嬢がアラン様に愛想を尽かされるも仕方のないことですわよね」
「ええ。とてもじゃないけれど、伯爵家にお迎えるできるはずありませんわ。お母様のことだってそうですわよね」
「ええ、そうですわね。もし、お母様のことも事実ならフィオナ嬢の血筋だって怪しいですわ」
「そうですわね」
二人はリリーと同じでフィオナに嫉妬していたのだ。同じ下級貴族なのに、伯爵家の婚約者を持っているフィオナに。これはフィオナを追い落とす為のいい話題となる。
噂は瞬く間に広がるだろう。まるで事実のように。
これは夢だ。
でも、現実に起こったことだと分かる。どうしてか自分でも分からないけど、分かるのだ。
「リリー、どうして」
私の言葉は彼女には届かない。だって夢の中だから。
「可哀想な、フィオナ」
クロヴィスは涙を流す私を慰めるように私を後ろから抱きしめた。夢の中なのに不思議と暖かい。
「あんな奴の為に君が傷つくことはないんだよ」
「クロヴィス」
彼の唇が私の涙を吸い取ってくれる。目尻、額、口の端にキスをするクロヴィスの目に熱が宿る。アランがランに向ける目と同じ。決して私へ向けられることのない目だ。
アランが与えてくれないものは全てクロヴィスが与えてくれる。
「可哀想な、フィオナ。誰も君を愛してはくれない。アランも、リリーも、君の両親も。誰も君を愛さない」
誰も・・・・・。
「フィオナ」
手首が熱い。手首にできた痣が熱を持っている。
「フィオナ、愛してるよ」
これは毒だ。甘い、毒だ。分かっていても抗えない。
「俺だけは君を愛してる。俺だけが君の味方だ。愛してる、フィオナ。君だけを、ずっと、永遠に愛し続けるよ」
甘い毒を纏わせながらクロヴィスはキスをする。何度も、何度も。
角度を変えて、はむように。そして唇を舐めてくる。まるで口を開けてと言うように。
いけないことなのに、私は口を開けて彼の舌を受け入れた。
口の中を舐められるのが気持ちいいなんて知らなかった。流し込まれた彼の唾液を私は躊躇いなく飲み込んだ。本当なら他人の唾液なんて飲み込みたいと思わないはずなのに。不快に思うはずなのに。私は喜びを感じた。
はちみつのように甘い彼の唾液を夢中で飲み干した。
「愛してるよ、フィオナ」
◇◇◇
目を覚ますと、手首に巻き付くだけだった痣が二の腕まで伸びていた。
私はその痣がなぜかとても愛しく思えた。まるで、彼の愛がそこに存在しているように思えたのだ。
「手袋をはめて、誰にも見つからないようにしないと」
彼との逢瀬を誰にも邪魔されたくはない。
「クロヴィス」
夜になったらまたあなたに会えるかしら。あなたは、こんな私に愛を囁いてくれるかしら。
「クロヴィス」
あなたに会いたい。あなたに触れてほしい。キスがしたい。
早く、夜にならないかしら。
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