17.被害者が最初の加害者であるならば、イジメのカテゴリーに入れるべきではない

「フィオナ・グランチェ」

教室でリリーと楽しく話をしているとズカズカとクラスが違うにも関わらず無遠慮に入ってきたのはアルギス・カリマン。宰相の令息だ。

私と彼はほぼ初対面。にも関わらずなぜか彼の方は私に敵意剥き出し。

相手が高位貴族であることも起因して周囲に緊張が走る。まるで今から刃傷沙汰でも起こしそうな雰囲気だものね。リリーも恐怖からか自然と足が下がり、私との間に距離ができた。

「ごきげんよう、カリマン侯爵令息。こうしてお話しするのは初めてですね」

下位貴族であろうとも親しくない令嬢の名前を呼び捨てにするべきではないと遠回しに指摘したけど彼の耳には入っていなかったようだ。随分と遠い耳をしている。その年齢で老化が始まっているなんて、可哀想に。

「これがご機嫌に見えるか?」

「相手がご機嫌であろうと、なかろうと貴族の挨拶はご機嫌ようですわ。それとも、おはようって言うべきでしたか?」

それは平民の挨拶。あなたは平民なのですか?と言ったのにまたしても聞き取れなかったようだ。老化の進行が思ったよりも早そうね。

「昨日、どこで何をしていた?」

「あら、プレイベートを明かすような仲になった覚えはありませんが」

「ランの荷物が噴水に落とされていた」

「そうですか」

「お前がやったんじゃないのか?」

「彼がそう言ったんですか?」

「いや」

「では目撃情報でもありましたか?」

「いや」

アルギスは私が犯人だという証言を全て否定しなくてはいけない現状に苛立っているのか、ぶっきらぼうに、けれど徐々に声を大きくして私の問いに答えていく。

そこまでイラつくのであれば確たる証拠を持って糾弾すればいいのに。

「では、私がしたという証拠でも出ましたか?」

「出てはいない。しかし、お前以外にあり得ないっ!」

「カリマン一族の嫡男様が思い込みで人を糾弾するのですか?」

カリマンは代々、宰相となって来た一族だ。そこの嫡男である彼も当然、いずれは宰相となる。自分の行いが次期宰相に相応しくないと伝えるも通じず。彼は貴族言葉を知らないのか?まさか本当に平民が紛れ込んだの?

「カリマン家の嫡男だから証拠なんてなくとも、一目でお前が犯人だと見抜くことができるのだ」

それ、堂々と言っていいことではないわよ。自分から馬鹿だって大っぴらにしてどうするのかしら?

「ランがイジメを受けているとのことでしたが」

私も彼の発言を無視しよう。何を言っても無駄なようだし。

「イジメを受けるランにも問題があるのではないですか?」

「なんだと」

そんなに感情を露わにして。自分がランをどう思っているのか丸わかりね。

「随分とランと親しいようですね、カリマン侯爵令息様は」

「友達だからな」

「友達、ね」

その言葉、ちょっと前までなら通じたかもしれないけどタイミングが悪かったわね。私の婚約者であるアランとランは友達というの名の恋人だと発覚して間もないのだ。

つまり、同性でも相手がランならそれはいかがわしい関係なのだと周囲は思ってしまう。現に、成り行きを見守っていたクラスメイトは嫌悪を露わにしている。

「私の婚約者様もランとは友人同士だと言っていました」

「それを信じず、婚約者を疑い、挙げ句の果てに嫉妬して義弟をいじめるとは。性根が腐った貴様をアランが見限るのも時間の問題だろうな」

アランが私を見限るのではないわ。私が彼を見限るのよ。

「信じる?友人だと言っていたのに熱い抱擁を交わす彼らを?恋人のように口づけを交わす彼らを?その姿を見て何を信じろと仰るの?ねぇ、カリマン侯爵令息様。あなたは婚約者をどうするおつもりですか?」

私の問いかけに一人、体を強張らせた人がいた。周囲も私とアルギスではなくその人に視線を向ける。その人はアルギスの婚約者だ。

「私の婚約者のようにランと口づけを交わし、愛を囁きながら今の婚約者には見て見ぬふりを強要しますか?女はただ子供を産めばいいと思っていますか?あなたはご自身の婚約者をそのような道具としてみなしますか?」

「俺とランはそのような関係ではないと言っているだろっ!」

馬鹿ね。否定をすればするほど、事実だと表明しているようなものなのに。

私は彼の婚約者に視線を向けた。

「アイリス・ミリリア伯爵令嬢様、義弟に代わり謝罪いたします。申し訳ありません。彼はここが娼館ではなく学校であるという認識がないようです」

「おい、お前っ」

アルギスが何か喚いているようだけど無視だ。

「この件はグランチェ子爵家に抗議してくださって一向に構いませんわ」

ランのせいで高位貴族の婚約がダメになったと知ったら、あの男はどうするだろう?

私は腕についた痣に触れる。すると心が落ち着く。ただの痣なのに、不思議だ。

「っ。そうね、あなたの義弟は貴族社会というものを理解していないようね」

「アリスっ!」

「この件はあなたのいう通り、子爵家に抗議文を送らせていただきますわ。当然ですが、慰謝料が発生しますよ」

「ええ、構いませんわ。仕方のないことですから」

そう、仕方がないのだ。

ランの、あの男の、グランチェ子爵家の自業自得だ。

「アルギス様、あなたとの婚約ですがこの件を父に報告し、継続か否か相談させていただきます」

「アリスっ!」

「それでは失礼します」

アルギスの呼びかけに一切応じることなく、彼女は出て行った。

ランに思いを寄せているのはアルギスだけではないし、ランは社交性が高いので友達も多い。でも、この件が広まれば必然的にランは一人になる。下心を持って友人になった人は当然、そうでない人も一括りにされたくないので縁を切らざるおえない。

貴族は損得勘定で動く生き物だ。友人より、恋人より、家を優先して考えるように教育を受けている。

だからみんなランから離れていく。彼は一人になる。いい気味ね。

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