16.無知な子供は純粋な言動が悪徳に変容することに気づかない

side.ラン


涙が止まらない。どうして、みんな、こんな酷い事ができるんだろう。

「娼婦の子が」と母さんを侮辱され、荷物を噴水の中に落とされた。

僕の母さんはただ父さんを愛しただけなのに。愛し合った二人がやっと一緒になれて、やっと本物の家族になれたのに。

「フィオナ様が可哀想だわ」という人もいた。確かに義姉さんは可哀想な人だと思う。だって、本来彼女を庇護し、愛さなければならない人から虐待を受けていたんだ。そのせいか、義姉さんは僕や母さん、父さんたちの愛を素直に受け取ってはくれない。

義姉さんは可哀想な人だ。でも、それがどうして僕をいじめるということに繋がるんだろう。彼女たちの考えが僕には分からない。

「ラン、どうかしたのか?」

「・・・・・アルギス」

友人のアルギスは噴水の中に浮かぶ僕の荷物に眉を寄せた。

「あっ、ダメだよアルギス、濡れちゃうよ」

ズボンの裾を巻く仕上げ、彼は躊躇なく噴水の中に入って僕の荷物を拾うのを手伝ってくれた。

「構わない。それよりも、君の涙の方が堪える」と言ってアルギスは涙を拭いてくれる。彼は本当に優しい。

「一体、誰がこんなことを?」

「クラスの女子たちや、知らない子たちは多分、義姉さんのクラスの女子たちだと思う。何度か見かけた事がある」

「つまり、君の義姉さんが黒幕か?」

「分からない」と首を振る僕をアルギスは「なぜ庇う?」と責める。「庇う必要はない」と。

「義姉さんがやったっていう証拠はない」と口にしてみるけど僕の心は義姉さんを疑っていた。そんな自分に嫌悪を抱く。義姉さんはそんな人じゃないと思うし、そう思いたいのに僕の中にいるもう一人の僕が「本当にそうか?」と問うてくるのだ。

義姉さんは僕のことを妾子と言う。僕の母さんを娼婦と呼ぶ。だから僕は義姉さんを信じられない。こんな酷いことをする子たちと同じことを言う義姉さんを信じきれないのだ。

「義姉さんは、可哀想な人なんだ。自分がされて嫌なことを人にしてはいけないってことを教えてくれる人がいなかったんだ。だから、義姉さんは悪くない。悪いのは教えなかった大人だ」

そう、義姉さんの母親だ。もう亡くなってしまったけど。あの人は本当に最低な人だ。自分の娘をまともに育てることもしないなんて。

「貴族の令嬢にはよくあることだ(何をしても許される甘ちゃんに育てられがちだからな)」

「そうなの?それって可哀想だね」

そっか。僕をいじめてる人も義姉さんと同じで虐待を受けていたんだ。それならこういうことをしてきても仕方がないのかな。きっと悪いことだって知らないんだ。

「君は優しいな。自分をいじめてきた連中のことまで思えるなんて」

「そんなこと、ないよ」

真っ直ぐそンなことを言われると照れるな。

「ラン」

アルギスは僕の頬に触れる。

どうしたんだろう?アルギスの目に熱がこもっている。そのせいか僕の心臓はドキドキしっぱなしだ。

「そんな君だから俺は、惹かれずにはいられない」

「それってどういう意味?」

「ラン、君のことが」

「ラン、アルギス、何をしている?」

「あっ、アラン」

「・・・・・・アラン」

アラン、怒ってる?

とても怖い顔でアルギスを睨んでいる。アルギスもなぜかアランを睨んでいた。喧嘩でもしたのかな?

「ラン、アルギスと二人で何をしている?」

「あ、その、噴水に荷物を落としてしまって、それでアルギスが手伝ってくれたんだ」

「そうか。荷物は全て拾えたのか?」

「うん」

アランは僕を抱き寄せて口にキスをしてきた。嬉しいけど、アルギスもいるのに恥ずかしい。

「アルギス、世話をかけたな」

「ランが困っていたからね。手伝うのは当然だよ」

どうして二人で睨み合ってるんだろう。仲良くしてほしいのに。

「ラン、行こう」

「あ、うん。アルギス、ありがとう」

「役に立てて良かったよ。また困ったことがあったらいつでも声をかけてね」

「うん」

僕はアランに手を引っ張られる形で馬車に乗り込んだ。最近は、義姉さんと一緒に登下校をしていない。義姉さんが何故か嫌がるからだ。

「荷物、噴水に落としたと言っていたな」

「うん」

馬車が走り出してしばらくは無言だったアランとの間に流れる気まずい空気が嫌で僕は外を眺めていた。ようやく口を開いてくれたと思ったのに、あまり触れられたくない話題だな。

「荷物を本当に落としたなら、噴水の奥に荷物が入ることはない。お前たちが噴水の中に入らないと取れないほど奥に荷物が落ちるのは不自然だ」

「そ、それは、えっと」

「荷物は落ちたんではなく、落とされたんだな」

「・・・・・・」

「ラン」

向かいに座っていたはずのアランは僕が言い訳を考えている間に隣へ移動していた。そして僕を抱きしめる。

「嘘をつかないでくれ。どんな些細なことでも」

「・・・・・ごめん」

「いいんだ。俺も悪かった。感じが悪かったろ。お前がアルギスと一緒にいたのが嫌だったんだ」

「それって、嫉妬してくれたってこと?」

耳まで真っ赤になるアランが普段は格好いいのにこの時だけは可愛く思えた。このアランは僕しか知らないんだと思うと恋人の特権のようで嬉しかった。

「アルギスはただの友達だよ」

「・・・・・あいつは、そうは思ってない」

「?」

声が小さすぎて何を言っているのか聞き取れなかったけど、アランは「なんでもない」と言っていたのでただの独り言だと思い、気にはならなかった。

「ラン、愛してる」

「僕も愛してる」

ああ、幸せだ。恋人同士でするキスはそれだけで僕を幸せにしてくれる。

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