15.夢と現実の狭間で

夢を見るの。

幼い私が母を呼ぶ。何度も、何度も。でも、母が私を見ることはない。

父はセザンヌとランを愛おしそうに見つめる。

幼い私が父を呼んでも父は私を見てはくれない。

私はどこにもいない。

私の居場所はどこにもない。

私は誰からも愛されていない。

幼い私は蹲って泣き続ける。


寂しい。


寂しいと泣いている。


 『大丈夫だよ』


誰?

幼かった私の体は大きく成長し、現実と同じ姿になっていた。そんな私の前に黒い蛇がいた。不思議と怖いとは思わなかった。


  『俺がいるよ』


そう言って黒い蛇はその姿を変えた。

「トラント伯爵令息様」

「クロヴィスと呼んで」

現実とは違う。艶やかで、妖しげな笑みを浮かべる彼に、何だか見てはいけないものを見てしまった気分になって思わず顔を逸らしてしまった。

「どうしたの?」

「いえ、何でも」

「なら俺を見て」と言ってクロヴィスの手が私の顔に触れる。血の通った人間とは思えないほど冷たい手だった。

「クスッ。顔、真っ赤だね。嬉しいな。とても、嬉しい。俺のこと、意識してくれるんだね」

「あ、あの、クロヴィス」

「ああ、君の瞳に俺が映ってる。嬉しい。嬉しいな」

顔を撫でまわし、腰を抱き寄せるクロヴィスに私はどうしていいか分からなかった。熱に浮かされたクロヴィスは私の動揺に全く気づかない。

「愛してる」

えっ。

「フィオナ。君を、君だけを愛してる」

クロヴィスが、私を?どうして?

「クロヴィス?」

「愛してるんだ。ずっと前から、君だけを。俺だけは君を愛し続ける。俺だけが君を愛せる」

冷たくて、硬い唇が私の唇に触れた。最初は軽く触れるだけのキスだった。

私が彼を拒絶しないのが分かると角度を変えて、はむ様なキスをする。

私は彼を拒めなかった。それどこから、もっと触れてほしいとさえ思ってしまった。そんなこと、思ってはいけないのに。

「いいんだよ」

クロヴィスは甘い声で囁く。

「余計なことは考えないで。俺だけのことを考えて」

「クロヴィスだけのことを?」

「そうだよ。俺だけのことを考えるんだ。他のことを考える必要はないからね。自分の欲望に従って」

「私の欲望」

自分の欲望が何か分からない。それはずっと抑圧されてきたものだから。

「大丈夫だよ。ここに従えばいいだけだ」と言ってクロヴィスは私の胸の上に手を置く。


・・・・・従う。私の欲望に従う。私の欲望は・・・・・・。


「フィオナはどうしたい?」

クロヴィスから甘い匂いがした。その匂いを嗅いでいると頭がぼーっとする。

「フィオナの望みを叶えてあげる。俺だけが君の望みを叶えられる」

「私の望み」

「フィオナは今、何がしたい?」

「キス、したい。さっきみたいに、して」

「いいよ。いっぱいしよう。いっぱい、愛し合おう。ああ、嬉しい。嬉しいな。嬉しいよ、フィオナ。愛してる。愛してるよ、フィオナ」


◇◇◇


ああーっ。なんて夢を見てしまったんだろう。どうして、あんな夢を。

自分のはしたなさに死にたくなる。

ガッツリ欲求不満のような夢を見たことを覚えている私は枕に顔を埋めた。

「今日、どんな顔をしてクロヴィスに会えばいいんだろう」

あれ?腕にアザがある。

腕を一周する様にできたアザを私は寝ぼけた頭でぼーっと見つめた。

まるで蛇の鱗を押し付けたような痕だった。

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