14.変異

「見て、あの二人また一緒にいるわよ」

「仲がよろしいようね」

「でも友人にしては距離が近いですわね」

「あら、だって友人じゃないのでしょう」

チラリと令嬢の一人が私を見て、クスリと笑う。

「行こう、フィオナ。気にすることないわよ」

リリーに手を引っ張られながらその場を離れるけど、私の目はずっとアランとランに向いていた。

アランから婚約破棄の申し出はない。当然だけど、子爵家である私から婚約破棄はできない。

まだ相手が異性なら良かったのに。そうすれば、不貞を理由に婚約破棄はできなくても解消はできたはず。相手が同性なら彼女たちの言う通り、近すぎる距離でも「友人」として押し通せてしまう。

いくら同性婚が認められているとはいえ。でも、それは平民の間だけだ。血を繋ぐ必要のある貴族には当てはまらない辛うじて当てはまるのは兄弟のいる貴族。それも当主を継がない次男以降。次男でも難しいことはある。長男に何かった場合のスペアだから。確実なのは三男以降だろう。

アランには当てはまらない。

アランはどういうつもりなのだろうか?

何度も話し合いの場を設けようとしてもアランは私のことを疎ましがるばかりで話し合いに応じてはくれない。

モヤモヤする。

「浮かない顔ですね、フィオナ嬢」

「トラント伯爵令息様」

「まぁ、伯爵令息様」

私の手を引っ張っていたリリーはすぐに私から離れて、目を輝かせながらクロヴィスに近づく。恋をしているというよりは憧れに近い目だ。

「こんにちは、ロヴァル子爵令嬢」

「うわぁ~、私のこと知ってるんですか?」

「もちろんです」

リリーは一人はしゃいでいた。リリーとクロヴィス、私は同じクラスだし、クラスの人数は多くないので彼がリリーのことを知っていても不思議ではない。それでもリリーはとても嬉しそうだ。

リリーはクロヴィスを狙っているのかな?

周囲を見ると女生徒から少々厳しい目で見られている。彼女たちもクロヴィス狙いなのだろう。彼を狙うには難易度が高いわね。

私は可能であれば平穏がいいのでもう少し落ち着いた容姿の人がいいかも。

「フィオナ嬢、あまり顔色がよくなさそうですけど大丈夫ですか?」

「・・・・ええ」

クロヴィスは私のことを心配して近くに来てくれたのになぜか私の足は彼から離れるように後ろへ下がってしまった。幸い、彼は気づいていないようだ。

「色々と落ち着かない状況ではありますが、あまり無理をなさらないでくださいね」

「ええ。ありがとうございます」

クロヴィスは優しい。

何度か助けてもらったり、彼が私の話をし聞いてくれたおかげで心が楽になった。嫌なことをされたわけじゃないのに、私は時折彼のことが怖くなる。私を見る彼の目が時折怖く感じるのだ。

「本当に大丈夫?無理してるんじゃない?」

さっきまでクロヴィスに夢中だったのにリリーが便乗するように口を開いた。

もしかして、ずっと心配をかけていたのかな?でも事が事だけに気を遣わせていたのかもしれない。

「大丈夫よ」

顔色が悪いのは最近眠りが浅いからだろう。でも、全く眠れていないわけじゃない。

「でも、義弟君と一つ屋根の下でしょ。それに、モンド伯爵令息様はよく尋ねて来るみたいじゃない」


「えぇ、それってまさか」

「婚約者のいる屋敷でよろしくやってんのか?」

「可哀想~」

「案外、混じって一緒にやってるかもよ?」

「ちょっ、そういう話しはさすがにまずいだろ」

「いくら事実だったとしてもレディーの前でそういう話しはやめてちょうだいよ」

「そうですよ。そういう話しは殿方のみで行ってくださいませ」


リリーの言葉を耳ざとく拾った外野が勝手に盛り上がっている。

下品な話しで不快だし、何もより事実ではない。でも、きっと事実として広まるのだろう。

アランもランも私と同じで醜聞まみれね。このまま、醜聞に塗れて見えなくなってしまえばいいのに。

この事実を知ったら父はどうするのかしら?きっと激怒なさるでしょうね。

「グランチェ家の恥晒し」と言って、怒るんでしょうね。父の、継母の、ランの存在自体が既に恥晒しなのに。それに気づきもしない。全てを私のせいにして、自分たちだけは高潔なんだと思い込み、ぬるま湯に浸かっている。


堕ちればいいのに。

みんな、みんな、堕ちていけばいいのに。

ーーーー堕としてしまおう。


「そうね、リリー。でも、仕方がないと私は思っているの。きっと、私の覚悟が足りていなかったのよ」


堕ちればいい。

みんな、みんな、堕ちてしまえばいいのよ。


「覚悟?」

聞き返すリリーの向こう側にタイミングよくランの姿が見えた。私はリリーを通り越して彼を見つめる。そのおかげか、いつもより楽に笑えた。

「娼婦の子を家族の中に迎え入れる覚悟。それさえあれば、こんな惨めな思いもしなくてすんだと思うの。だって、仕方がないと思えるもの」

私の視線に気づいたリリー、野次馬たちは青ざめた顔をしているランを見る。

「娼婦ってそういうものでしょう」


みんな、みんな、おちてしまえばいいのよ。

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