第4話
矢野は魔法大学のデータターミナルの前に座り従伯父の情報を調べていた。
結城との見合いから三週間経っていた。本当はもっと早く訪れたかったのだが、入院と見合いでノルマに穴が開いてしまい。どうしても休みを取らせてもらえなかったのだ。『見合いは国民の義務だから仕方ないが、入院は自己責任だろう』と言われて虎谷が休みを許可しなかったのだ。毎日申請を出し続けて今日やっとぶちぶちと嫌みを言われつつ休みが取れた。
結城の言う通り従伯父のことは一般向けの学校史の中では公開されておらず、学外からアクセスすることができなかった。魔法大学には魔法に関わる全ての事故、情報、できごとが記録されている。魔法科高校の生徒や卒業生は許可を得ることで校内の魔法大学のターミナルを使用することができたのでわざわざ休みを取ったのだ。
調べたことで判ったことは多くなかった。
結城が言っていたように
学校史に名前が登場するのは一年の三学期の終わり以降になる。同時期に詳細不明の魔法事故により二週間以上意識不明になり、目覚めたときには歴代最強強度の魔法使いになっていたと云う。その魔法事故に巻き込まれた生徒は四人いて、皆結果として魔法力が劇的に上昇していたらしい。
それから、華々しい活躍があったが、きわめつけは魔術協会と悶着を起こしたことだ。内容はアクセス禁止になっており詳細は判らなかった。その後、三年の夏休みに四人の内の三人が行方不明になり、以降消息不明になっていた。
判った範囲では魔法事故の詳細は不明だった。事故の聞き取り調査内容などはアクセス禁止になっていたが、ただ『魔法世界ウィスタリア』と『魔法アイテム・ウィスタリア』のキーワードと、その事故がハラダ・タワラ・メソッドの提唱へと繋がったと云うことだけは判った。それまで、『魔法』はエネルギーの保存則さえ破れない『役に立たないもの』とされていた。それが、絶滅の危機にあった人類を救い、あまつさえ自分が勤めているエネルギープラントとへと繋がっていたことに不思議な興奮を覚えていた。
授業で教わったことと違い、自分で調べ、自分の親戚が人類の救済や魔法界に大きな影響を与えたことを初めて知った矢野は、誇らしいような、何も知らなかった自分に歯がゆい思いが湧き上がっていた。
「おい、本当か? 意味があるんだろうな。もう何度空振りをさせられたか」
中年の男が部下からの報告に柳眉を逆立てる。
「監視エージェントAIの報告を見ると、動く意味がありそうです」
「判った。俺は雲城さんにとりあえずの報告を入れておく。もう四十年も経つんだし、あの人も八十歳も過ぎなんだからいい加減諦めてくれれば良いんだけど。そうはいかないんだろうな。この報告を見ると絶対出てくるぞ。断言する」
その男は諦め半分の表情を浮かべて、メッセンジャーに向けて報告を上げた。
ここは、都内の某所にある魔術協会の一部署。日ごろなら魔法に関わる事件や事故などを収拾するのだが、三十数年前に設置されていた監視エージェントAIからの報告に慌てていた。きっかけは矢野の魔法科高校の学校史へのアクセスと彼の名字だった。
それは私的プロジェクト、『並行宇宙論とエネルギー非保存(ハラダ・タワラ・メソッド)』に関わるアクセスを監視するものだ。このプロジェクトは数年前にリタイアした当時の実力者の悲願の実現の手がかりを探すものだった。
それが、いまだに動き続けていたのはその実力者の力を表すものと言える。
「だからー。ごめんなさい。転送設定を忘れていたわたしがいけないの。あやまるから、ゆるしてね。ね」
結城は手に持つ日傘を振り回し、謝っている。
待ち合わせの駅から、訪問先に向かう道行きで結城と矢野のふたりは痴話げんかとも取られかねない会話を繰り広げていた。
「しかたないでしょ、宇宙にいたんだから。それに因果律に影響を与える魔法の実験を行っていたんだもの。地球から数光年も離れていたら連絡なんてつけようがないでしょ」
不機嫌そうな表情を浮かべていた矢野も、結城の話に興味が湧いて黙っていることなどできなかった。
「え、超光速航行に成功したの?」
「あっ、しまった。これはまだ内緒だった。ばれたならしかたないわね。まだ正式発表前だから絶対内緒だよ。とりあえず、成功かな。まだ、安定した時空の泡が作れないし、魔法式の改良は必要だけど」
実際のところ矢野が怒る理由など本当はなかった。返事が遅かっただけだが、それも止むに止まれぬ理由があった訳だ。地球にいなかったんだから。
やっと連絡のついた彼女から『結婚はまだ考えられないけど。将来の可能性として、まずお付合いからでよろしければ?』の返事が来たのだから。返事が遅くて不安にはなってもすでに好意を抱いている矢野が怒るようなことではない。
矢野もそれは自覚していたので、ちょっとすねた振りをしていただけだ。
「判りました。そのことは忘れます。それよりも、今日のことですけど」
自分で調べたことを彼女に説明した。
「貴之さんもいろいろと調べてくれたのですね。残念ながら新たな情報はなかったけど、大伯父さんに会えるのは楽しみです。それに、マジカルカルテットのことは調べたんですけど、それぞれの方々の家族や縁者を追うことは私の少ないお給金ではできなくて。諦めていたんです」
「僕も、判らないことは多かったけど、矢野の大伯父がまだ健在なので久しぶりのご挨拶したいということで時間を取ってもらったんだ。あの先を曲がると家があるはず」
ふたり並んで仲良く歩いていく。結城は白い日傘を差しノースリーブの白いブラウスから日焼けの跡のない白い肩が伸びている。腕には黒のアームカバー、腕の白さが際立っている。盛夏の日差しの中では眩しいばかりだ。先ほど日傘を振り回していたとはとても見えない。完璧なお嬢様のように見える。矢野は思わずちらちらと目で追ってしまう。
「貴之さん? わたし何か変ですか? さっきからちらちらと」
矢野は女性とお付き合いした経験はほとんどない。名前で呼ばれることにも慣れていなくて彼女の声色で響く自分の名前が聞こえる度にドキドキしてしまう。
「いえ、結城さんは色が白いなと」
「あら、いつきって名前で呼んでください。わたしはその方が好きです。それに色が白いのは、実験室にこもってばかりで外に出ないからですよ」
「そういえば、いつきさんの研究のこと詳しく聞いていませんでしたね」
矢野は、どぎまぎをごまかすかのように色気のない話を振ってしまった。
「そうですね。では、話せる範囲で。わたしは、自分の適性に従った時空間干渉魔法の応用を研究しています。その中で、因果律を含めた時空間遮断がいまの研究テーマです」
「すごいですね。僕には全く判りません」
結城はニコニコと、研究者の笑顔を向けてくる。説明したくて堪らないのが見て取れた。
「残念です。もう大伯父の家に付いてしまいました。また今度、説明してくださいね」
「約束ですよ。説明するのとても楽しみです」
矢野は内心後悔していた。
「それで、今日は何の用事なんだ。こんな美人を連れて、結婚の報告をわざわざ俺にするのも変だし、五年ぶりに突然やってきて挨拶だけと言うのもないだろう。魔法科高校に入学するという報告以来、卒業の時も連絡がなかったのにな」
応接に通されるや、目の前に座る大伯父は挨拶が終わる間もなく問いただしてくる。もう九十になろうかというのに言葉も姿勢もしっかりしたものだった。
「まだ、婚約もしてないよ。そんなことじゃなくて! あの、今日はどうしても知りたいことがあって。大伯父さんにはちょっと聞き難いことだったんで、直接聞こうとやってきました」
大伯父の顔に警戒の色が浮かぶ。ただ、心当たりがなかったのだろう黙って、矢野の次の言葉を待っていた。
「あの、実は従伯父さんのことを教えて欲しくて」
「なんだと、耕輔のことをか? なんでまた」
大伯父の表情が止まる。彼にとっては四十余年の時間は止まったままなのであろう。ある日突然何の痕跡も残さず忽然と消えてしまった息子のことを聞きに来る者がいるとは考えてもいなかったのか。目だけが激しく動いている。内心の動揺から立ち直ったのかゆっくりと口を開いた。
「何を聞きたい? だが俺は何も知らない。俺が聞きたいくらいだ」
顔に哀しみの色が浮かぶ。矢野は申し訳ない気持ちが湧き上がるのだった。
「あまり聞けなかったな。それに、大伯父はほとんど何も知らないようだった」
向かいに座り、紅茶に口をつけている結城に声を掛けた。大伯父宅はすでに辞しており帰り道で見つけた時代を感じさせる喫茶店で休んでいるところだった。結城はソーサーをテーブルに置いて、両手を組んであごを乗せる。今日のことを思い直していた。
「そうだね。何だか申し訳なかった気がする。息子さんが突然失踪してなんの手がかりもないってのは苦しいよね。哀しみをいまだ抱えたままで癒せていないんだね。そうと知っていたら来なかったのに」
矢野は鞄からサテンの袋をとり出しテーブルの上に置いた。
「うん。でも、これを預かれたから来た甲斐はあったよ。これが今日の最大の収穫だな」
袋の中身を取り出し慎重にテーブルの上に置いた。それはブローチのようにも見える。中心に不規則な形をした直径二センチ程の半透明の石が組み込まれており、周りを赤と緑の宝石が取り巻いている。かなり古いものと思われる。台座の金属は腐食が進んでおり、布で作られた後ろ当てはだいぶほつれている。真ん中の石の中心には黒い芯があり、宝石としてはあまり高価なものには見えなかった。
「判るかなぁ。わたし履歴読み取りの魔法はそんなに得意じゃないんだけど」
結城はブローチに手をかざし、口の中で呪文を呟く。矢野はその事に感嘆した。
現代の魔法使いは魔法行使にあたり、MAAD=Magic Asist Agent Device(魔法補助仲介装置)の補助により魔法式の計算を行う。MAADが開発される前には、魔法使いは魔法式の計算を無意識の暗算で行えるように血のにじむ訓練を行ったものだ。呪文は無意識の暗算を呼び出すためのキーワードである。だが彼はMAAD無しには魔法は使えなかった。
彼女は昔ながらに呪文を唱えることで魔法を使った。呪文が意識を変容させ意識の奥底に訓練で刻み込んだ無意識の回線を繋ぐ。その物体に刻まれた魔法的履歴が読み取られる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます