手元に花火、夜空には銀河

@Marks_Lee

第1話

「ねぇ……今度の夏祭りさ。一緒に行かない?」


「えっ?」


そう彼女に言われた時、僕は言葉に詰まった。

彼女は、小学校からの同級生で、中高ともに同じ学校で、そしていつからか僕の淡い心痛の原因だった。


ふと気づくと視線を追ってしまうし、他の男と話しているとモヤモヤする。


「ほら、私達高2じゃん?来年は受験なんかで遊べる気しないし。何か一つ夏の思い出を残したくてさ」


「うん、いいよ。行こう」


「ほんと!?じゃあ、集合場所は……神社の鳥居の前で!」


「うん、わかった」


「他のみんなも誘ってくるからねー」


他のみんな、か。僕一人誘っているわけではなかったんだな……そう考えると心臓のあたりがぎゅうっとなると共に勝手に落胆してしまう僕がいた。


夏祭り当日、待ち合わせの時間より少し前に待ち合わせ場所に着いた。スマホを確認すると、30分前。


カラン、カランと下駄の音が石畳に反響して近づいてくるのがわかる。


「おまたせ。その……似合ってる?」


僕は彼女を見た瞬間に、言葉が出なかった。それほどまでに美しく儚い。そんな印象に思えたからだ。


薄桃色の浴衣に生成り色の帯。髪は、学校でいつもみる髪型とは違い、後ろでひとつにまとめられてうなじがあらわになっている。


「うん、とても似合ってる」


僕は、そんなありきたりな言葉しか出なかった。


「じゃあ、行こっか」


「うん。そういえば他のみんなは?」


「なんかね、予定が合わないと言われたり別のグループと一緒に行くから行けないって言われて断られちゃった」


「そうなんだ」


彼女と二人。側から見たら仲の良い友達かカップルに見えるか……そう考えるとすこしだけ頬に熱が点る。


神社の出店を二人で巡る。焼きそばのソースが焦げる匂いやりんご飴や綿菓子などの糖蜜の香りが鼻をくすぐり、その度に足が止まってしまう。


「何か食べる?」


「うーん、その前にお詣りしたいかな」


「お詣りか。うん、行こう」


祭りの喧騒の中、目的の本殿に着いた。

氏子の人たちに一度頭を下げ、お詣りしてもいいですか?と聞くとかまわないと言われたのでお詣りをする。


5円玉を財布から取り出し、賽銭箱に投げ入れる。

となりには彼女。願いはただ一つ。

深く、深く、お願いをする。


普段、神様なんて信じてもいないのに、この日だけはどうしても叶えてほしかった。


いつまでもこの時が続けばいいのに、と。

ただ、時というものは素晴らしく平等であり残酷だ。


「何お願いしたの?」


彼女からそう言われ、僕はそっぽを向くしかできなかった。耳まで赤くなっていたから、よく見たらわかるかもしれないけれど。


「私はね、今日のこの瞬間が思い出に残りますようにってお願いしたよ」


「そうなんだ」


彼女の願いも僕と似たりよったりだった。そこがなんとも嬉しくて、こそばゆくて、胸が高まるのを感じる。


「よし、お詣りも終えたし出店行こっか」


「うん」


彼女と二人して並んで歩く。今後、こんなことはあるのかもわからない。ただ、今はこの瞬間を残したい。そう思ってしまった。


出店で、焼きそばと綿菓子を買い、他にはないかと出店を冷やかしながら歩いていくとヒモくじの出店が出ていた。


彼女と一回づつ、たくさんあるヒモの中から一本づつ選ぶ。そのヒモを慎重にするすると引くと、彼女が好きだと言っていたキャラクターのぬいぐるみが当たった。彼女の方を見ると、手持ち花火のセットを引き当てていた。


当てた人形を彼女に渡す。


最初は戸惑っていた彼女だったが、嬉しそうに抱きしめるとくすぐったそうに笑っていた。そんな彼女の笑顔が見れただけで本望だ。


「帰ろっか」


「うん、家まで送るよ」


「ありがとう」


彼女の家まではここから歩いて10数分。それまでに僕の心の想いを伝えられるかどうか。


彼女の下駄の音だけが空しく響いてく。話題も尽き、タイミングもうまく掴めない。


そうこうしているうちに、彼女の家の前に着いてしまった。


彼女を玄関先まで送り、帰路に着こうとすると彼女が袖を掴んできた。


「あのさ、もうちょっとだけいい?」


「うん、どうしたの?」


「ほらあそこ。見えるかな?小さな公園があるんだけど……そこでこの花火しない?」


「いいね、やろう」


「ちょっと待ってて。バケツとってくるから」


彼女は急いで家の中に戻り、玄関の扉を勢いよく閉めた。ドタバタと聞こえたかと思っていたら、バケツの中には水の入ったペットボトルと缶ジュースが数本入っている。


「バケツ、持つよ」


「ありがとう。じゃあ私が花火持っていくね?」


彼女と一緒に公園へと歩いていく。

その公演は、本当に小さな公園で小さなブランコとサビが浮いた滑り台ぐらいしか遊具はなかった。


彼女は、ペットボトルに入った水をバケツの中にこぼしていく。どうやら、花火を片付ける時のために持ってきたらしい。


「はい、これ」


彼女から渡されたのは350ミリ缶の炭酸飲料。渡された僕は、喜んで貰い受ける。プルタブを開けると、シュワっという音が弾けた。


彼女もジンジャーエールの缶を開け、近づけていく。

その時に二人の距離が先ほどよりも近くなっていくのを身をもって感じた。


「かんぱーい!」


「かんぱい」


炭酸飲料はよく冷えていた。外気との気温差で汗をかいてはいるが、飲み干すまでには清涼感は味わえる。


「美味しい」


「うん……不思議だよねー。一人で飲んでてもジュースはジュースなのに二人で飲むといつもと違う味がするの」


手持ち花火に火をつけ、花火を楽しむ。火花の色が赤、桃、黄緑、橙へと色とりどりに変化していくのを二人で楽しみ、時間はあっという間に過ぎていった。


袋に入っていた花火はほぼ終わり、残るは線香花火だけになった。


線香花火に火をつける。


花火はパチパチと小さな音を立てながら、小さな彼岸の花のようにその短い光を精いっぱいに輝かせていた。


パチパチパチパチ……と最後の灯が消える。


「終わったね」


「うん」


「本当はさ。もっと早く誘おうと思ってたんだ」


「もっと早く?」


「うん。小学校の時も中学の時も。誘おうと勇気を出したんだけど……ダメだった。今年が最後のチャンスと思って声をかけたらいいよと言ってくれてすごく嬉しかった」


「僕もだよ」


「え?」


「君とお祭りに行って、こうして二人で花火をして。こんなに幸せなことが起こりすぎて明日には死んじゃうんじゃないかと思ってしまう」


そう言った後、彼女の顔を見てみると暗闇でもはっきりとわかるくらいに赤くなっていた。


二人の距離が近づいていく。


30センチ。20センチ。10センチ。5センチ。1センチ。


唇同士が触れ、二人して照れながら笑い合う。

初めてのキスは、ジンジャーエールの味だった。

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