第29話:迷い人
「迷い込んだ?」
「ああ。ある朝、友人と一緒に山の中で山菜を採っていたら、いつの間にか、この世界へと迷い込んでいたんだ」
「山菜採りって……………何故、そんなことを」
「毎朝の日課だったんだ。早朝に山菜を採り、帰ってから朝食。そんでその後に仕事………………これが主な1日の流れだった」
「ずっと働きっぱなしだったのか?」
「そんな訳ない。途中は昼食だったり、茶を飲んだりと休憩しながらだ。で、仕事が終われば銭湯に行って疲れを取り、後は帰って寝る。そんだけだ。とんでもなく疲れるから、よく眠れるぞ〜」
「銭湯?自宅に風呂はなかったのか?」
「ああ。火事が怖ぇからな」
「ん?火事?」
「懐かしいな……………んでよ、仕事の量はその日によって違うんだよ。多い時もあれば、少ない時もある。だから、当然終わる時間はいつも決まってないんだ」
「なるほどな。依頼によって、その日のスケジュールが変わると……………聞いてると企業で働く一般社員とかではなく個人事業主って感じだな。結構、特殊な職業だったのか?」
「個人事業主?何じゃ、そりゃ?私が言ってるのは依頼されたことを作業場兼自宅でもある場所で黙々とこなすということだ」
「内職みたいな感じか?」
「内職?お前はさっきから、何を言ってるんだ?」
「どうにもさっきから、話が噛み合わないな……………ちなみに従業員、つまり一緒に仕事をする仲間はいるのか?」
「仲間?弟子なら、いたが」
「へぇ〜凄いじゃないか。もしかして代々続く、有名な店とかなのか?」
「いや、そんなんじゃない」
「弟子も同じスケジュールで動いていたのか?」
「ああ、そうだな。あいつらはよく頑張ってくれていたな」
「へ〜。でも、そんだけ疲れるってことは帰ったら、遊んだりとかできないな」
「ああ。だから、できることといったら、寝ることだけだな。それに室内の遊びだと双六・カルタ・囲碁・将棋ぐらいしかないからな」
「いや、もっとあるだろ。ゲームやテレビに漫画、あと人によってはペットと戯れたりとか」
「ゲー………ム?テ……レビ?漫……画?ペッ…………なんだって?」
「…………ちょっと待て。まるでその単語を今日初めて聞いたような反応だが、好みでなくとも流石に知ってはいるだろ」
「?」
これは…………まさか。目の前のリッチ・エンペラー…………いや、リョウマのこの反応を見て、俺は1つ確信したことがあった。
「お前が元いた世界での時代は何だったんだ?」
「は?そんなの"江戸時代"に決まってるだろ」
「やはり…………か」
本人の反応から察するに俺をおちょくっている訳でもふざけている訳でもない。となれば、答えは1つ。俺が向こうで暮らしていた時の時代とは違うということだった。
「ちなみに仕事の依頼というのは?」
「俺は刀鍛冶をしていてな……………よく幕府や有力な武士から刀の製作や研ぎを頼まれたんだよ」
「なるほどな」
これは話が噛み合わない訳だ。俺はてっきり、同じ時代からやってきたもんだとばかり思っていた。とするならば、異世界へとやってくる際には時間軸が滅茶苦茶になる………………か、そもそも向こうで流れている時間とこちらで流れている時間に差異が生じているかということになる。どちらにせよ、これは貴重なデータだ。もしかしたら、これから出会う異世界人もバラバラな時間軸の可能性がある。
「私のことはこれでいいか?」
「ああ。助かった」
「じゃあ、次はシンヤのことを聞かせてくれないか?」
「分かった。俺は」
そこから俺は自身の出生からこの世界にやってくるまでの全てを話した。
「なるほど……………そういうことか。どうりで話がいまいち噛み合わない訳だ。そうか。私よりも後の時代の者か」
「聞かなくていいのか?お前が生きていた時代よりも後のことを」
「いや、いいんだ。その後、向こうの世界で何が起こっていようとこちらの世界で暮らしていた時間の方が圧倒的に長いんだ。私はすっかり、この世界の住人なんだよ」
そう語るリョウマの表情はどこか寂しような嬉しいような複雑なものだった。そして、それは俺には到底できない表情だった。確かに今、ここでこいつと戦えば間違いなく勝てる。おそらく、それ以外でもこいつにはほとんどの分野で負ける気がしない。しかし、リョウマのその表情は今の俺では絶対にできない…………様々な経験を積み長い時を生きた者にしかできない非常に味のあるものだった。見た目がガイコツそのものであり、表情など分かりにくいのが普通。なのにそこから感情が読み取れるなんて本来はあり得ない。それほどこちらに訴えかけてくるものがある……………俺はこの時点で軽い敗北を喫したのだった。
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