第27話:闘骨の監獄



「し、信じられない…………」


ぼくは今、とんでもない光景を目の当たりにしている。


「とうっ!!……………ビオラさん、ボケ〜ッとしてたら、駄目だよ?ここは戦場なんだから」


「う、うん。ごめんね」


そう。シャウロフスキーくんの言う通りだった。ここはダンジョンの中なのだ。いつ何時も気を抜いたりなんかできない。ってか、してはいけない。そんな場所なんだ……………でも、ぼくが思わず、こうなってしまうのも無理はないと思う。なんせ、ダンジョンに入ってからというものの、シンヤ達はずっと走りっぱなしだったのだ。それもぼくが出せる限界のスピードに合わせて走ってくれている……………くれているのだが、問題はそんなことではない。通常、ダンジョンというものはもっと慎重に進むべきなのだ。どこにどんな罠が張り巡らされているか分からないし、敵が突然目の前に現れるかもしれない。しかし、シンヤ達はそんなことお構いなしに走り抜けているのだ。敵と遭遇すれば走りながら倒すし、罠を作動させれば結界?とやらで弾くし、もう滅茶苦茶だ。これをシンヤは"ゴリ押し戦法だ"と言っていたが、正直意味が全く分からない。


「っと!!」


そうこうしているうちに最後尾にいるぼくの方まで取りこぼした魔物が回ってきた………………いや、これはわざとだな。シンヤ達なりの優しさだ。こういうところで少しでも強くなっておく為にあえて、そうしてくれているんだ。さっきから、体力の限界が近付く度に魔法で回復されているのもそうだ。全てはぼくの為を想っての行動。何てこの人達は優しいんだろう……………


「シンヤさん、なんかビオラが涙を流しながら感激していますが」


「ここはダンジョンの中だぞ?あの宣言の直後にこれか」


「いっそスピード、上げますか?」


「だな。舐めた奴には灸を据える必要がある」


ん?なんか、今不穏な会話が聞こえてきたような……………って!!


「ち、ちょっと!!いきなり、スピード上げ……………ま、待ってよ!!!」






―――――――――――――――――――――






「ここが中間層か」


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」


俺達が軽いジョギングをしながら下りているとちょうど開けた場所に出た。そこは冒険者が100人以上は休める程のスペースがある円状の空間であり、今までの階層とはどこか違う雰囲気だった。


「ぜぇ、ぜぇ、しんどい……………ん?あれ?ここ、変な臭いがしない?」


そう。俺達も結界を解いて気付いたことだがビオラが言った通り、ここは無臭。さらにそれだけではなく、魔物の気配が一切しないのだ。


「いわゆる"セーフティーゾーン"か」


「え?何、それ?」


息を整えたビオラが訊いてくる。その横では彼女に飲み物を手渡すサクヤがいた。


「何故か、魔物が一切現れず休憩できるスペース……………それを冒険者達は"セーフティーゾーン"と呼んでいるらしい」


「へぇ〜そんなのがあるんだ」


ゴクゴクと飲みながら訊いてくるビオラ。その口の動きに軽くイラッときた。


「たまに現れるらしい」


「さっきから、"らしい"って言ってるけどシンヤ達は見たことなかっ……………いでっ!?」


地面に座りながら、調子に乗ってとうとう菓子まで食べ出したビオラの頭を俺は叩いた。


「何するんだよぅ」


「上目遣いで見てくんな、気持ち悪い。俺達はピクニックに来てるんじゃねぇんだぞ」


「だって、ここは安全なんだろ?じゃあ、ちょっとぐらいいじゃんか」


「絶対とは言い切れないだろ?だから、常に警戒を絶やしてはならない。ましてや、お前は一番気を抜いちゃいけない立場なんだぞ」


「……………ごめん」


「分かればいい……………あと、サクヤ。菓子まで出してやる必要はなかっただろ?あまり、こいつを甘やかすな」


「すみません、つい」


「全く…………どちらが甘いんだか。ダンジョンに入る前のあれも今のもビオラの為を想って言ってるというのに」


「へ?」


「おい、ティア。余計なことを言うな」


「シンヤさんの言葉がなければ、ビオラはこの先どこかで大変な目に遭っていたかもしれません。普通、何の興味もない他人に対して、ここまでしませんよシンヤさんは」


「………………そういえば、ぼくが訪ねた日に起こったことも全てぼくにとって、いいことばかりだった」


「ティア……………勘弁してくれ」


「私はシンヤさんが誤解されたままなのが嫌なんです。あなたはいつも自分がどうなっても事が進めばいいと思ってる。逆の立場で考えてみて下さい。自分の大切な人が自ら悪役になろうとしてるのを黙って見ていられますか?」


「……………」


「おそらく、あなたにこんなことを言えるのは付き合いの一番長い私くらいでしょう。ですが、みんなそう思ってると思いますよ?」


ティアの言葉に頷く一同。その中でもシャウロフスキーが一歩前へと出て、こう言った。


「僕も出会った最初の方は色々と言われてて、その時はそこまで感じていなかったけど、後々よく分かりました。師匠がどれだけ僕のことを考えて言ってくれてたのかが」


俺の目を真剣な瞳で見つめながら、そう言うシャウ。俺はそれに対して、一拍置いてから全員を見回して言った。


「悪かった、みんな。俺のことをどれだけ想ってくれているのかが今ので伝わったよ……………だが、俺は俺のやり方を変えるつもりはない。だからといって、俺は自らを悪役にするつもりも一切ない。だから、これからも見守っていて欲しい」


俺の言葉を聞いて、少しの間黙っていたティア達だったが、次の瞬間にはどこか納得したように頷くと近くにいる者同士で顔を見合わせながら、笑い合った。


「はぁ……………仕方ない人ですね」


そして、ティアのその一言はその場にいる全員の気持ちを代弁しているかのようだった。


「シンヤ!!やっぱり、そうだったんだね!!なんせ、ぼくらは姉弟!!ちゃんと絆があったんだ!!シンヤ、ありがとう!!大好きだよ!!」


いや、違った。約1名を除いてだ。こいつはまたもや、アホな勘違いをして勝手にテンションが上がっている。


「おい。いちいち抱き着いてくるな、気色悪い!」


「またまた、そんなこと言って〜。知ってるよ?普通の姉弟って、仲が悪かったりするらしいね?でも、ぼくらは違う!なんせ、義理だからね!!だから、照れ隠しなんだろ?」


「あ〜うざい。やっぱり、こいつ連れてくるんじゃなかったか」


俺達がそんなくだらないやり取りをしていると不意に目の前の地面が隆起し、そこから何者かが現れた。こいつは……………魔物か?


「どうも。お初にお目にかかります。私、このダンジョンの主の側仕えをしている"カタストロフ"と申します」


そう名乗ったそいつは見た目は骸骨がローブを纏ったようにしか見えない魔物だった。


「俺達に何の用だ?」


「至急、ご同行願いたく、こうして参った次第でございます」


そいつからは口調こそ丁寧だが、絶対に俺達を目的の場所まで連れていくという強い意思が感じられた。


「主が皆様をお呼びしております」


その瞬間、空洞なはずの目の奥が光ったような気がした。


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