第4話:支柱

「リース……………」


私は暗い部屋の中で1人、そう小さく呟いた。思えば、私が"黒天の星"へ入った当初から、シンヤさんを除いて私のことを一番気にかけてくれていたのがリースだった。事あるごとに彼女は私を誘って色々なところへ連れ出してくれた。屋台巡りや冒険者活動、さらにはオススメの本の紹介やお互いに似合う服を選んだり……………そういえば、晴れた日には一緒に日向ぼっこをしているうちにお昼寝しちゃってたなんてこともあったっけ。


「ううっ……………」


今となってはその全てが懐かしい。最初はリースさんと呼んでいたけど、途中からは"呼び捨てで呼んでいい。親友なのだから、当然!"と笑顔でそう言う彼女が私は大好きだった。リースと過ごす時、私はいつも笑顔だった。彼女は太陽だ。その笑顔は周りもみんな笑顔にしてしまうぐらい。もちろん、それでも喧嘩してしまう時や意見が食い違う時もあった。でも、それすらも私にとってはかけがえのない日々であり、思い出だ。


「っ!?思い出!?違う!だって、リースはまだ生きて……………だから、これからも」


「いいや。リースは死んだ」


「っ!?」


その時、私は驚いて思わず後ろへ振り返った。なんせ、ここは私の部屋だ。当然、私以外いるはずがない。そうでなくともここ数日、こうしてずっと引きこもっているのだ。そんな部屋へわざわざ、やってくる物好きなどいるはずがない。だからこそ、私のすぐそばに誰かが立っていることに驚いたのだ。しかもその人物というのが私の最も敬愛する人だったのである。


「リースは死んだ。これは決して変えることのできない事実だ」


「っ!?」


本来ならば、私のすぐそばに立つこの人……………シンヤさんに対してはプラスの感情しかなく、部屋に二人きりという、こんなシチュエーションもまた嬉しい以外の感情が湧かないはずだった。しかし、この時の私は違った。私は初めて、この最も尊敬し憧れとするシンヤさんに対して怒りを覚えたのだ。


「…………ふざけないで下さい」


「いや、ふざけては」


「ふざけんな!!」


私は感情の赴くままに言葉を吐き出した。おそらく、最初で最後だろう。私がここまでシンヤさんに食ってかかるのは。もしも、クランメンバーがこの場に居合わせていれば、何と言われたか分からない。だが、この時の私にはそんなことを考える余裕もなく、さらにどうあっても湧き上がる感情を抑えることができなかったのだ。


「リースはっ!リースはっ!生きてるっ!!」


「いいや。あいつは」


「あの人がそう簡単に死ぬはずがない!!」


「……………」


「きっと少し体調を崩しているだけ。そのうち、また前みたいに私の部屋を訪ねてくるんだ。"また、お茶しよう!"とか言って」


「サクヤ…………」


「だから、シンヤさんの言ってることはデタラメだよ!ねぇ、どうしてそんなことを言うの?リースは無事なんだ!ちゃんと笑顔で私の前に……………っ!?」


私が最後まで言い終わらぬうちに強い衝撃がきた。私がびっくりして顔を上げるとその正体がはっきりと分かった。なんと私は目の前のこの人…………シンヤさんに強く抱き締められていたのだ。


「ごめん……………ごめんなぁ」


「っ!?」


シンヤさんは身体と声を震わせながら、私をきつく抱き締めた。そこからはシンヤさんの色々な感情が伝わってきた。そして、何よりシンヤさんは大粒の涙を流していた……………一切、隠すことなく。


「ごめん……………本当にごめん……………リースを守ることができなかった……………彼女が辛く苦しい時、俺は……………そばにいてやることが」


「シンヤさん!それ以上はっ!ううっ!ごめんなさい!!私も本当は分かってるんです!!でも…………でも」


そう。私は気が付いていた。リースがもう帰ってこないことを……………あの平凡で幸せな日々を送ることがもうできないことを……………でも、それを認めたくなくて、だから……………結果的にシンヤさんに八つ当たりのようなマネをしてしまったのだ。


「なぁ……………俺はどうすれば、いい?こんなことを言えば、贅沢なことは重々承知しているんだが」


「はい」


「俺には愛する妻達がいて、大切な仲間達がいて、とても幸せな毎日を送っている……………でもな、1人になると思い出すんだ。リースを救い出すことができなかったことを………………親父をもっと早く見つけだせなかったことを……………お袋と過ごす時間があまりにも短かったことを」


「………………」


「俺は幸せ者なんだ。そのはずなんだ。こんなにも多くの者達に囲まれて、笑ったり競い合ったり心を通わせ合ったり………………この世界にはもっと苦しんでいる人がいる。それこそ、毎日を生きていくだけでも大変な人が。もちろん、俺の元いた世界でもそうだ…………なのに俺は失ったかけがえのない3人のことを考えて、苦しくなって……………こんなの贅沢…………いや、罪以外の何物でも」


「いいえ。それは違います」


「?」


「どれだけ今が幸せであろうが、その裏で苦しむことが贅沢、ましてや罪だなんてことは決してありません。だって、シンヤさんにとってはそれほど大切な人達だったってことですから」


「……………」


「生きとし生けるものに訪れる別れ……………それを悲しんで何が悪いんですか。もちろん、そのまま立ち止まっていては過去に縛られた状態でその人の時間も止まってしまいます。でもっ!……………本当に辛いのなら、悲しいのなら、少しくらいは休んでもバチは当たらないでしょう?」


「っ!?」


「すみませんでした。いくつか失礼な発言をしてしまって……………なんだか、シンヤさんのこの様子を見ていたら、我に返りました。と同時にこのまま、じっとしている訳にもいかなくなりました!」


「?」


「シンヤさんはゆっくりと休んでいて下さい!私が……………私が!あなたのその心に空いた穴を埋められるような存在になります!!そして、あなたを支えてみせます!!」


「へ?お前、何言って」


「ここに宣言します!!私、サクヤ・キリハラはっ!!シンヤ・モリタニの次の妻に立候補することを!!」


ポカンと大きく口を開けたまま、私を見るシンヤさん……………いや、シンヤ。私は何をこんなところで燻っているんだ!!駄目だ!こうしてはいられない!!この人を生涯支えていかなくては!!


「ふんすっ!!」


私は謎の使命感?それとも母性本能?から、腰に手を当てながら鼻息を荒くし、大きな決意をした。シンヤさんはそんな私を少しの間、じっと見つめたかと思うと次の瞬間には穏やかな笑みを見せた。


「ふっ」


「あぁ〜っ!今、馬鹿にした!!私、本気なのに!!」


「いいや、そんなこと」


「あ、そうだ!まずはこの決意が本気だってことを証明します!!」


「うん?どうやって?」


「リースの服と武器ってあります?」


「?あぁ、あの時、ちゃんと回収してあるからな」


「じゃあ、それを私に下さい」


「えっ、何故?」


「いいから!」


「あ、あぁ分かった」


私はシンヤさんから、綺麗に洗濯されたリースの形見である黒衣と武器であるシャムシールを受け取る。そして、それらを徐に装備しだした。


「おいおい…………」


「何?いずれ妻となるんだから、問題ないでしょ」


「いや、それはお前が勝手に言ってるだけだろ」


武器はそのままでも問題ないけど、服は流石に今、着ているものの上から着る訳にはいかなかった為、一旦脱いで着替える形となった。まぁ、部屋着だから一瞬だったけどシンヤさんの動体視力は半端ない為、バッチリと見られてしまったらしい。


「いずれ私の夫となる人が変態すぎる件について」


「不可抗力だろうが」


「まぁ、冗談は置いておいて」


そこで私は満面の笑みを浮かべると大きくこう言い放った。


「覚悟しておいて下さいね?私、諦めは悪い方なんです」


「…………こりゃ、参ったな」


頭を掻きながら言うシンヤさんの表情は言葉とは裏腹にどこか嬉しそうだった。シンヤさん!本当に覚悟して下さいよ!!これから、あなたが過ごす日々は悲しいことや辛いことなんて考えてる余裕がなくなるものにしてやりますから!!

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