第342話 代償

「……………なんだと」


キョウヤの驚きの発言に対してシンヤが呟き、それ以外の者達は呆然としていて、反応することすらできなかった。そんな中、キョウヤは至ってマイペースに話を続けた。


「俺は異世界に召喚されてからというものの頻繁に"世界旅行"という固有スキルを行使し続けた。とはいってもその代償はHPやMPが一時的に半分になるなどステータスに軽く負荷が掛かる程度でそれほど大きくはなく、それと引き換えに得るメリットの方が魅力的だった。だから、俺は自分の好きなタイミングで遠慮なく使っていったんだ………………しかし、それも最初のうちだけだった。徐々にスキルの求める代償は厳しいものとなり、10年が経ち、40歳となった俺は………………不老・痛覚麻痺・感情欠落といった状態に陥っていた」


「「「「「なっ!?」」」」」


「シンヤ、お前の疑問に対する答えはこうだ……………俺は35年前、"歳"という概念を失った。だから、その時から歳が一切変わっていないんだ」


「………………」


ブロン達がショックから身体を震わせる中、シンヤだけは黙ったまま、キョウヤの話を聞いていた。そして、段々と我慢ができなくなってきたブロンは思わず、口を開いた。


「キョウヤ様…………これだけは聞かせて下さい。ワシらに見せていたあの沢山の表情は感情は………………全て嘘だったんですか?」


「いや、"感情欠落"とはいっても全く感情がなくなった訳じゃない。人として大切な部分は失ったが、ある程度の感情は持ち合わせていた。だから、安心してくれ。ブロン達にしていた反応は全て本物だ。一切取り繕ってはいない」


「そ、そうなんですか?……………いや、でものぅ」


「おい、ブロン」


キョウヤからの説明を受けてもなお、あまり納得のいっていないブロンに対して、シンヤは鋭い表情になって言った。


「一体何が言いたいんだ?こいつがお前達を誑かしていたとでも言いたいのか?それとも偽りの姿を見せられていたと糾弾でもしたいのか?」


「い、いや、そんなことは……………」


「どうしたんだ?さっきから、自分達のことしか考えられてないぞ。まぁ、確かにブロンの懸念がもし本当だったとしたら、お前らはさぞ辛い想いをするのかもしれない。だが、こんな状態に陥って、どう考えても辛いのは……………こいつの方だろ」


「「「「「っ!?」」」」」


シンヤの言葉にハッとなるブロン達。その反応はまるで目から鱗が落ちたかのようだった。


「こいつは言った。"人として大切な部分を失った"と……………それがどれだけ辛いことか分かるか?」



「「「「「……………」」」」」


誰もが口を開くことができず、ただただ黙っていた。自分達が完全に間違いだったと気が付いたからである。


「"痛覚"が鈍くなる、あるいは感じなくなる、それと同時に"感情"にも制限がかかり、挙げ句の果てに"歳"まで取らなくなる………………そんなことになれば、人として生きていない、自分は何者なんだと自問自答することだって、あるかもしれない……………最悪の場合、自ら死を選んでいたっておかしくはなかった」


シンヤの静かな、しかし感情の篭った言葉が訓練場の隅から隅まで響いていく。特別、大きな声という訳ではなかったが、不思議と皆の耳には届いていた。


「………………キョウヤ、そこまでして、お前は一体んだ?」


キョウヤを真っ直ぐ見つめるシンヤ。キョウヤもまたその視線を真正面から受け止めた結果、お互いの視線がぶつかり合った。


「……………お前だよ」


「……………は?」


「異世界での…………いや、日本でのお前の暮らしぶりを見ていたんだ」


「………………お前は一体何を言っているんだ?」


シンヤは激しく動揺した。キョウヤの発言がひどく荒唐無稽なものに感じたからだった。


「俺は十奈をずっと探し続けていた結果、異世界こっちへと召喚された。別に彼女のことを諦めた訳ではないが、いずれまたどこかで会えるんじゃないか、彼女がいなくなったのには何か意味があるはずだと………………俺は異世界こっちへと着いた瞬間、思うようになった。そうなった時に俺の頭の中にあったのはシンヤ、お前のことだった」


キョウヤの言葉がシンヤの耳に右から入っては左へと抜けていく。シンヤは予想だにしない展開に混乱した頭を落ち着けようと一旦質問をした。


「……………一体何故だ?何故、俺なんかを」


「大切な1人息子を心配しない親がどこにいる?」


「っ!?」


「俺はお前のことは片時も忘れたことはない。なんせ異世界こっちにいながら、日本でのお前の様子を見る度に俺は一喜一憂していたぐらいだ。初めてハイハイをした時、初めて言葉を話した時、初めて自分の足で立って歩いた時、そして初めて名前の由来を知った時……………お前が初めてのことに出会う度に俺はそれらに心踊らされ、お前のコロコロと変わるその表情全てが愛おしくて仕方がなかった」


「くっ……………」


シンヤはキョウヤの言葉を受けて、辛そうに顔を歪ませた。そこには色々な感情が見え隠れしているように感じられた。


「だったら……………」


そして、ダムが決壊するように長年堰き止められた感情がシンヤの中でいきなり爆発した。


「だったら、何で顔を見せてくれなかったんだよ!そもそも何で俺を置いていったんだよ!!何で…………………何でもっと一緒にいてくれなかったんだよ」


気が付けば、シンヤの瞳からは涙が溢れていた。皆、シンヤが泣いているところなど一度も見たことがなかった為、とても驚いた表情をしていた。


「ふざけんな、クソ親父!!今更、ノコノコと現れて、父親面すんな!!お、俺の親は……………あの人とブロンだけなんだよ」


「……………そうだな」


「ふざけんなよ!!父親なら、俺が辛い時はそばにいてくれよ!!あの人がいなくなって、独りぼっちになった時に来てくれよ!!お、俺は………………」


「本当にそうだな。すまん」


「何でだよ……………何で言い返さないんだよ………………俺、今無茶苦茶なこと言ってんだぞ?お前の状況を知っていながら、俺は……………」


「いや、シンヤの反応は正しい。子が親を求めるのは当然の心理だ」


「だけど、お前は」


「いや、どんな理由があれど、俺はお前を置いて出て行った。情状酌量の余地はない………………だから、シンヤ。本当にすまん」


後半部分を声を詰まらせながら、言うキョウヤ。気付くと彼の瞳からもとめどなく涙が溢れていた。


「ごめんな……………本当にごめんな。辛かったよな?」


「うるせぇよ……………辛くねぇよ」


「ああ、うるさくて結構だよ……………こうして息子に触れられるんならな」


キョウヤはシンヤにゆっくりと近付き、やがて目の前まで来るとシンヤを思い切り、抱き締めた。


「ふざけんな……………クソ親父……………」


「ああ、俺はとんだクソ親父だ」


「この馬鹿が……………なんなんだよ」


「ああ、俺は大馬鹿野郎だ」


それは離れていた2人の距離を……………年月を埋めるような力強い抱擁だった。一方のシンヤは照れもあってか、キョウヤの脇腹を軽く小突いていた。


「今更、会えたって、どうしろってんだよ」


「まぁ、一般的には会えなかった分、家族水入らずで過ごすんじゃないか?確か昔、そういう"番組"がなかったか?」


「"番組"とか懐かしい単語、出してくんじゃねぇよ」


「だが、悪いなシンヤ。これからお前と想い出を積み重ねていくことはできそうにない」


「…………………は?」


シンヤの驚いた表情を見つめながら、キョウヤはこう告げた。



「俺はもうすぐ死ぬんだ」

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