第326話 披露宴
シンヤとティア達が恋仲の関係であるということは周知の事実だった。それは何も"黒天の星"または"黒の系譜"内だけに留まる話ではなく、彼らと出会った者のほとんどがその雰囲気から自然と察していた。しかし、世の中には何にでも例外というものが存在する。午前の部で"結婚式"を済ませたシンヤ達が会場をクランハウス内へと移し、午後の部から"披露宴"という名のお披露目会を実施した。これはシンヤ達に縁のある友人や知人などを招き、晴れ姿を見せて彼らに結婚という事実の証人になってもらう為のものだった。プログラム的には新郎新婦の入場から始まり、映像の魔道具によって新婦それぞれの出会いとこれまでの軌跡を見てもらいながら運ばれてくる料理を堪能してもらう。この間に行われるであろう歓談は招待客にとって、情報交換の良い機会だった。そして、全員分の映像を見終わった後、そろそろ"お色直し"の時間という時にハプニングが起きた。
「ちょっと待った!!」
そんな大声と共に開け放たれる扉。そこに立っていたのはなんと見知らぬ男だった。
「お前が結婚するなんて認めないぞ……………ティア!!」
男のその言葉に会場中の視線がティアへと集中する。そんな中、ティアはゆっくりと立ち上がると男の方に近付いていった。
「お前にふさわしいのはそんなどこにでもいるような男じゃない。もっと、こう……………なんていうか」
男はこの場には似つかわしくないボロボロの服を着ており、髪もボサボサだった。それに加えて不眠症なのか目の下に大きな隈があり、とてもじゃないが初対面の印象が良いものとはいえなかった。
「私にふさわしいって、例えばどんな方ですか?」
「っ!?そ、それはえっと…………ほら、あれだ。優しいとか、気遣いができるとか、何かお前に危険が迫っていたら守ってあげられるというか…………何よりお前のことを大事に想っている男というか」
ティアからの言葉にしどろもどろになりながら答える男。ティアは男から5mほど離れた距離まで近付いて立ち止まった。
「と、というか目の前にいるっていうか……………ボソッ」
「何をブツブツと言っているのか分かりませんが、私にとってシンヤさん以上の方はこの世に存在しません」
「っ!?な、何故なんだ!!どうして、そんな男のことを高く評価する!!あまつさえ、夫に選ぶなど……………」
「黙りなさい」
「っ!?」
ティアの一喝にたじろぐ男。そんな様子をまるで無視したティアは続けて、こう言った。
「シンヤさんがどこにでもいるような男?冗談にしては面白くもなんともないですね。そんなつまらないことを言うあなたの方がシンヤさんよりも優れているとでも?」
「あ…………いや…………その」
「だいたい、あなたは昔から何かにつけて上から目線で私に接してきましたよね?一体何様なんでしょうか?」
「お、俺はお前の為を想って……………」
「どこがですか。私がどこかに行こうとすると必ず後をついてきて、"危ないから俺に従って行動しろ"だの、"俺の言うことを聞け"だの……………あなたは私の何なんですか?」
「だ、だがっ、その結果、お前は村長によって捕らえられ奴隷として売られた!俺の言うことを聞いておけば、そんなことにはならずに済んだんだ!」
「料理を作ろうとしたり、洗濯をしたりするだけでうるさく言ってくるあなたの言うことなんて聞きたい訳ないでしょう。まぁ、でもあなたの言うことにも一理はあります」
「ほ、ほらっ!やっぱり」
「ですが、そのおかげで私はシンヤさんに出会えました」
「っ!?なっ!?」
「それにあなたの言っていることは私の為を想ってのものではありません。ただただ、私を自分の近くに縛りつけておきたいだけですよね……………トイ?」
「っ!?そ、そんな訳…………」
「とっくに気が付いていたんですよ……………あなたが私に今でも付き纏っていることに」
「………………」
「ストーカー気質なところは変わっていませんね。あ、ちなみにどんなに遠くに隠れてても無駄ですよ?私は世界最高ランクの冒険者ですから」
「ひ、ひっ!?」
次々とティアから浴びせられる強い言葉と殺気に腰を抜かす男、トイ。ところが、最後に残った微かなプライドが彼を奮い立たせた。
「お、俺はお前の幼馴染みだ。お前が無事にやっているかどうか、心配するのは当然のことだろう」
「確かにあなたは私にとって、ただの幼馴染みです。しかし、そう心配などする必要はありません。だって、知っているはずでしょう?私が今、どんな立場か」
「……………ちなみにいつから、俺の存在に気が付いていた?」
「最初からに決まっているじゃないですか。ずっとクランハウスを"望遠の魔道具"で覗いていましたよね?でも、良かったですね。私がみんなに言っておかなかったら、あなた……………とっくにこの世にいませんよ?」
「っ!?」
「さて…………くだらないお喋りはこの辺にして」
ティアはそう言いながら、指をパチンと鳴らした。すると、どこからともなく現れた檻によってトイはたちまち捕らえられてしまった。
「っ!?お、おい!!これは一体何だ!?俺をどうする気だ!!」
「私が受けたあなたからの苦しみを今、お返しします。安心して下さい。ちゃんと色はつけてあげますから」
「ひっ!?」
「列席者の皆様、本日はこのような場に足をお運び下さり、誠にありがとうございます。そして、長々とお目汚しを失礼致しました。当"披露宴"に紛れ込みました不審者は迅速に対処致しますので少々お待ち下さいませ」
ティアのその言葉にポカンとした表情を浮かべていた招待客達はやっと我に返ったのか、ハッとなって、この後の展開を見守った。
「す、すまん!!お、俺が悪かった!だ、だから、やめ………」
「えいっ」
可愛い声と共に再び、ティアが指を鳴らすとトイは檻ごとどこかへと消えてしまった。その途端、静かになる会場内。そこに司会進行役であるニーベルの声が音声の魔道具を通して、響き渡った。
「これより、新婦様は"お色直し"の為、ご中座をさせて頂きます。なお、エスコートは新婦様に近しい者達が担当致します。皆様拍手でお導き下さい」
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