第299話 舞踏会
今日はシンヤ様達の"おかえりなさいパーティー"当日。とある事情から魔族領へと赴いていたシンヤ様達の帰還を祝う楽しい楽しいパーティーだ。そこには"黒天の星"のメンバーはもちろんのこと、傘下のクラン、そしてウチらに近しい者達も多数参加していた。皆、綺麗に着飾っており、よっぽど楽しいのか、その表情は幸せそうなものが多かった…………………ごく一部の者を除いては。
「ほ、本当にこの格好でやるのか!?」
「当たり前アル。ここまで来て、何を言っているアル?」
我が紫組副長のメアリーがひどく狼狽えた表情で言った。彼女はウチに入る前は元海賊の船長を務めており、こういったパーティーにはあまり馴染みがなかった。その為、こうして衣装や装飾品を纏うことにかなりの抵抗があり、絶対に自分には似合わないから帰りたいと会場に着いた途端、言い始めたのだ。それを何とか宥め、彼女に似合う衣装と装飾品を選び、いざ本番……………となったところで彼女はまた駄々をこね出したのである。
「いやっ、絶対に似合ってないって!あたしにはこんな格好無理なんだって!」
「だから、何度も言っているアル。とても似合っているんだから、自信を持てと。言っておくけど、メアリーはちゃんと美人アルよ」
「そ、そんな訳ないだろ!美人っていうのはティアさん達とか、あそこにいる鹿人種の人みたいなのをいうんだ!」
「いや、幹部の方々は美人というか、それを超えているというか……………それに"麗鹿"ケリュネイアの美貌もまた一線を画している気がするアルよ」
「ほらな!やっぱり、あたしなんか美人じゃないんだ!」
「彼女達は例外アルよ。確かに彼女達の前ではメアリーも……………というか他の誰であっても霞んでしまうかもしれない。けど、メアリーだってちゃんと美人アル」
「う〜……………本当?」
「嘘なんかつくメリットはないアル」
「けどさ……………」
「グダグダうるさいアルね。じゃあ、諦めて帰るアルか?せっかく、あんなに頑張ったのに」
「っ!?いやっ、それは」
「はっきりしないアルね。今すぐどっちか決めないとウチの方が帰っちゃうアルよ」
「や、やります!やりますから、帰らないで!」
「はぁ〜本当に世話の焼ける部下アルね」
―――――――――――――――――――――
「ふぅ〜………………よし」
メアリーは1つ深呼吸をすると会場内へと足を踏み入れていった。どうやら先程まで一悶着あったらしく少しザワザワとした会場内だったが、それも一気に鎮まることとなった。何故なら、それに代わる目玉が現れたからである。
「お、おい…………あれって」
「メアリー…………だよな?あいつって、あんなに綺麗だったっけ?」
「俺は前から美人だと思って注目してたぞ」
「嘘つけ。前に"ティアさん最高!!"とか言ってたじゃねぇか」
実はパーティーでの所作や振る舞い方は事前にウチがみっちりと指導していた。というのもパーティーに馴染みがなさすぎて恥をかきたくないと以前、相談されたからだ。だから、徹底的に厳しく指導し、今では思わず周りの者達が振り返ってしまうほど洗練されたものとなっていた。
「どうやら大丈夫そうアルね。ただ問題は相・手・の前でもちゃんと保っていられるかどうか」
だが、メアリーもただパーティーで恥をかきたくないというだけでウチの厳しい特訓を受けていた訳ではない。そこにはある目的があったのだ。
「おっ!お前も来たのかメア…………リー」
「ああ。楽しそうだったからな」
その目的とはある人と一緒にパーティーを楽しみたいというものだった。実は最近メアリーが必死な形相で相談をしてきたことがあったのだ。内容を聞くと"最近とある人の顔を見ると何故か顔が赤くなり、胸がドキドキしてしょうがない。これは病気なんじゃないだろうか"というものだった。それを聞いた瞬間、ウチの頭にはすぐに浮かんでくる言葉があった為、はっきりと彼女に言ってやったのだ。それは恋だと。すると、かなり慌てた様子で"このあたしが恋だって!?"とか口走っていて、それが気になって問いただしたところ、実はメアリーは今までに恋なんていうものをしたことがなかったそうなのだ。そして、それは自分とは一生縁のないものだと思っていたから、驚いたと。ウチはそれを聞いて彼女の恋を応援してあげたくなり、ちょうど1週間後に行われるパーティーが相手との距離を縮める絶好の機会ということでこうして今日まで頑張ってきたのだ。ちなみにそのお相手だが………………緑組副長のライアンだった。
「な、なんだか今日のお前は一味違った感じに見えるな」
「そう?」
同じ副長同士、抱える悩みも似たようなものが多く、一緒にいる機会も多かった2人。時に話に花を咲かせ、時に大喧嘩をし、また時にはベロベロに酔い潰れながらお互いを褒め合ったりと濃い時間を過ごしてきた。その中でいつしかメアリーにはライアンに対する恋心が芽生えていたそうだ。そして、ウチの見立てではライアンの方もまんざらではなさそうな様子だった。ということでこの恋の行方をウチは最後まで見届けなければならない。彼女に相談された時点で半分は当事者のようなものだから。無関係のままでいられるはずはなかった。
「おぉっ!」
「なんだなんだ!?」
「あのメアリーがまさか!?」
「どうするんだ、ライアンの奴」
ウチが考え事をしていると周囲が一気にざわついた。彼らの視線の先を見るとどうやらメアリーがライアンに恭しく右手を差し出しているようだ。遂にこの時が来た。いよいよあれをやるみたいだ。
「私と一緒に踊って頂けませんか?」
「っ!?は、はいっ!!」
その瞬間、周囲から歓声が上がった。皆、2人のことを祝福してくれているようだった。だが、それも少しすると収まっていった。ウチが事前に頼んでおいた音楽が魔道具から流れ始めたからだ。そして、それに便乗する形であちこちで突発的に踊り始める者達が出てきた。おそらく、この機会に距離を縮めようと思ったのだろう。
「お、俺踊りなんてやったことないんだが!?」
「ふふふ、大丈夫。私に身を委ねてくれればいいから」
「ってか、お前キャラ変わりすぎだろ!!」
猛特訓した甲斐あってか、メアリーはなんなく踊りをこなしているようだった。それどころか相手のカバーをする余裕もあり、その空間だけまるで切り離された絵画のように美しく映えていた。
「っと、終わりか」
「………………」
しかし、その時間も唐突に終わりを迎えることとなる。音楽が止まると同時に多くの者達が踊りをやめ、また歓談に戻り始めたのだ。そして、それはライアンの方も同じようでこれからどうすると周囲に向けていた視線をメアリーへと戻した。
「なぁ、これからどうす」
「ライアン、聞いて欲しいことがある」
「っ!?あ、ああ」
するとメアリーは真剣な表情でライアンの目を真っ直ぐ見つめていた。これにはライアンも驚きつつ、メアリーの話をちゃんと聞こうと彼女にしっかり向き合った。
「あたし、馬鹿だから上手く伝えられないかもしれないけど最後まで聞いて欲しい」
「分かった」
メアリーは深呼吸をするとライアンをしっかり見据えて話し始めた。
「あたしが"黒天の星"に入ってから色々なことがあった。最初は右も左も分からないことだらけで戸惑うことも多かった。副長という立場に本当に自分なんかがふさわしいのかと悩む日々だった」
ライアンは一言も発することなく、メアリーの言葉をただ黙って聞いていた。
「そんな時、同じように悩んでいる者がいた。それがライアンだ。あたしは元海賊でライアンは元山賊。場所は違えど境遇は似ていた。そして何より抱えている悩みも同じだった。副長としてクランのみんなの役に立ちたい。だけど、それだけの力が自分にはあるのか………………常に不安を感じていた。そういった部分に共感したあたしはライアンと一緒にいることが多くなっていったんだ」
「………………」
「そして、気が付いたらライアンを目で追っていた。顔を見ると嬉しくなった。会う度に胸が高鳴った………………最近、それが恋なんだと知った」
「メアリー………………」
「ライアン………………あたしはあなたのことが好きです。これからの人生をあなたと共に過ごしていきたいと思っています。どうか一緒にこれからの人生を歩んで下さい。お願いします」
腰を曲げ、綺麗なお辞儀と共に差し出された右手をライアンは少しの間、黙って見つめていた。周囲の者はこの光景に一言も発することができず、ただただ2人がどうなるのかを見守っている。
「"黒天の星"に入ってから色々なことがあった。最初は右も左も分からないことだらけで戸惑うことも多かった。副長という立場に本当に自分なんかがふさわしいのかと悩む日々だった」
その沈黙を破ったのはライアンのこの一声だった。
「そんな時、同じように悩んでいる者がいた。しかし、その場でただ立ち止まっている訳ではなく、その人は毎日毎日自分には一体何ができるのか考えて行動していた。俺はその人のそんなひたむきさが気になっていた。何故そこまでがむしゃらに動けるのか、この先の未来が怖くはないのか…………………気が付けば俺はその人と一緒に過ごすことが多くなった」
「………………」
「また俺は元山賊でその人は元海賊。場所は違えど境遇は似ていた。そして何より抱えている悩みも同じだった。ここまでくれば親近感も湧き、その人と過ごす日々はとても楽しかった。そして気が付いたら、その人を目で追っていた。顔を見ると嬉しくなった。会う度に胸が高鳴った………………たった今、それが恋なんだと知った」
「ライアン……………」
「メアリー……………俺もあなたのことが好きです。これからの人生をあなたと共に過ごしていきたいと思っています。どうか一緒にこれからの人生を歩んで下さい。お願いします」
差し出されたメアリーの手を取り、ライアンはそう返事をした。直後、一気に湧く会場内。周囲からは拍手の嵐が巻き起こり、お祝いとして全身に酒をぶっかけられるライアン。またメアリーには元海賊仲間で今は同じ組員の部下達から暖かい祝福の言葉をもらっていた。また突発的なパフォーマンスがその場で行われ、会場内は異様の盛り上がりを見せた。とにかくその場にいる全員が2人のことを全力で祝福してくれていた。そして、そのお祝いムードはどうやら会場の外でも起きているらしく、みんながそのテンションのまま次々に庭へと出ていった。そんな中、まだその場にいた2人にウチは近付いていった。
「2人共、おめでとうアル」
「バイラさん、ありがとう!」
「ありがとう!バイラのおかげでこうなれたよ!」
「そんなことないアル。これは2人の愛が成したこと。ウチは何もしていないアルよ」
「バイラさん………………」
「バイラ……………………」
「ただ」
そこで満面の笑顔を浮かべたウチはライアンに向けてはっきりとこう言い放った。
「もしも大事な大事なウチの副長を泣かせたら、許さないアルよ?」
「っ!?は、はいっ!!」
ひどく緊張した様子のライアンが裏返った声でそう答えた。それを見たメアリーは今までで一番の笑顔を浮かべていたのだった。
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