第298話 女難
最近、オイラには困っていることがある。
「あら、フェンドさん。こんなところで会うなんて偶然ね」
それは事あるごとにオイラを訪ねてくる者がいることだ。
「偶然じゃないぞ。クランハウスまで訪ねてくれば、それは必然だろ」
その者の名はケリュネイア。"麗鹿"の異名を持つ、かの有名なSSランク冒険者である。
「何を言っているのかしら?私が行く先々に
「そんなたまたまがある訳ないぞ!まるでこっちの予定を把握しているみたいにオイラの行く先々に毎回、ケリュネイアさんが現れるんじゃないか!完全に確信犯だぞ!」
「まぁ!ようやく私の名前を覚えてくれたのね!」
「そりゃ毎度毎度、目の前に現れれば嫌でも覚えるぞ」
「でも、"さん"付けは嫌よ。なんか他人行儀っていうか、距離を感じるから」
「オイラとしては距離を縮めたくないんだが」
本人に悪気が一切ないのがタチ悪く、いくら察しの良くないオイラでも彼女の目的には薄々気が付いていた。しかし、オイラにはとある2つの理由があって、それに応えることができないのだ。1つ目の理由として、こっちは今それどころではなく、他にやりたいことがいくらでもあるのだ。だから、毎回ある程度彼女を満足させてから、他のことに取り掛かっていた。流石に彼女もそこまで空気の読めない人ではなく、オイラの邪魔にはなりたくないと頃合いを見計らって帰るようにしてくれている。その際の寂しそうな表情には多少なりとも胸にくるものがあるが、努めてオイラは気が付かないフリをしていた。
「あぁ、そうだ!そろそろシンヤさん達が帰ってくる頃なのよね?」
シンヤ様達が現在、とある事情から魔族領に赴いているということは近しい者達にとっては周知の事実だった。いくら自由がウリの冒険者といえど拠点としている街や国のギルドには一言伝達してから、どこかへ赴くのが暗黙の了解だった。もし、その冒険者達の存在がギルドの中で支えとなっている場合、彼らがいない間に緊急事態が起きてしまえば最悪だ。ところが、事前にその冒険者の出立が分かっていれば、ギルドは他の街のギルド支部への救援要請がスムーズになる。その為、有力な冒険者はギルドへ伝達してから、その土地を離れることが多かった……………例外を除けば。
「そうだな。いや〜早く帰ってきて欲しいな」
シンヤ様や幹部の方々は世界最高ランクの冒険者である為、彼らが拠点を離れることが知れ渡ると途端に不在を狙うバカが押し寄せてくる可能性がある。そういった場合はあえて言いふらしたりはせず、ごく少数の者にしか伝えないといったパターンも存在した。今回はそのパターンを使用し、フリーダムのギルドマスターとオイラ達、そして傘下のクランにしか伝えていなかったのだ。しかし、今目の前にいるケリュネイアだけは別だった。なにせ毎日鉢合わせをする為、その際にシンヤ様達のことが話題に上がらない訳はなく、彼女のことは信用できたから、本当のことを話していたのだ。
「凄く嬉しそうね」
「当然だ。オイラ達はみんなシンヤ様達が大好きだからな。1週間でも会えないと寂しくなる」
「………………私といる時だってそんな顔をしてくれてもいいのに………………ボソッ」
「ん?何だ?」
「いえ、なんでもないわ………………今日のところはもう帰ることにするわ」
「ん?今日は随分と早いな」
「だって、シンヤさん達の"おかえりなさいパーティー"の準備があるんでしょう?その邪魔はしたくないわ」
「っ!?な、なんでそのことを知っているんだ!?」
「さてね……………あ、ちなみに私もそのパーティーに参加させてもらうから。もちろんウィアやハーメルンも一緒にね。どうやら顔見知りも参加OKらしいし」
「なっ!?」
「じゃあね〜」
「………………凄く嫌な予感がする」
これからのことを考えてオイラは頭を抱えた。
「ケリュネイアがパーティーに来るということはきっと奴もやって来る」
オイラが彼女の目的に応えることができない2つ目の理由………………その原因となっている人物がパーティーにやって来ることに対して、オイラは頭を悩ませていた。
―――――――――――――――――――――
そして、早いものでパーティー当日。昨日、シンヤ様達は見たことのない者達を新たに
話してくれると思う。一体向こうで何があったのかを……………
「それにしても凄い数だな」
会場にはオイラ達だけではなく傘下のクラン、そして顔見知りの者達が多数参加しており、思い思いに楽しんでいた。終了時間などは特に決められておらず、それぞれの帰りたいタイミングで好きなように帰ることができる。その為、動きやすいように立食形式となっており、この機会に挨拶回りをするという目的の者も多かった。服装は基本自由だが、その多くが綺麗に着飾っていた。そして、今回スィーエルさんが代表を務める服屋とレオナさんが代表を務めるジュエリーショップがタッグを組んでパーティーに来場した者達への衣装と装飾品のレンタルを行なっている。またサービスとして、着付けの手伝いもしており、その人その人に合うものを選んでくれる為、来場者も安心して参加することができるのだ。かういうオイラも一番似合うとお墨付きを頂いたスーツを着用していた。
「スィーエルさん!お疲れ様です!」
「レオナさん!まだ寝るのは早いですよ!」
「お二方共、凄くお綺麗です!」
会場内を見渡していると今し方、頭の中に浮かんでいたお二方が会場へとやってきた。おそらく休憩がてら様子を見に来たのだろう。それにしてもやはり凄い。お二方が会場入りした瞬間、周りの注目を一気に集めたのだから。オーラや強さもさることながら、その美貌は煌びやかな格好も相まって、一際輝いていた。うちの女性陣は皆、綺麗な人が多い。しかし、その中でも幹部の方々は別格だった。どこか美しさの桁が違う気がする。現に会場中が彼女達に見惚れてしまっていた。見慣れているオイラ達でさえ、思わず感嘆のため息を零す程なのだ。外部の者であれば、尚更だろう。その証拠に締まりのない顔をしている者が30名、鼻の下を伸ばして興奮している者が15名、我慢ならずに声を掛けにいく者が7名も出てきた………………なんだ、あれ
「フェンドさん!こんなところにいたのね!」
オイラが単純な男達に呆れていると遠くの方から、やけにテンションの高い声が聞こえてきた。その声にはとんでもなく聞き覚えがあった。なにせ最近ずっと近くで聞いていたものだ。
「もぅ!入口のところで待っていてくれても良かったのに!」
「でも、約束してないぞ。友人達と一緒にパーティーに参加するとは聞いたが」
「はぁ〜………………言葉通りのまま受け取らないでちょうだい。それはあなたと一緒に参加したいって気持ちの裏返しなの!でも、直接言ったら露骨過ぎるし恥ずかしいから、友人達と参加するって言ったのよ!そもそも嫌いな相手だったら、パーティーに参加するなんて教えずにこっそりと参加するわ」
「いや、毎日のように会いに来てるのに今更恥ずかしいとか」
「それとこれとは話が別よ!パーティーとかは特別じゃない。ちゃんとした格好をしたいし、あなたには一番最初にこの格好を見てもらいたかったんだもの」
「そ、そうなのか」
目の前までやって来たその人を無視する訳にもいかず、オイラはなるべく冷静に答えたようとしたが少し怒ったかと思えば今度はしょんぼりするといった相手の感情の起伏にどうしたらいいのか分からなかった。
「おい、あれ」
「ああ。"麗鹿"だな。噂通りの超美人じゃないか」
「うわ〜めちゃくちゃ綺麗だな。初めて見た」
また当然、彼女も綺麗に着飾っており、周囲の者も反応していた為、これ以上注目を集めたくはなかったし、なにより嫉妬の篭った目で睨まれるのだけは避けたかった。
「くそっ!羨ましい!」
「いいな!いいな!」
「兄貴だけずるいですよ!」
ってお前らかよ!……………さっきから聞こえていた声が部下のものだったと分かった瞬間、オイラは聞こえないフリをした。そして、パーティー後のお話が確定した。
「それで…………フェンドさん…………………この格好はどうかしら?」
「っ!?」
頭を部下のことから目の前の人物へと切り替えた瞬間、突然鼓動が速くなった。いつもとは違い頬を赤らめながら上目遣いに訊いてくる彼女を見て自分にもよく理解できない感情の変化があったのだ。とにかく、いつまでも彼女を待たせてはいけない。こうしている間にも不安そうに瞳が揺れ動いているのだ。オイラは意を決して言った。
「その……………とても綺麗です………………この中の誰よりも」
「っ!?……………ありがとう」
ここは冗談や嘘を言う場面ではないと直感的に感じたオイラは正直な自分の感想を言った。するとケリュネイアは顔を真っ赤にして俯きながら、聞こえるか聞こえないかくらいの小声でお礼を言った。
「あ、あの」
「おいっ!そこのお前!」
続けてケリュネイアが何かを言い掛けた時、突如誰かが割り込んできた。嫌な予感がして、声が聞こえた方を見てみると………………
「また貴様か!今度はケリュネイアに何をしている!」
オイラが彼女の目的に応えることができない2つ目の理由………………その原因となっている人物がそこにはいた。
―――――――――――――――――――――
現在、会場となっている"黒天の星"のクランハウス………………の外である大きな庭にオイラはいた。
「いいか?俺様が勝てば金輪際、ケリュネイアには近付くな!」
「ちょっとリョーデック!何を勝手なことを言っているのよ!」
「うるさい!俺様はお前の為を想って言ってるんだ!」
「私は好きでフェンドさんと話しているの!もう私と彼に付き纏うのはやめてって何度も言っているでしょ!」
「以前のお前なら、そんなことは言わなかった。きっと奴に洗脳されているんだな」
「リョーデック………………一体どうしちゃったの」
リョーデック・アールヴァー。ケリュネイアが毎日オイラの元を訪れていた際、腰巾着のように彼女の側をくっついていた男だ。とはいっても彼も"
「リョーデック!やっちまえぇ〜!」
「そんな奴、一瞬で片付けろ〜!」
「エルフの恐ろしさを見せてやれ!」
周囲にはリョーデックのクランメンバーが観客として声援を飛ばしており、彼自身もそれに気を良くしていた。一方、オイラの方の陣営はというと……………
「この肉うめぇ!」
「あ、そこの飲み物取って〜」
「でさ〜その時のドラゴンがまた…………」
近くにいることはいるのだが声援などは当然なく、一切こちらに興味を示していなかった。それどころか、庭で行われているバーベキューの方がよっぽど興味を唆られるらしい。
「ふんっ。仲間にすら匙を投げられるとは……………所詮、貴様はその程度の男ということだ」
リョーデックの言葉に一斉に笑い出す彼のクランメンバー。そのどれもが悪意の塊だった。元々、彼のクランは…………というか
「ん?フェンドじゃない。こんなところで何してんの?」
「あ〜……………なんか成り行きで決闘をすることになったんだ。それにしても肉が食いたい」
偶然近くを通り掛かったクーフォが声を掛けてきた。組長同士は皆、同期であり色々と話をする中で仲良くなり、一番話しかけやすい関係にまでなっていた。だからこそ、こうして話しかけてくれたんだろう………………くそ〜あいつら、呑気にバーベキューなんかやりやがって。オイラも早く肉が食いたい。
「えっと相手は………………ああ、あいつね。んじゃ、とっとと済ませちゃいなさい。じゃないとあんたの分なくなるわよ」
「おい!オイラのも残しておいてくれよ!」
無慈悲にも背を向けて肉を取りに行こうとするクーフォ。それを止める手立てなどありはしないとオイラは諦めかけた……………が次の瞬間、思わぬところから救いの手が現れて彼女の動きは止まることとなる。
「今のは"九尾"のクーフォだな。ふんっ。呆れたな。組長という同じ立場の者ですら、お前には匙を投げる始末。所詮、お前はどこまでいってもその程度の男だ、フェンド!」
「………………あんた、何言ってんの?」
珍しく怒りの表情をしたクーフォはその場で立ち止まり、振り返るとリョーデック達を睨み付けた。その眼光はとても鋭く、どんな者でも震え上がってしまう程の威圧感がそこにはあった。
「匙を投げる?誰がいつ、そんなことをしたのよ」
「ふんっ。とぼけても無駄だ。お前を含め、周りにいる仲間達は誰1人奴を応援していないじゃないか。それはつまり、この俺様に奴ごときが勝つことなど到底できはしないから諦めているに違いない。そうだろう?」
「呆れた。こんな発言をするような男が本当にSSランク冒険者なの?ギルドもどうかしているわね」
「なんだと!?」
「私達が何も言わない理由。それはね……………言う必要なんてないからよ。だって、あんたみたいなの一瞬で片付くもの。そんなことに応援なんてしてどうするのよ?無意味じゃない」
「っ!?お、お前今なんて言った!」
「あら?聞こえなかったかしら?おかしいわね。こんな近くにいる私の声が届かないなんて……………じゃあ、あっちで呑気に肉を食べてる彼らに訊いてみましょうか」
そう言うとクーフォは向こうで仲良くバーベキューを楽しんでいる副長達に大声で問いかけた。
「ネネ、アルス、エルザ!フェンドって、このクズに勝てそう?」
それに対して彼らは笑顔とサムズアップでこう答えた。
「「「余裕です!!!」」」
「ほら」
リョーデックにこれでもかというドヤ顔を決めるクーフォ。対するリョーデックは怒りのあまり肩をわなわなと震わせて、武器を抜きかけた。
「お前ら、今すぐ………………っ!?」
しかし、寸前で手を止めた。目の前のクーフォから放たれる強烈な殺気に怖気付いたのだろう。
「所詮その程度の男とかほざいていたけど、それって自己紹介かしら?言っておくけど、あんたのようなクズよりもそこで黙って立っているだけのフェンドの方が100万倍カッコいいから」
「なんだと!?」
この発言にはプライドを激しく傷付けられたのだろう。斬りかかったりはしないものの、強く歯を食いしばっていた。
「ってか、"麗鹿"ケリュネイア!今のは私じゃなくて、あんたが言わなきゃいけない台詞じゃない!」
「っ!?ご、ごめんなさい!」
この状況で突然、呼ばれたケリュネイアは慌てて返事をした。あまりにも焦っていたのか、敬語になってしまっていたが。
「ウィアやディアからはあんたのことを随分と自慢されたわよ?やれ美しくて強いだの、やれカッコよくて尊敬するだの………………しまいにはケリュネイア程の人はこの世にはいないとまで言われたわ。そんな彼女達が今のあなたを見たら、何て言うかしら?私だったら、こう言うわね。"最愛の人がボロクソ言われてるのに助けようともせずにただただ傍観しているだけのダメな奴"ってね」
「っ!?な、何よ!こっちのことなんて何も知らない癖に!」
「そんなの知ったこっちゃないわ。ただね………………ウィア達を失望させんじゃないって言ってんのよ。彼女達がどれだけあんたを想い、憧れているか考えてみたことはある?」
「そ、それは………………」
「とりあえず、あんたが今できることはフェンドを全力で応援することよ。それは私達がする応援とは違うのを意味するわ…………………だって、好きなんでしょ?彼のこと」
「っ!?そ、そうよ!悪い?私はね……………フェンドさんのことが好きで好きでたまらないのよ!他の男なんて目に入らないぐらい愛しているの!」
「だったら、全力で応援しなさいよ!それぐらいしなきゃ、フェンドは振り向いてくれないわよ!」
「っ!?フェンドさん、好きよ!愛しているわ!お願いだから、頑張って勝って!」
「………………なんか、とんでもないことになってきたな」
オイラは放っておいても勝手に進んでいくこの状況をどこか第三者のような感覚で見ていた。もしかしなくてもただただ傍観しているだけのダメな奴ってケリュネイアじゃなくてオイラの方なんじゃないか?
「なに他人事のようなこと言ってんのよ。あんたのことなんだけど?」
「そうなんだけどな………………よし、いっちょ気合い入れますか」
オイラは何が最善かを考えて、その場で答えを出した。それは全力で応援してくれたケリュネイアに応えること………………彼女の悲痛な顔は見たくはないってことだった。
「………………いい顔するじゃない。その意気よ」
「ありがとな。おかげで少しやる気出たわ……………んじゃ、あいつ、ぶん殴ってくるわ」
「はいはい………………肉はとっておいてあげるわ」
「本当か!?」
「まぁ、もしあんたが負けても骨は拾ってあげないけどね」
「上手いこと言ってんじゃねぇぞ!」
オイラは本当にいい仲間に恵まれたと思う。それもこれもシンヤ様のおかげだ。だからこそ、こんなところで無様な醜態を晒してシンヤ様の顔に泥を塗る訳にはいかない。オイラは持っていた銛を背中にかけた筒の中に入れ、握り拳を作って
リョーデックの前に躍り出た。
「ふ、ふんっ!そうまでして俺様の前に出れるとはいい度胸だな」
「いいから、早くやるぞ」
「っ!?お、おい審判!」
「は、はい!それではこれよりリョーデック・アールヴァーとフェンドの決闘を始めたいと思います!両者、心の準備はいいですか?」
「ああ」
「大丈夫だ」
「はい。では……………始め!」
「ふんっ!先手必勝!くらえ"風………」
「それいっ!!」
「ぐばあっ!?」
開始直後、オイラは敵に隙を与えることなく間合いを一気に詰め、拳を振り抜いた。
「「「リョーデックっ!?」」」
とはいっても当然本気ではなく、ちゃんと力はセーブしての一撃だった。
「し、勝者フェンド!!」
「フェンドさん、おめでとう!」
「お、おう。ありがとう」
しかし、それでも大抵の者はこれで沈む………………のだが、腐ってもSSランク冒険者。立てはしないものの、まだ意識はあったようだ。駆け寄ってきたケリュネイアを抱き止めつつ、オイラはリョーデックの動向に目を光らせた。
「く、くそっ!お、俺は負けてないぞ!まだやれる!」
審判の判断が気に食わなかったのか、抗議するリョーデック。ところが、誰がどう見ても彼が戦える状態にないことは明白だった。
「おい、あまり無理をしない方が………………」
「うるさい!負けた奴に同情していい気になるな、この魚風情が!」
「いい加減にしなさい!」
その時、頬を強く打つ音が辺りに響き渡った。それによって一気に静かになる現場。そんな中、向こうの方で肉が爆ぜる音がやけに大きく聞こえた。
「ケリュネイア………………どうして」
「あなた、恥ずかしくないの?主役でもないのに人様のパーティーで騒いで迷惑かけて……………フェンドさんには何度も言いがかりをつけて無理矢理決闘までさせるし、挙句の果てにその決闘相手が心配してくれたにも関わらず、八つ当たりとか……………どこまで厚顔無恥なの、あなたは」
「お、俺様はただ……………」
「あと一番許せないのは最後にフェンドさんに放った言葉よ。昔、そのことで叱ったわよね?種族で判断するなんて間違ってるって………………どうやら伝わっていなかったようね」
「……………いや、その時はちゃんと理解していた。ブロンさんやネバダさんも良くしてくれていたしな。ただ俺様が他種族であっても見下さない相手は………………仲間だけだ。それ以外の者も同列に扱うことはできそうもない」
「……………そう」
ケリュネイアは一瞬だけ悲しそうな顔をしてから俯き、次に顔を上げた時には無表情となってこう言い放った。
「さようなら。今まで楽しかったわ」
「っ!?ま、待ってくれ!俺に至らないところがあれば直すか………」
「ごめんなさい。今のあなたとは一緒にいたくないの」
「くっ……………こうなったのも全部お前のせいだ!魚の分際で俺様の前にノコノコ現れ………………っ!?」
リョーデックは続きの言葉を発することができなかった。というよりもその場にいる誰であってもそうであっただろう。なんせ、先程のクーフォの比にならない殺気がその場を支配したからだ。それはリョーデックだけに向けられた訳ではなくオイラ達にも向いていた。そして、それはつまりオイラ達に余計な手出しをするなということを意味していた。
「羽音のうるさい虫がいると思ったら、こいつか。何だ?最近の虫は話せるのか?」
「あ………………う……………」
「ん?あぁ、このままじゃ話せないか」
そう言うとオイラ達のリーダーであるシンヤ様は殺気を解き、重圧から解放した。ふぅ〜とんでもない方だな、全く。
「はぁ、はぁ、はぁ………………」
「んで、そこの虫はいつまでそこにいるんだ?用が済んだのなら、取り巻き達がとっとと巣まで連れて帰れよ。それともそいつらはそんなこともできない無能な連中なのか?」
「き、貴様……………俺様はともかく仲間のことを」
「分かるだろ?仲間のことを悪く言われて、どんな気持ちになるか………………お前はさっき俺の大切な仲間であり家族でもある者のことをなんと蔑んだ?………………今ならまだ間に合うから帰れ。命があるうちにな」
「くっ………………」
「か、帰ろうぜリョーデック!」
「悔しいが奴の言葉は正論だ。俺も仲間が傷付けられるのは嫌だ」
「"黒締"をこれ以上、怒らせたら俺達、終わりだよ!」
苦しい表情をしたリョーデックは仲間に説得されながらも渋々帰ることを了承したみたいだ。そこから彼は動けない身体を仲間に担がれながら、その場を後にしようとする。
「それから、今回こちらが受けた被害に対する賠償はきっちりとしてもらうからな」
「……………は?」
「まず、お前らみたいなチンピラをパーティーに招待した覚えはないから"不法侵入"が1つ。次に大きな声や音でがなり立て周囲を不快にした"騒音"。最後にうちの仲間に度重なる暴言を吐き、ひどくその名誉を傷付けたとして"名誉毀損"…………………以上のことから、しめて金貨500枚。きっちり賠償金として支払ってもらうからな」
「っ!?」
「お、おい!いくらなんでもそれは」
「お、俺達どうなっちまうんだ」
「こんな奴についていったがばかりに」
「あ、分割払いも受け付けてるから。その代わりにちゃんと払えよ?もし逃げたら………………分かるな?」
「くっ……………」
「お前は許せるか?大切な仲間が一方的にあれだけ言われ、不届き者によって楽しいパーティーに水を差されたら」
「いや」
「むしろ、その額は優しい方だ……………分かったなら、すぐにこの場から消えろ。そして、金輪際ケリュネイアや俺達に近付くな…………………ちなみに賠償金はここフリーダムの冒険者ギルドのギルドマスターに渡してくれればいい。話は通しておく」
シンヤ様のその言葉を受けたリョーデックは仲間に担がれながら、ゆっくりとその場を後にした。彼らは全員、力なく項垂れているように見えた。それもそうだろう。あの額の賠償金を支払うのがどれほど大変か………………つまり、シンヤ様はそれだけオイラが悪く言われたのが許せなかったってことだ。なんか、そのことにオイラはとても大切にされていると感じて嬉しくなった。
「さて………………みんな、悪いんだがこのまま静かにしててくれ。今からここでフェンドの告白が始まるからな」
「っ!?シ、シンヤ様っ!?な、何を言っているんですか!?」
その瞬間、周囲から生暖かい視線がオイラとケリュネイアに注がれた。オイラは咄嗟に抗議したがシンヤ様はそんなオイラに対して、こう言った。
「お前、さっきケリュネイアに気持ちを告げられたよな?それなのにお前はそれに対して何の返答もしないつもりか?」
「っ!?それは………………」
「この際だから、よく考えてみろ。お前はケリュネイアのことをどう思っている?毎日のように押し掛けてくるただのうざい奴か?それとも健気で明るく一緒にいて楽しい奴か?今日の彼女を見てどうだった?何度も胸が高鳴ったんじゃないのか?そもそも決闘を引き受けたのは何故だ?彼女の気持ちに応えようとしたからじゃないのか?」
「オ、オイラは……………」
「逃げ道を探すな。断る理由を探すな。理屈ではなく素直に感じたことを言葉にしろ」
「自分の気持ちを……………」
「ああ……………お前は彼女…………ケリュネイアのことをどう思っている?」
「…………………」
オイラは目を瞑り、ケリュネイアとの今日までを振り返った。余計なことを省き、ただただ自分の感情と向き合った。するとすぐに見えてきたものがあった。そうか。この感情の正体はきっと………………
「ケリュネイアさん!」
「っ!?は、はい!」
緊張して思わず大きな声を出してしまい、ケリュネイアを驚かせてしまったが今はそんなことを気にしている余裕はなかった。なにせ一世一代の告白をするのだ。それが彼女の気持ちを受け入れるにせよ、断るにせよ非常に勇気のいることだった。
「あなたのことが………………好きです!よろしければ、今後の人生を末永く共にして下さい!」
「はいっ!!」
その瞬間、周囲からは拍手の嵐が巻き起こった。お祝いとして全身に酒をぶっかけられ、焼きたての肉を目の前に置かれた。また気を利かせてか、火魔法でハートの輪っかを作ってくれている者もおり、突発でパフォーマンスも行われた。とにかくその場にいる全員がオイラ達のことを全力で祝福してくれていた。そして、そのお祝いムードはどうやら会場内にも伝わったのか、みんな次々に庭へと出てきてお祝いをしてくれた。誰もが自分のことのように喜び嬉しそうにしているのを見て、オイラは涙が止まらなかった。ふと隣を見るとそんなオイラに向けて同じように泣きながら笑顔でいる最愛の人がそこにはいた。それをたまらなく愛おしいと感じたオイラは彼女を強く抱き寄せ、お姫様抱っこで持ち上げてから、この人が最愛の人だと堂々と宣言した。とにかく、今日ほど心が踊った夜はない………………それはオイラにとって今までで一番楽しく幸せな時だった。
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