第296話 別離花想

嫌な予感がしていた。それは二手に別れた時からずっとだ。シャウが魔王と戦っている時もその後、サクヤと魔王が刃を交えている時も、そしてシンヤが覚醒状態のシャウを止めようとしている時でさえ、心がザワザワとして落ち着かなかった。現にその心を沈める為にシンヤに2回も抱きついてしまった程だ。本当にどうかしていると思う。今までこんなことはなかった。しかし、あの時……………国内に残る自分とは違い、国民達の安否を常に気にしていた彼女がどこか覚悟を決めた表情で出口へと向かった時、突然嫌な予感が全身を駆け巡ったのだ。事前に何の相談もなかったから彼女が一体何を考え、どんな行動に出るのかは分からなかった。だから、そんな風に感じたのだろうか………………いや、違う。根拠はないがそれだけは明確に違うと自信を持って言い切れる。何故なら、彼女との付き合いはこの世界に生きている誰よりも長いからだ。確かに途中、離れ離れとなっている間は一時的に心も離れてしまった。けれど再会してからは共通の目的の為に一緒に行動していたのだ。それは離れてしまった心を再び近付け、むしろ昔よりも断然心の距離が近くなったのを感じていた。きっと彼女もそうだろう………………そう感じてくれていると嬉しい。とにかく、こうしている間にもどんどんと大きくなる胸騒ぎを意図的に無視しつつ、妾はあの場所へと急いだ。









――――――――――――――――――









"全てが終わりましたら、あの場所で落ち合いましょう"


そう言ったのはネームだった。あの場所とはまだ妾が幼かった時に彼女がよく内緒で連れ出してくれた場所だった。その名も"輪廻の泉"。ギムラの出口を抜け、すぐそばの森の中を5分程歩いた場所にそれはあった。夜になると淡く発光する"別離花わかればな"が円で囲むように咲き誇り、その中心に透き通る泉が存在する。その泉に入った者は人生をやり直し、新たな自分へと生まれ変わることができるという言い伝えがあった。第三者が聞くと荒唐無稽に思われるこの話だが泉と花による幻想的でとても美しい光景は思わず、そんな話を信じてしまいたくなる程でギムラの民はことある毎にそこを訪れていた。ところが、今この時に限っては妾を除いてあと1人しかそこにいなかった。正確には妾は息を荒げながら立ち、もう1人は………………うつ伏せに倒れていたのだが。


「ネームっ!!」


妾は急いで彼女のそばに駆け寄り、上体を起こした。ネームは別離花わかればなに埋もれる形で倒れ伏していたのだ。その為、表情が見えず、どんな状況なのかがはっきりとしなかった。


「イヴ……………様。良かったです………………ご無事で」


「妾のことはよい!そんなことより今はお主の方が大事じゃ!」


妾が注意深くネームを見ていると彼女のそばに落ちている1本のナイフと周りに飛び散る鮮血が視界に入った。


「っ!?すぐに止血する!」


ありったけの魔力と共に手を翳して魔法を発動させようとした瞬間、ネームが妾の腕を掴み、首を横に振った。


「イヴ様…………いいんです」


「な、何を言っておるのじゃ!すぐにでも止血せねば死んでしまうんじゃぞ!」


妾はネームのまさかの行動に怒った。しかし、ネームはそれに臆することなく続けて、こう言った。


「今からではどのみち間に合いません」


「そ、そんなっ!?」


落ち込むでもなく悲しむでもない、淡々と告げられた内容に妾は心をナイフで抉り取られたような感覚を覚えた。


「イヴ様も気が付いてますよね………………私の命がもうあと僅かなこと」


「そ、そんなことはないのじゃ!なんたって妾は最高ランクの冒険者じゃぞ!この世に不可能なことなんてなにも………………」


「イヴ様!!」


「っ!?」


初めてぶつけられた強い言葉に妾は少しの間、固まってしまい動くことができなかった。一方のネームはそんな妾を気にすることなく、こう続けた。


「いくら最高ランクの冒険者にだってできないことはあります。それは"時間を巻き戻すこと"と"人を死から掬い上げる"ことです。確かにイヴ様やシンヤはとんでもない魔法が使えますし、その中には回復の魔法だって含まれるでしょう。でも………………死の運命が決まっている者を救うなんて無理なんです。そんなことはそれこそ神様にだってできないかもしれません」


「っ!?」


見ない振りをしていた現実をネームの方から告げられたことで妾は心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。そんな妾の顔を見たネームは妾を落ち着かせようと優しく微笑んだ。


「そんなに慌てないで下さい。生きとし生けるものは皆、いずれは朽ち果てていくのです。永遠なんてものはこの世のどこにもありませんから」


「じゃっ、じゃが!何もこのような……………」


その時、妾の言葉を遮るようにしてネームは言った。


「私は元々、イヴ様の父君であらせられる先代国王様に拾われた身です。それは家族から親戚から、そしてありとあらゆる者達からの救いとなりました。その恩返しがしたくて今日まで生きてきたのです。だから、そんな顔はしないで下さい。元々、私は一度死んでいる身なのですから」


「そ、そんな話は聞いたことがないのじゃ」


「このことを知っているのは私と先代国王様だけです。私はギムラの平民の出身ということになっています。今まで黙っていて、すみませんでした。でも、イヴ様だけには知られたくなかったんです。私の過去を知られればイヴ様に嫌われてしまう。それだけはどうしても嫌だったんです。最初は仕事として、ただお世話をする相手としか見ていませんでした。しかし、いつからか私にとってイヴ様は先代国王様と同じように特別な存在となっていたんです。こういうのが本当の"家族"なのかとも思いました」


妾はネームの言葉をひとしきり聞き、ある感情が芽生えていた。それは怒りだった。それはネームに対してと間抜けな自分に対してのものだった。


「ば、馬鹿にするでない!!」


「っ!?」


「元々、死んでいる身でだから、どうなってもいい?ぶざけるでない!お主は今ちゃんと生きておるじゃろう!それと妾はネームのどんな過去を知ろうが嫌いになることは決してない!見くびるでないわ!確かに離れている間は心まで離れていたやもしれん。しかし、嫌いになどなっておらんわ!心の奥底ではお主との繋がりがまだあるんじゃ!それがこうして再会して、以前よりももっと近くなれたというのに……………………」


「イヴ様……………」


「じゃが一番の大馬鹿者は妾じゃ。お主のことを何も分かってなかった。お主がどんな思いで妾に接してくれておったのか、どれだけの覚悟を持ってフリーダムまで来てくれたのか、そして何より、あれほどまで国民達のことを想ってくれていることを妾は一切知らなかった」


「…………………」


「滑稽じゃよ。何が"世界最高ランクの冒険者"、"ありとあらゆる魔法が使え、できないことは何もない"じゃ…………………大切な1人救うことができないのにそんな称号なんてまるで無意味じゃ!皮肉にも程がある!!」


「っ!?い、今………………私のことを家族と」


「当たり前じゃ!言っておくが妾はお主のことを愛しておるし、本当の家族だと思っている!これは未来永劫、変わることがないものじゃ!」


「っ!?わ、私もです!私もイヴ様を愛しています!家族だと思っています!」


「ううっ……………ネーム」


「イヴ様……………ううっ」


そこから妾達は涙を流しながら抱き合った。お互いに深く想い合っているからこそ、感情が溢れて止まらなかったのだ。そしてどのくらいの間、そうしていたかは分からないが気が付いたら、妾はそっと身体を離し、ネームの涙を指で拭っていた。


「どうやら、そろそろのようです」


「そうか……………」


思わず暗くなりそうになった妾じゃが笑顔でいるネームに対して、それは失礼だと感じた為、咄嗟に他のことを考えた。すると先程のネームの発言の中で違和感がある部分を思い出し、それを尋ねた。


「そういえば、さっき迫害を受けていたと言わんかったか?それは一体どういうことなんじゃ?」


「それは……………」


「お前が"忌魔"だからだろ?」


その声は突然、妾達から少し離れた場所で聞こえた。そして、それは静かな空間によく響いた。


「「シンヤっ!?」」


「悪いな。イヴが慌てて走っていったのを見て、後をつけさせてもらった」


神妙な顔をしたシンヤは固有スキルの"透過"を解除して、妾達のそばまでやってくる。妾はというとネームのことに夢中で全く気が付かなかった為、少しの間呆然としていた。


「話を戻すが、おかしいとは思っていたんだ。お前は魔王の話をした時、実際に見聞きした魔族以外はほとんどの魔族が半信半疑だと言っていた」


「っ!?そ、そうだな」


いきなりのことで驚いていたネームはシンヤの言葉に慌てて反応する。


「そんな中、お前はほぼ確信に近い状態だった。それを俺が聞いた時、お前は非常に答えづらそうにしていた。理由はこうだ…………………お前自身が魔王候補である"忌魔"で忌魔同士はお互いのことを感知できるからじゃないか?」」


「……………よく分かったな」


「あの後、魔王本人に聞いたからな。ちなみに魔王もお前の存在に気付いていたらしいぞ。特に害がなさそうだから、放置することに決めたみたいだが」


「シンヤの言う通り、私は"忌魔"だ。先代国王様はそこまで分かっていた上で私を一世話係として、お城に置いてくれたんだ。それから忌魔はお互いにあまり干渉や傷の舐め合いなどはしない。複数で固まっていると忌魔だとバレるリスクが高まるからな」


「そうじゃったのか」


妾はまたもや知らなかった事実が増えたことで激しく落ち込んだ。いくら黙っていたとはいえ、ずっと一緒にいたのに気が付かず、ましてや妾よりも付き合いの浅いシンヤの方がネームの違和感に感付いていたのだ。どちらかというと後者の部分の方がショックは大きかった。


「何はともあれ、今までお疲れさん。そして、ありがとな。少しの間だったがネームと一緒に旅ができて楽しかった。みんなもネームがいてくれて良かったと口々に言っている。特にシャウがとても親近感を覚えていたらしく、ネームは自分にとって"お姉ちゃん"みたいな存在だと嬉しそうに語っていた」


「ぐすっ………………そうか。ありがとう。私も同じ気持ちだ」


ネームはまたもや溢れそうになる涙を無理矢理止めると笑顔で頷いた。おそらく自分があの中で上手くやっていた自信がなかったのだろう。それが全くそんなことはなく、逆にみんなから慕われていたのが余程嬉しかったようだ。


「シンヤ達は私にとってイヴ様や先代国王様に続いて2番目の居場所だ。これからもそれは変わることはないだろう」


「イヴのことは任せろ。だから安心してくれ」


「頼む……………それと最後にイヴ様」


「なんじゃ?」


「今まで本当にありがとうごさいました!私はあなたのことをこれから先もずっと忘れることはありません!だから、私のことも………………忘れないで下さいね?」


「当たり前じゃろう!どれだけ嫌がられようとも覚えておるわ!それから、今まで本当にありがとうなのじゃ!」


悪戯っぽく微笑むネームに対して、大粒の涙を流しながら応える妾。さっき散々泣いたはずなのにその涙は一向に止まる気配がなかった。


「ネーム……………妾からも最後に1つよいか?」


「はい。何でしょう?」


「お主の人生は幸せじゃったか?」


その瞬間、ネームは今までで一番の笑顔を浮かべながら、こう言った。


「もちろんです!!」




"輪廻の泉"に美しく咲く"別離花わかればな"。花言葉は"相手の幸せを願う"と"離れていてもずっと一緒"。魔族達は大切な者達との別れや相手のことを想ってその花を贈る。それを魔族達の間ではこう呼んだ…………………"別離花想わかればなし"と。

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