第295話 ネーム

ギムラには他国にはない特徴があった。それは入り口と出口の両方を兼ね備えているという点だ。通常、他国では玄関口が1つしかないところが多く入り口を通って入国し、出国する際もまたその入り口から出て行くというパターンが主流だった。しかし、ここギムラに関しては緊急事態や利便性のことを考え出口も用意しており、このことは国内の魔族だけでなく国外の魔族達にも広く知れ渡っていた。ちなみに便宜上、"入り口"・"出口"と呼んでいるだけでどちらからでも出入国が可能になっている為、目的地に近い方を利用する者がほとんどだった………………そして、今回そのギムラ最大の特徴が国民達を救うこととなった。魔王モロクがギムラへと入国する直前、国民達はとっさに魔王がいる入り口とは真逆の場所に位置する出口を目指して駆け出した。もし、他国と同様に玄関口が1つしかない場合、魔王と鉢合わせてしまうことは避けられなかっただろう。しかし、着の身着のまま急いで飛び出した国民達には問題があった。それは国外へと飛び出して一体どこで生活していくのか、明日の生活の保障はあるのかだ。いくら小国とはいえ、国民の数は1000にも登る。そんな数の魔族達を受け入れてくれる国など一体あるのだろうか……………国民達は出口へ向かって走りながら、そんなことを考えていた。だが、そのままギムラに留まっていても殺されてしまうだけだ。とりあえず、その日生きていられることだけを考え、国民達は必死に走った。そして、出口を抜けた瞬間………………


「みんな、止まってくれ!!」


「「「っ!?あ、あなたは……………」」」


突然辺りに大きな声が響き、それに驚いた国民達が足を止めるとなんと近くの茂みから、イヴの元世話係であるネームが現れたのだった。


「みんなに聞いて欲しいことがあるんだ」


「な、何故あなたがこんなところに……………」


「しかもたった1人で」


「あれ?ということはアドム王達は」


急な事態に困惑する国民達。ネームはそんな彼らを見渡し、一度深呼吸してから身体を地につけて土下座をした。


「今までアドムの馬鹿たちが本当にすみませんでした!」


いきなりの土下座、そして謝罪の内容に国民達は驚きで少しの間、固まってしまった。そんな彼らを気にする余裕がないのかネームは続けてこう言った。


「本当はあいつら自身がちゃんと国民達の目の前で頭を下げるべきなんだが………………彼らはもう既にこの世にはいない。だから、代わりに私に謝らせて欲しい。そしてあなた達の怒りや恨み、その他全てのものを私が受け入れようと思う」


ネームの言葉にざわつきだす国民達。ギムラにて好き勝手やっていたアドム達が死亡したという内容自体も驚きだが、代わりに彼らに仕えていた少女が頭を下げているこの現状もまた彼らにとっては予想の斜め上をいくものであった。


「ネームさん、顔を上げて下さい!」


「そうです!何もあなたがそんなことをする必要はありません!」


「ネームさんのせいじゃないじゃないですか!悪いのは全部アドムのクソ野郎達です!」


国民達はネームを気遣うように言葉を掛けていく。その時点でアドム達とは違い、ネームがどれだけ国民達から好感を持たれているかが分かった。


「みんな……………ありがとう。あと、もう1つ………………これはお願いなんだけど」


ネームがそう言葉を続けようとした直後、彼女の隣の空間に次々と黒衣を纏った者達が現れ始めた。まるで今まで見えていなかっただけでそこに初めから存在していたかのようにごく自然にである。


「っ!?」


「そ、その者達は一体」


「誰なの!?」


またもや驚き慌てふためく国民達へとネームはよく通る声でしっかりと答えた。


「この人達はクラン"黒天の星"に所属する冒険者の方々だ」


「"黒天の星"?」


「どこかで聞いたことがあるような……………」


「何故、冒険者が?しかも他種族の」


国民達から上がった数々の疑問は次のネームの言葉によって解決された。


「"黒天の星"は邪神を討ち、世界を救った英雄シンヤ・モリタニ殿がクランマスターを務めるクランなんだ。そして、こちらにいらっしゃるのはそのクランの幹部と幹部候補生の方々だ」


「失礼ですが、その幹部と幹部候補生とやらの冒険者ランクは?」


「幹部候補生がSSランク、幹部に至っては最高ランクであるEXランクだ」


「な、なんと!?」


「そ、それは凄いな!」


「とんだ化け物クランじゃないか!」


今度は別の意味でざわつきだす国民達を尻目にネームは再び口を開く。


「今からみんなの身はこの人達に守ってもらう。だから………………」


そこで深呼吸をしたネームは意を決して、こう続けた。


「私がいいと言うまでどうか、この場に留まっていて欲しい」









――――――――――――――――――







「………………とのことだ、ギムラの国の民よ」


シンヤの言葉で国民達は急に我に返った。ネームのお願いでその場に留まった国民達は今の今まで映像の魔道具に釘付けとなっていた。最初は半信半疑な気持ちで魔道具を見ていた国民達もシャウロフスキーと魔王の戦いや勇者と魔王の対峙、その後の覚醒したシャウロフスキーとシンヤのぶつかり合いと次々と変わっていく状況に段々目が離せなくなっていった。そして、最後に明かされた魔王の過去もまた国民達の心に強い衝撃を与えたのだった。


「…………………これを見て、どう感じるかは人それぞれだが…………………1つ分かっていて欲しいのは魔王モロクにはもうギムラを襲う気がないということだ」


映像の魔道具を仕舞いながら、ネームは言った。国民達はそれに対して複雑そうな顔をしながらも頷く。


「話は変わるがギムラを悪い方向へと導こうとしたアドムや大臣、貴族達はもういない。だから、今後ギムラはあなた達の中の誰かが引っ張っていって欲しいと思っている」


「私達の中の誰か?」


「それは一体……………」


「なぁに、簡単なことだ。これからはみんなで国王や大臣を選出し、みんなで国を変えていってくれ」


「なっ!?」


「そ、それはっ!?」


「大丈夫かしら?」


「確かに最初は不安だらけだろう。なんせ、やったことのないことばっかりだ。でも、以前と違って今度は誰もが苦しい思いをせず、全員が納得のいく国家を目指すことが可能なんだ。みんなで決めていけるんだからな」


「た、確かに!」


「そうか!俺達がこいつだと思う奴に国王になってもらって、その補佐を大臣にしてもらえばいいのか!」


「そんで手が回らない時は他の奴らが手を貸すと!それだと文字通り、みんなで国を前へと進めていけるな!」


「なるほど!いいな、それ!」


「国王は誰がいいかしら?」


「よっしゃー!俄然、やる気が湧いてきたぞ!」


国民達が歓声を上げる中、それを嬉しそうな顔で見守るネームは国民達に気が付かれないように固有スキルを使用し、その場から姿を消した。


「よし………………これで私の役目は終わった。後は」


そして国民達からだいぶ離れた場所まで歩いたネームは懐からナイフを取り出し、それを首元へとあてがった………………ナイフは陽光を受けて眩しく光を放っていたのだった。

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