第294話 魔王の過去

私が目覚めたのは異様な場所でだった。そこは周りを石造りの強固な壁が囲い、様々な物が床に散乱している場所で嫌な臭いが常に充満しており、とにかく生理的に受け付けなかった。とにかくそこに生活感はなかった。私はすぐにでもその場から離れたくて、出口を探した。するとその途中で奇妙なものが目に入った。それは石造りの台座のようなものだった。よく目を凝らしてみると人のような形をしたものが寝かされているのが分かった。実際にそれは魔族だった。生きているのか、はたまた死んでいるのか…………………私には皆目見当が付かなかったが、とにかく一刻も早くその場所から逃げ出したかった。そんな中、頭の方隅に何かが引っかかり、ふと寝かされている魔族の手元を見てみた。すると、そこには魔道具が握られていた。なんとそこにいた計7人の魔族全てに1つずつ魔道具があったのだ。私は何故かその魔道具がとても気になり、魔力を込めた。その瞬間、魔道具は禍々しい魔力を放ち、それと同時にとある記憶が頭の中に流れ込んできた…………………それはその魔道具を握っていた魔族の記憶だった。そして、その記憶を見終わった直後、魔道具は壊れて粉々になり、私はしばらくの間、放心状態となった。しかし、いつまでもそうしている訳にはいかない。私は残り6つの記憶を見る為に魔道具へとひたすら魔力を込めていった。それからどのくらいの時間が経っただろうか。気が付くと私は涙を流し、心の中には様々な感情が渦巻いていた。そして、私はある決意と共にそこを飛び出したのだった。










――――――――――――――――――





「なるほど……………それがお前の過去か」


「ええ」


シンヤの問いにどこか遠い目をしながら答えるモロク。その表情にはどこか陰りが見えた。


「結局、その異様な場所というのは何だったんだ?」


「……………そこはが眠る場所だったそうよ。どうやら、様々な時代から魔王になりうる者達が連れて来られて、あの場所にずっと眠らされていたみたい。私を含めてね」


「ということはお前を抜いてあと7人だから、3500年先の魔王まで存在するのか」


「いえ、それはないわ。だって、魔王は私で最後なんだから………………」


「どういうことだ?」


「……………私がその場所を飛び出す直前、床に落ちていたとある資料に目がいってそれを読んでみたの。そしたら、色々と分かったことがあるわ。まず、魔王が500年周期で現れる現象だけど、あれは意図されてのことだったの。私達をあの場所へと収容した研究者達は私達を台座に寝かせ、ある魔法をかけた。その魔法は約500年後に発動され、それによってあの場所に眠っている魔王が1人目を覚ますの」


「今回みたいにそれ以外の者達は目の前で眠っているという訳か」


「いえ、今回はイレギュラーだったみたい。なんせ魔王が目覚める時はそこに魔王以外は何も存在しないの。散乱した書類も他の次期魔王達も台座も何もかもが………………ただ強固な壁に囲われた場所に1人横たわっているだけ」


「?」


「どうやら500年後の魔法が発動する直前、異空間に全て送られてしまうみたい。そうして魔法が発動して目覚めた魔王がその場所を離れた瞬間、異空間に送られた人や物が全て元通りになる。おそらく異空間に500年もの間、置いておくのには魔力が圧倒的に足りないからだと思うわ。だから、あの書類や魔族達を見たのは私が初めてなの」


「その書類や魔族達を見られるのは都合が悪いからってことか」


「きっとそうね」


「仲間に前回の魔王の登場は357年前だと聞いた。お前がイレギュラーな存在なのはそういうことか?」


「ええ。本来は500年後に目覚めるはずだったのにど・う・い・う・訳・か・357年後に私は目覚めた。そのおかげで異空間への転送が間に合わず、私は真実を知ることができたのだけれど」


「つまり、お前は研究者達のかけた魔法で目覚めた訳ではなく、何か別の要因によって目覚めたと?」


「ええ。不思議なこともあるものね」


「……………お前が最後の魔王なのは真実を知り、研究者達の思い通りにさせたくないと思ったからって訳か」


「それももちろんあるわ。でも、一番大きな理由はそれじゃないの」


「何だ?」


「あの人達……………台座に眠る7人の魔族達の記憶を見たからよ。あの人達がどういった経緯であの場所に連れて来られたかを理解した瞬間、私はこんなことはもう繰り返してはならないと強く思ったの」


「それは"忌魔種"と関係しているのか?」


「っ!?何故、それを!?」


「風の噂で聞いただけだ」


「そう……………あなたの言った通りよ。"忌魔種"とは魔族の中でかなり異質な存在で生まれた時から角が4本もあり、他の魔族に比べて身体能力・魔力共に非常に優れていることから、一目でそうだと分かるわ。そして、悲しいことに"忌魔種"は昔から忌むべき種だとして迫害され、酷い仕打ちを受けてきたの。私も随分と惨いことをされてきたわ。死にかけたことなんて数え切れないくらいよ。当然、私以外の7人もそういう扱いを受けて、最終的に研究者達の手に渡ったの」


「………………」


「もしも私が研究者達の思惑通りに目覚めていたら、こうはなっていなかったと思うわ。だって本来は周りに何もなかったはずなんだから。でも、イレギュラーが起きて私は途中で目覚め、真実を彼らの想いを知ってしまった。だったら、今後は私以外の魔族達をこんな目には遭わせたくない……………魔王なんて存在はなくなるべきなのよ」


「……………お前が各地を訪れて魔族達を襲撃していたのは」


「7人がされたことの復讐よ。私が今までに襲撃したのは7人に対して人道から逸れた行為を平然と行い、迫害を繰り返していた魔族達の末裔。もちろん、今の時代の人達に罪はないわ。でも、その人達の村や街が私達"忌魔種"を追い出した上で成り立っているものだとしたらと考えるとどうにも許せそうになくて………………それとこれは言い訳になってしまうのだけれど、7人分の記憶を頭に入れたことで同時に彼らの感情も流れ込んできたの。そして、それは彼らに縁のある地へと赴く度、強くなって語りかけてくるの………………あの者達を殺せ。あの者達は自分を死の淵へと追い込んだ者の末裔。決して許してはならないと……………それほどの怨嗟を彼らは抱えていたわ」


「………………」


「でも、彼らは全てが終わった後、必ず後悔していたわ。"一体なんてことをしてしまったんだ"。それと私に対して"手を汚させてしまってすまない"って………………」


「だが、溢れた水はもう元には還らない」


「ええ、分かっているわ。それと私は彼らを責める気にはなれない。だって、どんな理由であれ実行したのは私だもの。もしかしたら、従わないで無視することもできたかもしれない。たがら、悪いのは全部私なのよ」


モロクは俯きながら、ゆっくりと言葉を紡いでいった。その様は触れれば今にも壊れてしまいそうな程だった。


「ちなみに台座に寝かされていた魔族達はその後、どうなったんだ?そいつらの感情や意志はお前の中にいることは分かったが身体がどうなったかは聞いてないからな」


「………………魔道具が粉々になった直後、彼らの身体もまた粒子となって崩れていったわ」


「まさか、魔道具とそいつらの命が紐付けされていたのか?」


「そうみたい。だから、私の行動は罪滅ぼしも兼ねていたのよ。ちなみに彼らの感情や意志は既にもう私の中にないわ。この国に入った直後に完全に消えてしまったから」


「なるほど」


モロクの言葉を聞いたシンヤは何事かを考え込み、しばし目を瞑った。そして数秒後、目を見開いたシンヤは不敵な笑みを浮かべて、こう言った。



「………………とのことだ、ギムラの国の民よ」



シンヤが見つめるその先には映像の魔道具を持ったイヴが立っていたのだった。

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