第293話 癖ある山羊に能あり
「「シンヤさんっ!!」」
とうとう痺れを切らしたのか、サクヤを守るようにして立っていたティアとサラは急いで倒れたシンヤの元へ向かう。その際、2人でシンヤを抱え、シャウロフスキーから離れた場所へと連れていった。一方、残されたカグヤはというとただ1人その場で呆然としているシャウロフスキーに徐に近付いていった。
「あ………師匠がそんな……………僕のせいで?」
「おい」
「っ!?カ、カグヤさん!?」
声を掛けられたシャウロフスキーが振り返るとそこには今まで見たことがない程、怒りを滲ませたカグヤが立っていた。
「お前、自分が何をしたか分かってんのか?」
「ひっ!?……………こ、こうなったのって僕のせい……………ですよね?」
「当たり前だろ。誰がどう見てもお前のせいでシンヤはあんな目に遭った」
「っ!?す、すみませんでした!!僕…………」
「言い訳なんて聞きたくねぇ。いいか?お前が旅に同行することを許可したのはシンヤだ。アタシらまで納得したなんて考えるなよ?」
「っ!?………………はい」
カグヤの強い言葉にすっかりとしょぼくれるシャウロフスキー。それを見たカグヤは自身の愛刀である大太刀ハバキリを引き抜いてシャウロフスキーの眼前へと突きつけた。
「ひっ!?カ、カグヤさん!?」
「勘違いするなよ?いくら一緒に旅をしたからといって、許されることと許されないことがある。勝手に仲間だと思い込んでそこに甘えるな。アタシらにとってはシンヤが全てなんだ。そのシンヤを傷付ける者がいるのなら、アタシらはそいつが誰であろうと絶対に許さない」
「あ……………ぅ………………」
あまりの気迫にシャウロフスキーはそこを一歩たりとも動くことができなかった。確かに修行の一環で今まで色々と危ない目には遭ってきたが、本気で殺気を彼らから向けられたことはなかった。その為、どこかで彼らに対して甘えのようなものがあったのかもしれない。シャウロフスキーは思わずそう感じると唾を飲み込んで居住いを正した。
「ほ、本当にすみませんでした!!僕にできることがあれば、何でも致します!!ですから、どうか……………どうか師匠の命を救って下さい!!」
シャウロフスキーは額を地面へと擦り付け、それはそれは綺麗な土下座をした。彼にとって、それが今できる最大限の誠意の表れだったのだろう。カグヤはシャウロフスキーのその態度を見ると軽く笑みを浮かべ、刀を鞘に収めた。
「顔を上げろ」
「で、ですがっ!?」
「刀を突き付けられて真っ先に発した言葉が自分の保身ではなく、シンヤの身を案じるものだった……………随分と成長したな」
「……………いえ。僕はまだまだ未熟です」
「誰だってそういう時期はある。今はその謙虚さを持ててるだけで十分だ。なにせお前はこれからどんどんと大きくなっていくんだからな」
「そうでしょうか?」
「まぁ、今は色々とあって自信を失っているだけだ。言っておくがアタシらといたら、そんなことを感じる暇もない毎日が待ってるぞ」
「えっ!?僕はまだ一緒にいてもいいんですか!?」
「知らん。それを決めるのはシンヤだからな。だが、個人的にアタシはお前のことを気に入ってる」
「っ!?あ、ありがとうございます!!」
「それにシンヤもきっとそうだとは思うぞ」
「で、でもあれだけのことをしちゃったので」
「そんなのアイツは気にしていないと思うが」
「いや、流石にそれは」
「アイツがお前に言っていた"落ちこぼれの気持ちなんて知らない"ってのは嘘だ。確かにアイツは凄い。才能も金も運もある。だが、それは今の話だ。何も最初からそうだった訳じゃない。周りの者はただ今のアイツを見て妬み羨むが、それまで一体いくつの苦難を乗り越えてきたかをまるで知らない」
「………………」
「アイツは……………シンヤは生まれた時から壮絶な人生を歩んできている。それこそ最初は落ちこぼれだったそうだ……………だから、お前がしたことなんて気にしていないさ。なんせそれ以上のものを味わってきているんだ」
「えっ……………そうだったんだ」
「だから、お前の気持ちが1ミリも理解できない訳じゃない。安心しろよ」
「……………」
「もし、それでも不安だったら……………ほれ。直接本人に訊いてみろよ」
「えっ……………」
カグヤが顎で示した先を見てみるとそこには先程まで瀕死の状態なはずだったシンヤが不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「お前、今"何でもする"って言ったよな?」
「ええええぇぇぇぇっ〜〜〜〜!!??し、師匠!?無事なんですか?あれ?でも、確かに瀕死のはずで………………い、いや、そんなことよりも師匠!ご迷惑とご心配をおかけして、本当にすみませんでした!!」
「そうか。反省しているのなら、今からこの間の修行の続きでもするか?凄いやる気になっているみたいだしな」
「そ、それだけはどうか勘弁して下さい!!」
――――――――――――――――――
「な、何なの、この人達は………………」
魔王モロクは目の前にいるシンヤ達があまりに異質だった為、彼らが現れてからの一連の流れから終始目が離せないでいた。
「まさか、あの人達が坊やが言っていた"とんでもなく強い人達"?だったら、納得だわ………………次元が違いすぎる。彼らからしたら魔王も可愛いものね」
モロクは自嘲の笑みを浮かべながら、1人で納得していた。まさか、自分が噛ませ犬のような立場になるとは欠片も思っておらず、シャウロフスキーと1対1で戦っていた時が随分と前のことのように彼女は感じていたのだ。
「どうしたんじゃ?」
とその時、真横から声を掛けられた。声の主はギムラの元王女にして、クラン"黒天の星"の幹部を務める少女、イヴだった。
「いえ、何でもないわ。それよりもありがとう。ずっと守っていてくれて」
実はシンヤがシャウロフスキーとぶつかった直後、モロクの側に現れたイヴによって彼女は安全な場所まで誘導してもらっていた。そして、その後もモロクはすぐ側に立つイヴに守られていたのだった。
「礼には及ばん。もしお主に暴れられてシンヤの邪魔をされたら敵わん。だから、見張らせてもらっただけのことじゃ」
「素直じゃないのね」
「仲間でない者に心を開く意味などないじゃろう。ましてやお主は魔王なんじゃからな」
「その魔王が一魔族に守られてちゃ世話ないわね…………………まぁ、とはいってもあなたはどう見ても普通の魔族ではないようだけど」
「この国の元王女じゃしな」
「そういう意味じゃないわ。っていうか、あなた元王族なのね…………………ちなみに話は変わるんだけど、世界中の魔族の中であなたは何番目に強いのかしら?」
「もちろん一番じゃ。妾は世界一強い魔族だからのぅ」
「……………でしょうね」
「いや、冗談なんじゃが」
「そんな訳ないじゃない。あなたより強い魔族がいるはずないでしょう」
「そんな話はどうでもいいのじゃ。種族の中で一番だとか狭い次元の話をしてもどうにもならないしのぅ」
「いや、全然狭くはないわ」
「シンヤと関われば、そう感じるのじゃ…………………っと、ちょうどそのシンヤがこっちに向かってきておるぞ」
イヴが顔を向けた先。そこにはシンヤがティア達を伴って、イヴ達の元へとやってくるところだった。それを見たモロクは自然と背筋が伸び、思わず服についた埃や汚れを叩いた。
「お前らも無事だったか?」
「お前ら"も"とな?お主はボロボロじゃったろ」
「ああ、心配かけて悪かったな。だが、事前にああなることは説明してあっただろう?」
「それでも苦しかったのじゃ。今すぐにでも飛び出して助けに向かいたかった」
「すまんな」
「抱き締めて撫でてくれなきゃ許さんのじゃ」
「分かった。こっちに来い」
「やった!むぎゅっ!」
「よしよし……………どうした?やけに今日は甘えん坊だな」
「そういう日があってもいいのじゃ。これは通過儀礼なのじゃ」
イヴは幸せそうな表情をしながら、シンヤの胸に頭を強く擦り付けた。するとそれを見たティア達は恐ろしい形相でシンヤに食ってかかった。
「シンヤさん、私達もか・な・り心配したんですけど」
「そうですわ。思わず心臓が張り裂けるところでしたの」
「あ〜あ、イヴばっかずりぃな」
彼女達の反応に対して、軽く微笑みを浮かべたシンヤは両手を上に挙げながら、こう言った。
「分かった。今日はお前達の言うことを何でも聞こう。それでいいか?」
「「「はい!!!」」」
「こりゃ体力が持つか?………………ん?」
嬉しそうに返事をするティア達を見ながら、そこで妙な視線を感じたシンヤがその視線の元を辿ってみるとそこには魔王モロクが羨ましそうな顔でシンヤ達を見ていた。
「どうした?」
「っ!?あ、改めまして、先程は危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました」
「礼は受け入れるが敬語はやめろ。普通に話せ」
「いや、でも命の恩人ですし」
「それならイヴも同じだろ?だが、さっきは普通に話してなかったか?」
「………………そうね。そういうことなら普通に話させてもらうわ」
「ああ。なにせお前には訊きたいことがあるからな。慣れてない話し方じゃ、大変だろう」
「私に訊きたいこと?それって何かしら?」
モロクの問いに対し、シンヤは真面目な顔をしながら言った。
「魔王モロク………………お前の過去についてだ」
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