第292話 師匠と弟子2

「シンヤさん!予定通り、サクヤは私達にお任せ下さい!」


「ああ、頼む」


モロクはこの状況が理解出来なかった。なんせたった今なくなると思われた自分の命が急に現れた縁もゆかりもない第三者によって救われ、なおかつこうして現在も攻撃から身を守ってもらっているのだ。こんなことは全く予想だにしないことだった。それに加えて…………


「不思議と安心するわ…………」


モロクは青年…………シンヤの腕の中で何故か安心感を覚えていた。会ったこともない赤の他人のはずなのだが、シンヤに抱かれていると自分の抱えている苦しみや悲しみが消えてなくなるようなそんな暖かさがそこにはあった。


「おい」


「ふぁ〜……………ふぁっ!?は、はい!」


「もしかして、貧血か?」


「へ?」


「ほら、その腕」


シンヤの視線の先はモロクの右腕に注がれていた。それはついさっき暴走したシャウロフスキーから受けた攻撃によって半ばから先がなくなっていたものだった。しかし、当のモロクはというと急な状況の変化とシンヤに守られている安心感ですっかり自分の状態など忘れていたのだ。だからこそ、シンヤからされた質問にしばし理解が追いつかなかった。


「い、いえっ!こ、これはそのっ!?」


「"聖浄セイント・ヒール"」


「ふえっ!?……………っ!?腕が!?」


「悪かったな。気が付かなくて」


「い、いえっ!ありがとうございます!……………ん?今の魔法、どこかで」


シンヤによって腕を再生してもらったモロクは頬を赤らめながらお礼を言った。その際、何か引っかかることがあり、思わず聞いてみようと思ったがシンヤがあまりにも真剣な顔をしていた為、寸前で踏みとどまった。


「さて……………そんじゃ、の教育といくか」


シンヤはモロクをそっと地面へと下ろすと目の前のシャウロフスキーへ向かって左の拳を叩き込んだ。








――――――――――――――――――






「ぐうっ!?」


「お前は弱い」


シンヤの拳を腹にもらったシャウロフスキーは痛みで呻き声を上げ、数歩後ずさった。


「それに加えて自ら宣言したことも成し遂げられない口だけの奴だ」


「ぐがっ!?……………僕は弱い…………口だけの奴」


間髪入れずに飛んできたシンヤの蹴りはシャウロフスキーの反応速度を遥かに超えており、防御すら間に合わなかった。


「勝手に弟子にしてくれと頼んできた割には根性がない、すぐ弱音を吐く、何でも周りのせいにする」


「ぐうっ……………うるさいうるさいうるさい!僕の気持ちなんて分からない癖に!」


シンヤの三撃目をくらったシャウロフスキーはここで反撃に出た。意識がなく暴走しているはずなのだが、今の彼の状況はまるで感情が昂って叫んでいるように見えた。そして、その勢いのまま思い切りシンヤを殴りつけた。


「ぐっ…………」


対するシンヤは腹でシャウロフスキーの拳を受け止めた。流石にノーガードではキツかったのか、口から血を流すシンヤ。だが、それでも逃げるつもりはないと真っ正面からシャウロフスキーを見据えた。


「昔から"黒山羊種"だからってだけで他の魔族よりも弱かった!他の魔族ができることが僕にはできなかった!」


「ぐっ…………」


シャウロフスキーの想いが乗った拳や蹴りがシンヤへ降り注ぐ。シンヤはそれをただ黙って受け入れた。


「そんな中、両親まで連れ去られて!!僕は能力や才能だけじゃなくて、唯一の拠り所さえ奪われたんだ!」


「ぐはっ!?」


「シンヤさんっ!?」


「大丈夫ですの!?」


「おい、シンヤ!」


度重なるシャウロフスキーの乱打に遂に数歩後ずさるシンヤ。そんなシンヤを心配して遠くから悲痛な声を上げるティア、サラ、カグヤ。しかし、シンヤが心配無用とばかりに右手で合図をしたことで今にも駆け出しそうな3人は大人しくその場で踏みとどまった。


「でも、僕は頑張った。1人じゃ何もできないけど両親が帰ってくるまで我慢しようって。必死に毎日、毎日、毎日頑張った。そんなある日、僕は出会ったんだ………………僕のなりたかった、かっこいい勇者みたいな人に」


先程までの勢いはどこへいったのか、突如攻撃を止めたシャウロフスキーはシンヤを見つめたまま言った。


「勢いで弟子にしてくれと言った。そしたら、嫌な顔をしながらも旅に同行することは許してくれた。そこから色々な場所に行き、色々なことがあった。世界はこんなにも広いんだということが分かった。そして、どうやったら、この人達みたいに強くかっこよく逞しくなれるんだろうと毎日考えた」


シンヤはシャウロフスキーの言葉の1つ1つを黙って聞いていた。そこに茶化す気は一切見られなかった。


「そこで思い付いたのが"魔剣"を手に入れるという方法だった。今にして思えば、なんて浅はかだったんだろうと思う。でも、その時は本当にそう思った。そして、幽閉山に向かった。山を登る最中、とある魔族の少女に出会った。そこで僕は感情任せに"僕が魔王を倒す"と宣言した。もちろん、魔王の行いに腹が立ったのは事実だけど……………本当はただ憧れの人に認めてもらいたいと焦っていただけなのかもしれない」


拳を強く握り、悲痛な顔を浮かべるシャウロフスキー。それを見たシンヤは特別何か言葉を掛けることはせず、口の周りについた血を腕で拭った。


「でも、所詮そんなの無駄だったんだ!僕が魔王に勝てる訳もないし、憧れの人のようになれる訳もない!だって僕は弱いんだから!どうして、忘れていたんだろう!憧れの人に感化されて自分まで強くなった気でいたんだろうか?そんなはずないのに。だって僕は………………落ちこぼれなんだから!!」


最後の方は涙を流しながら、シンヤへ想いをぶつけた。その目はまるでシンヤに救いを求めているようだった。するとそれに対してシンヤは特に表情を変えず、こう言った。


「で?」


「へ…………?」


「言いたいことはそれで全てか?悪いがこれ以上、お前の無駄話に付き合っていられる時間はない」


「っ!?な、何もそんな言い方しなくても…………」


「この際だから、はっきりと言っておこう……………俺はお前と違って才能がある。生まれた環境もいい。運も強いし金だって腐る程ある。できないことの方が少ない。だから………………お前みたいな落ちこぼれの気持ちなんて知らねぇよ」


「っ!?ふ、ふ、ふざけるな〜〜〜〜!!!」


それはシャウロフスキーにとって今までで一番の怒りだった。まさか、自分の憧れの人がそんなことを言う人だとは思ってもみなかった。きっともっと違う言葉を掛けてくれるとばかり思っていたのだ。それが何故そのようなことを言うのか………………シャウロフスキーはこんな者に憧れた自分自身への怒りも湧いてきた。とめどなく流れる涙で視界がぼやける中、彼はシンヤをもう一発ぶん殴ってやろうと再び動き出そうとした。ところが…………………


「……………とでも言えれば良かったんだが、どうやらそれは無理そうだ」


「えっ……………」


気が付けばシャウロフスキーは正面からシンヤに強く抱き締められていた。その瞬間、彼は今まであった怒りがどこかへと消えていき、心の中に暖かさが広がっていくような感覚に陥った。


「溜まっていたものは全て吐き出せたか?」


「し、師匠……………?」


戸惑いを隠せないシャウロフスキーがシンヤの顔を見るとそこには優しい表情をしたシンヤがまるで全てを受け入れるといわんばかりに彼を見つめていた。


「お前は根性がないし、すぐに弱音も吐く。その上、何でも周りのせいにしたがる…………………が、それ以上に好奇心旺盛で人懐っこく、周りを笑顔にする力がある。その上、常に気配りができ、純粋で他者を労わる心もある。お前は決して何もできない訳じゃない。何の力がない訳でもない。お前にしかできないこともあるんだ。だから、お前は………………落ちこぼれなんかじゃない」


「師匠………………」


「お疲れさん。今までよく頑張ったな」


「し、師匠〜〜〜〜〜!!!!!」


その日、シャウロフスキーは今まででの人生で一番泣いた。この世で最も大好きで憧れている者の腕の中で。彼の涙はシンヤの服を濡らし、彼の額もまた濡らしていった。


「ううっ……………師匠。ん?あれ?」


シャウロフスキーがその違和感に気が付いたのはだいぶ泣いた後だった。やけに鉄臭い匂いが鼻をつき、気のせいか赤い雫が額から垂れてきたような感じがしたのだ。


「はぁ……………どうやら、ここまでのようだな」


シャウロフスキーは自分のことで精一杯でシンヤの状態まで把握できてはいなかった。シンヤは覚醒したシャウロフスキーの攻撃を特に防御もせず、何発も受け止めたのだ。いくらシンヤでも無事でいられるはずがなかった。


「すまん。後は…………頼んだ」


「師匠〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」


その言葉を最後にシンヤは呆然とするシャウロフスキーの目の前で地面へと倒れ込んだ。その途端、辺りには血の匂いが充満していったのだった。

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