第285話 到来

「そろそろね」


蒼く綺麗な長髪をした美しい魔族の女はそう呟くと真っ赤なコートとドレスを翻し、気怠そうに一歩を踏み出す。するとそれを見ていた入門審査官は不思議そうな顔をして、言葉を発した。


「噂に聞いていた人物像とは随分と違うようだが………………本当にあんたが魔王なのか?」


彼の質問に対して、律儀にも立ち止まった魔族の女は振り向いて、その質問にこう答えた。


「どういう意味かしら?」


「俺が聞いた噂では今回の魔王は快楽殺人者で行く先々で無差別に罪のない者達を手にかけている。魔王の視界に入った者は誰1人として生きてはいない………………だ」


「…………………」


「ところが、どうだ?あんたは見る限り、そんなタイプには見えない。俺が今も生きているのが何よりの証拠だ。あんたがその気になれば、俺など一瞬で葬れるのにだ」


「………………何?あなた殺されたいの?」


「いや、そういうことが言いたい訳じゃない。俺が言いたいのはつまり、こうだ………………あんた、本当に魔王なのか?」


「だから、さっきそう言ったじゃない。それにあなたの魔道具を借りて、国王に伝言まで頼んだのよ?それで魔王本人じゃなかったら、なんだっていうのよ」


「そこだ。俺が引っかかっているのはそこなんだよ。確かにあの時のあんたの口調は威厳と風格に満ち溢れた魔王そのものだった。だが、今はどうだ?何故そんなにも気乗りしない様子で向かおうとしている?宣戦布告をしたのはあんただろ?」


「………………つまらない話に付き合っている暇はないの。もう行くわ」


魔族の女はそう言うと今度は立ち止まらないという意志を背中を向けることで顕にしつつ、しっかりとした足取りで歩いていく。


「魔王ともあろう者が随分と優しいこったな。襲撃まで10分待つと言いながら、もう20分は経っているし、俺の話にも耳を傾けている………………あんた、一体何が目的なんだ?何故、こんなことをする!」


入門審査官の声が段々と遠ざかっていく中、最後の部分だけはハッキリと魔族の女の耳に残り、その言葉が頭の中で何回も駆け巡っていった。


「……………無知でいられたら、さぞかし楽でしょうね。誰も私の気持ちなんて分かる訳がないのよ」


魔族の女は一瞬だけ俯いて苦しそうな表情をした後、次に前を向いた時にはどこか覚悟を決めたような表情をしていたのだった。









――――――――――――――――――








「皆さん、落ち着いて行動して下さい!こら、そこ!押さない!」


ギムラでは現在、魔王から逃れようと多くの者達が国外へ向かっていた。そんな中、シンヤ達はその様子を遠くから静かに見つめていた。


「シンヤさん」


「ああ。入門審査のとこにそこそこの気配があるな。今まで見てきた魔族とは強さの桁が違う。ということは……………奴がそうか」


「ですわね」


ティア、シンヤ、サラの会話に頷く形でクランメンバー達も同感の意を表す。皆、既に魔王の存在に気が付いており、何も知らないのは彼らの中で2名だけだった。


「え?え?何なんですか、これ!?」


「妙に騒がしいな。一体何が…………」


困惑するシャウロフスキーとネームに対し、シンヤは続けてこう言った。


「2人共、予定変更だ。今から城に向かうぞ」


「へ?」


「お、おい!話が違うじゃないか!作戦はまだ先のはずじゃ……………」


「魔王がここにやって来た。これ以上、納得のいく説明が必要か?」


「っ!?」


「な、なんだと!?」


「よし。じゃあ、さっさと用事を済ませるぞ」


「で、でも僕には魔王を倒すという使命が………………」


「シャウ、本当の目的を履き違えるな。お前の1番の望みは両親を連れ戻すことだろ」


「うぅっ………」


「そんな顔をするな。俺達もいるんだ。ちゃんと間に合うように両親を解放して、魔王の元に送ってやるさ」








――――――――――――――――――








「俺は間違っていたのか……………」


「いいえ。少なくとも私はあなたのことを信じているわ」


城の地下にある牢屋の中で夫婦の小さな話し声が聞こえる。彼らは栄養がまともに摂れていないのか、痩せ細った身体をしており一見すると心身共に疲弊しているように感じる。しかし、その目は何かを諦め切れていないのか光を失っておらず、心の奥底では未だに闘志が漲っていた。


「ありがとう………………ん?なんか今日はいつもよりも騒がしいな。珍しく見張も立ってはいないみたいだし」


「何かあったのかしら?」


2人は突然聞こえた城の中を走り回る兵士達の足音や激しく誰かを怒鳴りつける声に違和感を覚え、天井を見上げた。しかし、いくら見上げたところで上の様子が見えるはずはないのだが、無意識のうちにそうしてしまっていた。


「一体、何が……………っ!?」


「ん?どうしたの、あなた………………えっ!?」


とその時だった。視界の隅に何かが引っかかったような気がした夫が正面である牢屋の外を見るとそこには予想だにしない人物が立っており、少し遅れて同じ場所を見た妻もあまりの驚きで思考が停止してしまった。


「お父さん、お母さん!遅れてごめん。助けに来たよ!」


夫婦の見つめる先にはなんと1ヶ月前に離れ離れになったはずの息子が元気そうな表情をして立っていたのだった。

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